第9話 9
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武原監督が、何を言いたいのか、ぼくは理解することが出来た。要するに祐一とデートをするな、ということなのだ。いや、それだけではないだろう、と思った。だから、ぼくは言った。
「野球部をやめて欲しい、ということですか?」
と。
「そうは言ってない。提案なんだけどさ。今の近藤が、サエグサ学園のショートのレギュラーになれるかというと、まだ分からんけど、藤井の方が可能性が高いと思っている。断定はしてないよ。それでな、提案があるんだよ。栃木にあるうちの兄弟校。あそこの監督は、ぼくが、甲子園に連れてってやった子だ。彼も甲子園を目指して指導しているけど、去年は、三回戦がようやくだった。近藤、君が行けば、間違いなく、レギュラーになれると思う。そうするのが、君にも佐原にも一番いい選択だと思う。もちろん、誰とも特別に親しくならないというのが絶対条件だ」
武原監督は、言った。藤井は、同じ二年生でレギュラー争いをしているが、絶対負けない自信がぼくにはあった。打撃は同じレベルだったか、守備範囲も肩の強さもぼくの方が上だった。
「野球は、やめます」とだけ言った。
「ご両親には、ぜひ、宇都宮校の方で君の野球の能力を買っているからということで話をするから。監督の家に下宿すればいい」
武原監督は、ぼくの答えを聞こえなかったように言った。
数日後には、母が学校に呼ばれ、担任と武原監督と面談した。
その夜、ぼくは、両親に告げた。
「サエグサ学園とは縁を切る。宇都宮校にも行かない。通信制の高校に編入する」ということを。そうして、自分は、女性が着るような洋服を着て、メイクをする欲望を抑えられない人間であることを付け加えた。カミングアウトしたのである。
「女性より男性が好きになるということか?」と父が聞いて来るのに「多分」とぼくは短く答えた。あれ程、まぶたを広げたままにした母親の表情を未だ見ていない。
サエグサ学園に通わなくなったぼくに祐一は、電話もメールもして来なかった。武原監督から、釘を刺されたのは間違いなかった。
甲子園には出られなかったが、祐一は、千葉レイダースからドラフト三位の指名を受けた。単独指名だった。
一年目は、ファーム暮らしだったが、二年目のオープン戦に初めて一軍のマウンドに立ったが、シーズン中は二軍暮らしだった。
ぼくは、祐一が、二軍の時は、ほとんど関心を示さなかった。けれど、三年目に三勝、四年目に五勝をあげた時は、スポーツ新聞やネットニュースでどんな投球をしたのかを積極的に読んだ。スライダーを得意玉にしたのもこの四年目だ。
秋口に肘を壊さなければ、翌年には、千葉レイダーズの先発ローテンションを担う一角になっていただろうと思っている。手術して一年を棒に振った。六年目は、育成契約の選手となり、ほぼ二軍暮らし、自由契約になったのだった。
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