第6話

   

 元々持っていない遺伝子を培養細胞に導入するのは難しくないし、元からある遺伝子をさらに過剰に導入するのも簡単だ。必要な試薬さえあれば、誰でも出来ることだった。


 実際にマウスPOG9をマウス神経系細胞に導入すると、アポトーシスが確認できたし、導入する遺伝子量と死んでいく細胞の数には相関性が見られた。

 しかも……。

「……経路も完全に、ヒトの場合と同じじゃないか!」


 ひとくちにアポトーシスと言っても、複数のシグナル伝達経路がある。

 シグナル伝達経路という言葉は専門的で少しわかりにくいかもしれないが、要するにドミノ倒しみたいなイメージだ。

 体内のイベントは小さな出来事の積み重ねであり、一つのドミノが倒れることで次のドミノが倒れるのと同じく、次々とシグナル信号伝達する伝わっていくことで、全ての現象が進行していく。

 だから「複数のシグナル伝達経路」とは、このドミノのルートが複数あるという話。開始点が複数という意味でもあり、ルートが途中で複数に分岐という意味でもある。

 アポトーシスの経路は、カスパーゼという酵素が関与するルートと関与しないルートとに大別できるのだが、POG9によるアポトーシスは前者のグループと判明。その中でも特に、カスパーゼ8を経てカスパーゼ3が関与するルートだった。

 細かい経路の確認には専用の試薬が必要で、些細な実験のためだけに購入するには高価なのだが、ここはアポトーシス研究を専門とするラボ。頻繁に使用される試薬であり、共用フリーザーに常備されていたので、気兼ねなく使用できた。


「しかし……。なんだか不思議だな?」

 研究の出だしとしては悪くないデータが得られたのに、俺の頭には小さな疑問が浮かぶ。

 なぜPOG9はアポトーシスを引き起こすのだろうか?


「霊能遺伝子が霊力を上昇させるのは理屈に合う。でも同時に神経細胞のアポトーシスが誘導されるなら、霊力が上昇したら脳細胞が死ぬって話になるんじゃないのか?」

 霊能遺伝子によるアポトーシスを最初に報告したグループは、その論文の中で「霊能力を駆使することが脳や神経への負担になるのではないか」と考察していた。

 あくまでも考察に過ぎないのだが、その後の論文でもこれが頻繁に引用されており、研究者の間では定説みたいになっていた。

 しかし俺はこの研究分野には新参者であり、新参だからこそ定説に対して疑いの気持ちもいだく。

 何か別の理由があるような気がして……。

   

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