門扉前の戦い 1

 闇の奥。息をひそめて、伺っている気配。途中で、数えるのをやめる。軍で言えば、大将級が無数。集まったことで、負の波動が隠し切れない。


 イリスが感知したのは、一瞬。術を発動させたのか。幕を下ろしたように途絶えた。


 気のせいと片付ける考えはない。イリスは下腹に手を当てる。深紫色の珠。隣に、緑色の欠片。欠けた箇所にはめる。完全な球体。色が濃く変わる。呼び掛けに応じて、光り出す。わずかに減っている、人智を超える力。一部を残して、引き出した。


 莫大な量の人智を超える力。人差し指ほどの大きさまで圧縮。ちらりと、足下を見やる。楕円球形の骨組みに、灰色の布を掛けただけに見える世界。自分が攻めるなら、全軍の指揮官はどこに立つか。


 イリスが推測した、立ち位置。後ろ斜め上。胎内から出した、力を配置。充分に距離を取っているので、感付きにくい。念のためと、ネネが自分の力で隠した。


「キョウを呼ぶか」


 イリスの独り言。召喚の呪文を唱える。記された書物を手にした時。意外に思えた。直接、呼べると判る。所属する世界を経由して、名指ししても無理と考えていた。


 頁をめくり、記された名前の列から見つける。自分が召喚するとしたら、彼しかいない。呪文を暗記。棚に戻したが。この時以来、本は見ていないし。どの書庫で読んだのか。覚えていない。


 もろく見える、異世界シルフィア。イリスは壁に沿って、降下していく。世界内の騒ぎが伝わってくる。すでに、下級の兵士が、侵入を果たしているのだと察した。


「グロシュライト」


「はい」


 イリスは名を呼ぶ。意を汲んだ、グロシュライトの気配が消える。司る大地の力が、役に立つはずだ。


 今回の件の原因は、明らか。壁の強化ができなかった。シルフィアもフェウィンも、術系が苦手だ。


 最も、世界が膨らんだ所。浮島がくっついていた。表面は半円形で、100から150人が余裕で整列できるくらいの広さ。左右に三台ずつ並んだ、照明が照らす。


 扉を背にして立つ、指揮官の下。数名ごとに、羽を広げて飛び立っていく。あちこちに、兵を散らされている印象を受けた。


 自分を見おろす。アルストランチア家に伝わる模様が描かれた衣装。身に付けた、イリスの姿勢は自然と伸びる。祖母のキセラが異世界シルフィアから出る際に、新調して着てきた。体格が似ているので、過不足がない。


 ちなみに、母のクレアは着られない。祖父のネオに似た。背が高く、肉付きが良い。自分に当てて、子どもの頃の服と訊く。叱られていた。


 左腕に、黒猫のネネを抱える。飼っていると示すために、首に赤いリボンを結んである。


 浮島に降り立った、イリスは歩み寄っていく。指揮官の鋭いまなざし。周りを固める兵が緊張する。


<猫が猫を連れている>


 聞こえてきた、声。自分のことかと、イリスは源に視線を向ける。聞き慣れない言語。ネネは反応。訳してもらおうと考えたが。目立ってしまう。声の主(ぬし)も、上官に睨まれて隠れてしまった。


「避難民か?」


 怯えた様子で、イリスは見る。多少の演技も入っている。指揮官に訊かれて、何度も頷く。


「見てのとおり、うちは取り込んでいる。申し訳ないが、他を当たるか。脇で、待っていてくれ」


「はい」


 指揮官の説明の後。消え入りそうな声で、イリスは返事した。


 指揮官に示された、浮島の端。世界とつながっている、付け根。明かりの裏の暗がりに、複数の人。


 肩を丸めて、イリスは小さくなる。前を通らせてもらう。値踏みする、まなざし。フンッと、女が息を吐く。たいした子ではないと思ってもらえた。


「こっちは、疲れているの。戦いなんて、野蛮な事。勝っても負けても良いから。さっさと終わらせて、中で休みたいわ」


 黒の長い髪をかき上げて、女が愚痴る。周りの人たちが、同意の声を上げた。

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