第8話 8
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秋葉原の家電量販の入り口にやって来た祐一は、「ヒエエッ」っとおおげさなずっこけポーズで驚きを示した。
「たまには、おしゃれしたくなってさあ」
ぼくは、照れ臭そうに言い訳をした。
秋葉原で祐一と会う時は、決まってメイクをし、派手な色のシャツやセーターを着るようになった。キッスまでは行かなかったが、「恋人ごっこ」と冗談っぽく言って、手をつなぎにいき、短い距離だが、そうして歩いた。祐一は、受け入れてくれた。祐一もぼくとのことを秘密の関係と考えていたに違いない。祐一が、野球部の誰かにフィギュアを購入するためにぼくと行動を共にしたことを話すことはなかった。
二年生になると、祐一は、サエグサ学園野球部のエースになった。ストレートの球速は、時に百五十キロを計測するまでになった。
練習試合の時、スカウトらしき人物を見かけるようにもなった。
がっちりした体格の男は、ひたすら祐一を眺めていた。祐一が打たれたりすると尽かさず手帖に書き留めていた。風貌から元プロ野球選手じゃないかとぼくは思った。
当時、武村監督は、ぼくと祐一の関係についてどの程度握っていたのだろう。どこからか伝わって来た情報にぼく達は、既にマークされていたのだろうか。
五月の連休前、ショートの守備練習についていたぼくは、突然、武村監督に呼ばれた。
「ピッチャーやりたいのか?」
と、武原監督は、聞いて来た。
心の準備を全くしてない質問だった。
「いえ」
ぼくは、答えた。
「他のショートがノックを受けている時、ピッチャー練習場に視線をやっていることが多いから、ピッチャーをやりたいのかと思ったんだけど、違うのか?」
「違います」
「だったら、金網の向こうにちらちら見たりしないで、集中しろ」
武原監督は、言った。穏やかな武村監督にしては、きつい言い方だった。
家に帰ったぼくは、何で「ピッチャーをやりたいんです」と答えなかったのか悔やんだ。
ぼくも祐一も油断をしていた。
「ブラーザーズ」にふたりして行った時、写真を何者かに撮られたのだ。その日は、秋葉原の家電量販店に行く約束をしていたのだが、家を出てから携帯に祐一から「親類の人が来るんで今日はブラザーズに変更しよう」と携帯に連絡が来たのだ。ぼくは、オーケーしたが、メイクはそのままに祐一と会ったのだった。
甲子園大会への予選が始まる前のある日、ぼくは、武原監督に話があるからと呼ばれた。
武原監督は、空き教室でぼくと向かい合わせで面談した。
「こんな写真が私宛に送られて来た」
武原監督は、ふたつくっつけた机の向こう側からぼくの方に数枚の写真をポイと投げた。
ふたりが並んで歩く斜め前からの写真と後ろ姿で軽く手をつなぎ合う写真だったが、まぎれもなく、ぼくと祐一だった。
武原監督は、言った。
「佐原は、将来プロ野球でやっていける逸材だ。俺が見て来た高校生の中でもベストファイブに入る。彼の速球は、並みの高校生では、打てないレベルに達している。ピッチングコーチの話だと、もっと増す可能性があると言っていた」
祐一が、いかに才能があり、将来性があるかをぼくに聞かせたのだった。そのために、ドラフトにマイナスの要素は排除したい、と続けた。
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