第5話 子供達へ

「姉貴、お客さんの写真が残っていたら失礼かなと思って、写真館にあったフィルムを現像してみたんだけどさ」

 火葬場に向かう車の中で秀俊が百合子に写真を渡した。

「あなた現像なんてできたの」

「そりゃあ、写真館の息子だからね。久しぶりに暗室に入ったよ。懐かしかったなあ。それよりこれ見て。一本だけ残ってたフィルムの中にあったんだけど」

 秀俊が渡したモノクロの二枚の写真には仲良くソファーに座っている徳次郎と薫が写っていた。

「あら、いつ撮ったのかしら。あのカメラで父さん達を撮った人がいるってことよね」

「そうなんだよ。父さんしか使いこなせないはずなんだけど、よく撮れてると思わない」

「そうねえ。誰が撮ったか知らないけど、写りもシャッターチャンスも最高ね」

「不思議なんだよ、結構古いんだよこのフィルム。ほら、親父が最後に家出した日があるだろ。どうもその頃の写真みたいなんだ」

「そんなわけないでしょ。お母さんその時はもういなかったんだから。ねえ明美」

 百合子は写真を明美に渡した。

 明美は、休みになると写真館を訪れ徳次郎を手伝っていた。徳次郎の死が余程ショックだったのか、いつも以上に言葉少なになっていた。

「おじいちゃん、いつも楽しそうだった。おばあちゃんが一緒にいるみたいだった」

「そんな怪談みたいな話しあるわけないでしょう」

「それにしてもさあ、こっちの写真。親父の笑顔を思い出したよ。たまにだけど、こんな顔してた時あったよなあ。お袋もいい笑顔してんなあ」

「おじさん、この写真私にも下さい」

「そうだな。帰ったら早速焼き増ししてやるよ」

「そんな面倒なことしなくていいじゃない。明美がこの写真をそのままスマフォで写せばいいのよ」

「うん、けどきっとそうじゃないと思う。焼き増し。この写真はそうしないといけない気がする」

「流石、西村写真館の孫だな。昔はな、お客さんを撮って現像して丁寧に額に入れて、一枚一枚手間暇かけて、それでお客さんに渡してたんだよ。おじいちゃんはな、いつも言ってたんだ」

「相手の心に寄り添うようにシャッターを押すんだ。でしょ。こっちに来るようになってからおじいちゃんからいつも聞いてた」

「そうか、そうか。相変わらずだったんだな。きっと親父も明美と一緒に写真が撮れて嬉しくってしょうがなかったんじゃないか」

「楽しそうだったし、いつもおばあちゃんのこと話してた」

 百合子が二人の会話を遮るように言った。

「何が相手に寄り添うようによ」

 明美は驚いて百合子の顔を覗き込んだ。

「だから何が相手に寄り添うようによ。明美。おじいちゃんみたいな人と結婚しちゃだめよ。あんな人と一緒になったら女は一生苦労するんだから。絶対にあんな人と結婚しちゃだめ」

 「姉貴、親父が死んだばかりだってのに、それはないだろう」

 百合子に遠慮するように秀俊は言った。

 徳次郎が亡くなって一番悲しいのは百合子に違いなかった。薫が亡くなってすぐに徳次郎を横浜に連れて来たのは、あとは自分が面倒をみるという決意に違いなかった。百合子は通夜でも告別式でも涙を流すことはなかった。気丈な姉の性格を知っているだけに見ていて辛かった。

「親父もお袋が死んだ時、泣かなかったな。やっぱり姉貴は親父似なんだよ」

 そう思っていても口には出せなかった。

 火葬場が遠くに見えてきた。

 静かな時間が車内を過ぎていった。

 明美がポツリと言った。

「けど、写真の中のおばあちゃん、とっても幸せそう」

 百合子は明美から写真を取りあげ膝の上に乗せてじっと見ていた。

 百合子の肩が小刻に慄え始めた。

「そうよ。当たり前よ。苦労したけど、お母さんはとても幸せだったんだから」

 そして写真を抱きかかえ

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

と何度もつぶやいた。

 秀俊は百合子にそっとハンカチを渡した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出の形 nobuotto @nobuotto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る