イリスとは、何者か? 4

 身を震わせる。冷気に触れた。季節が真夏から真冬に移ったみたいに。風が吹く。体感温度は、気温よりも下に変わった。イリスは眉をひそめる。血の臭いが混ざっていた。


 明らかに、自分たちが来る直前に、傷を負った者がいる。もしくは……。


 素早く、辺りを見回す。ねじれながら、上に向かって伸びる幹が細い木々。わずかに残った、葉が落ちるも。林立する木の枝にも、影は無い。白い空が背景なので、判りやすい。こんもりしげった、下草や背丈の低い木々の向こうにも、気配はない。


「三者の協定により、こちらに参った者たちだ。責任者はいるか?」


 目を見交わす。キースが呼ばわる。静けさの中に、かすかに息遣い。重傷を負って、意識を取り戻したところか。あるいは、意図的に、気配をにじませたか。後者なら、混乱させる目的がある。


「何者だ!」


「あっ!」


 わらわらと、出てきた、子どもたち。一人の子が顔を覚えていて、指差した。向こうの気配が慌てる。予想外の事が起きた。


 子どもたちの姿は、ほぼ、人間と同じ。服装は、素朴。生地が厚めで、長く着られそうな。違うのは、額に、角が一本か二本。鬼と呼ばれる。


「ご馳走だ!」


「ご馳走」


「ご馳走」


 二つの包みに近寄り、子どもの鬼は一部を開く。覗いて、確認。皆に教えた。


 イリスやキースの周りで、子どもの鬼は踊り出す。鬼たちの主食は、人間。首筋に、刃物を当てられた錯覚を起こす。三者の協定で、まぬがれているが。飢餓のあまり、理性を失えば。襲ってくる可能性もあった。


「ここんところ、野菜の汁物しか、食ってなかったんだ」


「……。大人たちは?」


「遠征に出ている」


「加工……」


 ポツン。一人の子どもがうつむいて、つぶやく。キースは固まる。ややあって、訊く。別の子どもも、うつむいたまま、答えた。キースが言いかける。


 突然、イリスが駆け出す。子どもたちの応対をしていて、キースは気づけなかった。周囲のささいな変化を。黙って見送る。


 見極めようとする、まなざし。感知した瞬間、イリスは走り出していた。最高の速さで。源に向かって、一直線。下草の隙間を通り抜ける。


 推測したとおり。少し広さのある空間。四鬼神の一人が構えていた。北方を守る。


 彼の最後の手段としての大技。大きな槍を左後ろから、半回転させて、不思議な力を飛ばす。足を前後に開き、腰を落とす。全身の力を、槍に伝える仕組みだ。


 イリスは懐まで飛び込む。彼の膝に足を掛けて、高々と跳ね上がる。一瞬、遅れて、槍が横回転。光が飛んでいく。広範囲の木々が切られた。一拍置いて、ゆっくりと倒れる。


 大音響の中。鬼神は蹴りを警戒。短剣を立てて、肩に乗せる。イリスは彼が槍の穂に近い柄に乗った。


 イリスが気にするのは、見極めようとする人。姿を隠したままの。四鬼神が望むことを推測すれば。彼らよりも強い者だ。


「高みの見物とは、良い身分だな。出てこいよ。主直轄(あるじちょっかつ)の警護隊隊長が、相手をしてやるよ」


 音が残っていても、イリスは呼ばわる。異世界でも通用する身分を名乗った。通用しない場合もあるが。まなざしの主(ぬし)が揺れているのが伝わってきた。


 間近から、呪文を唱える声が聞こえてくる。短剣を納めた、鬼神の周りの地面。水面のように、泡が立つ。幾本もの鎖が伸びてきた。


 イリスは下腹に手を当てる。ささやき掛けた。深紫(こきむらさき)色の珠。応じて、光り出す。深紫色の光が広がるにつれて、一部が欠けているのが判りやすくなる。右上なので、問題はない。


 深紫色の光は、イリスの全身を越えて広がる。鎖にぶつかる。鎖の端から崩れていく。霧散した。


「ふむ。欠片に宿る力は、他の不思議な力に影響を与えるんだ」


 しゃがんだイリスは、考察を述べる。一応、グロシュライトの見解も聞くが。


 槍の柄から、音が立つ。イリスは大きく跳ね上がる。後ろに回転しながら、木々の根元に降りた。光を欠けのある珠に収める。次の瞬間、柄が折れた。

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