門扉前の戦い 2
イリスはネネを両手で抱え直す。顔を伏せる。服装から見ても、女は王族か、貴族だ。しかも、長く平和が保たれた所の育ち。負けた後の想像が足りない。今、世界内が、どうなっているのかも。
敵は狙ったな。イリスは思う。門扉を開かせるための。彼女は、保険。後、ほんの数分経てば。金切り声を上げて、開くように要求する。彼女が高い地位にいるなら、指揮官は拒否できないだろう。
セツナ。遠回りして、連中の背後を突いて。
声を出さずに、イリスは命じる。返事の代わりに、セツナの気配が消えた。
降りてきた。闇の奥にひそんでいた、大将級の物。広げていた、黒っぽい羽を閉じる。形は、人間に近い。茶系の髪が掛かる肌は青黒く、鱗で覆われている。着ている服は、簡易的。露出した腕や足の筋肉は、鍛えられていた。
【退屈してんだ。遊んでくれよ】
開かれた、口。発せられた、声。言語を操り、知性も高いと判るが。何を言ったのか、イリスには判らない。声を出さずに、グロシュライトに問う。ネネと共に、判らないと伝えてきた。
【それとも、扉を開いて、我々を招き入れるか?】
禍々しい力を放って、威圧。表情は、変わらないが。笑って見えた。力の種類は、魔。魔人と呼ぶものと気づいた。
<自分が……>
「ダメだ。キミでは、勝てない」
進み出てこようとした、男。一瞬、イリスはラミュウムと見間違えた。彼と同じく、背が高い。左右の瞳の色が、異なる。ただし、聞いていた色ではなかった。制せられて下がった男は、右が赤で左が金色だった。
指揮官が魔人と向き合う。イリスの見立てでは、彼では魔人に勝てない。訓練も実戦も足りない。追い込まれると、すぐに呼びに行かせていただろう。最強の力を持つ、フェウィンを。彼が神経をすり減らしていることも、理解しようとしていないだろう。
指揮官以下は、お話にもならない。
「瞬……殺」
兵の一人がつぶやく。結果は、イリスが推測したとおり。一瞬後に、指揮官が地面に倒れ伏していた。ピクリとも動かない。
【こいつが指揮官か? 聞いて呆れる。誰か、自分を楽しませろよ】
魔人がつまらなそうに言う。兵が互いを見合う。倒れた指揮官が、心配だった。
【あ? 次は、てめえらか?】
【指揮官のお体を……】
【戦いの妨げに……】
【誰が許すとでも?】
二人がかがんだまま、近づく。魔人に訊かれる。彼らは通りそうな言い訳をした。恐怖のあまり、最後まで言えない。魔人に凄まれて、すごすごと下がった。向きを変える。魔人の魔力に打ちのめされた。
残った皆が、男の背中を押す。さっき、進み出ようとしていた。
「お前に、任せた」
皆に囃されて、魔人と対峙する男。指揮官より、マシ。イリスは見ていた。争いが始まって、目を丸くする。内心、頭を抱えた。
私設武闘団に来る子どもたちに似ている。拳のケンカにあきたらず。上を目指してくる。つまり、素質うんぬんより、学校に通わせる方が先だった。
「ど、ど、ど。どうしましょう? 扉を開いて……」
「中の方が危ないですよ」
「へ?」
「フェウィンさまは、シルフィアさまから離れません。危険が去らない限り」
「……」
「ここにいる方が、安全です」
頼りの指揮官が倒される。次の兵士は押され気味。他は、意気地がない。女がうろたえた。侍女が同意の言葉を掛ける前。彼女の言葉を遮って、イリスは指摘する。気づいていないことを。
「戦える能力があるのに、見ているのはまずいかなぁ?」
「今さら隠しても、遅いと思うよ」
「だよねぇ」
イリスの独り言。ネネがささやく。イリスは認めて、黒猫を左腕に抱え直す。倒れている指揮官に、男が引っ掛かって倒れた。魔人に蹴られる。連続の攻撃を加えられた。
軽やかに、イリスは走り出る。気配に、魔人が振り返った。跳ね上がって、体を横回転。蹴り飛ばす。魔人の体は、一直線に浮島から出ていった。
「!」
浮島に居合わせた、誰もが驚く。小さな子が、魔人を倒してしまった。
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