イリスとは、何者か? 5

「うわっ! 折りやがった」


「腹を空かせた子どもたちをほっぽって、遊びに行っている奴が悪い」


 鬼神が拾う。穂が付いた柄と、柄のみを。神としての威厳がなくなり、子どもじみた口調になる。イリスは指摘した後、そっぽを向く。原因が自分にあると判ったからだ。


「遊びじゃない。狩り……」


 むきになって、鬼神が言い返す。しまった、という顔をした。イリスは眉をひそめる。三者協定により、鬼神は狩りに行ってはいけないと取り決めた。破ったと意味する。


 鬼神は知略に優れているだけではない。数多いる鬼の中で、別格の強さを誇る。鬼たちの間で、神と崇められるようになった。


「大体、あんたが……」


「そりゃ、兄ちゃんが悪い」


「あっ! てめえ、裏切ったな」


「裏切るも何も、わしは好きに同行させてもらうと言ったぞ」


 弁償を求めようと、鬼神が口を開く。別の声が割って入った。木の根の上に、男が立つ。


 一目で、イリスは視抜く。姿は、人間の年配の男だが。ただ者ではない。姿を現すまで、気配がしなかった。積もった枯れ葉を踏み、下草をかき分けてきたはずなのに、音も立てなかった。


 広場を形作る、木の根の上にいるが。充分に距離を保っている。本来、人が話すなら、もっと近づくはずだ。


「けしかけた詫びに、兄ちゃんに合う武器を作ってもらえるように、方々に掛け合ってやろう」


「あいつに手配させるのが、筋だろう。シルフィア世界に行ってみたいし」


 居場所を変えることなく、男がなだめる。声を張っている様子はないのに。間近に聞こえる。あくまで、鬼神は弁償を求めようとした。出てきた名前に、イリスは反応する。


「兄ちゃんじゃ、役者不足だよ。あちらのお連れさんたちと同様にな。踏み込む覚悟ってもんがない。古里の言葉に当てはめると<井の中の蛙大海を知らず>だな」


「そんなこと、一言も……」


 バッサリ、男が切り捨てる。鬼神の甘い考えを。気色ばむが、鋭いまなざしを向けられて、黙った。


「さて、嬢ちゃんは……」


「嬢ちゃん!?」


 男が切り出す。鬼神が驚く。気づいていなかったと落ち込んだ。


「事件の真相について、勘づいていると思うが。わしに免じて、退いてくれないか? 兄ちゃんたちは、農作物を食い荒らす害獣を退治して、人は傷つけていないから」


 幹に手を当てて、男は体の向きを変える。頼み事の言い回しから、イリスは察した。彼は基本的な情報を知っている、と。


 イリスは読む。侵入者の件から、四鬼神の筋書き。酒場での密談に、男が乗った。話題に上がっていたのが、神々の盤上遊戯の駒の話だったからだ。会ってみたいと望み、こっそり、鬼神の能力を測りたかった。便宜を図れる立場でもあるのだろう。


 結果は……。男が責任を取ると表明した時、鬼神は反対しなかった。基準に達していない。


「構いませんが。私に合う武器を見立ててくれますか?」


 イリスは承諾。釣り合う物を欲した。四鬼神が狙ったのは、自分の命。神々の盤上遊戯の駒から、彼らが連想したのは種族の加護。自分たちの子どもを成り代わらせる。三者協定が無効になり、人間が狩り放題になる。


 道義を守れぬ者に、座を渡す気はないが。


 イリスは思い返す。駒の座を奪いたがる者は、少なかった。もっと、居ても良いはずなのに。


「わしの古里には、空から降ってきた鉄を含む石を使って作った<隕星剣>がある。嬢ちゃんの古里のいずれかか、得られた隕鉄から作った剣が手に入るように手配しよう」


「ありがとうございます」


 男の即答。結末まで、読めていたと思わせる。イリスは感謝して、承諾の意を示した。


「さて、異物なわしは、自然に淘汰される前に退散しよう。おっと、その前に、忘れておった。借りるぞ」


 イリスが持った疑問に、男は答えた。短くなった槍が、鬼神の手から離れる。透明な人間がもぎ取ったみたいに。


 男は助走なしで、広場の宙を山なりに駆ける。途中で、穂先を下に向けて放つ。手首を上下させただけなのに、地を堀抜いて深く潜っていく。地中を泳いでいた、獣を仕留めた。新しい疑問。彼の姿はなかった。

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