第10話 10
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コーヒー千円の喫茶店で一時間が瞬く間に過ぎていった。
祐一は、もう一年、千葉レイダーズが育成としての契約をしてくれることを期待していたと言った後、ぼくにプロ野球の厳しさや知っている選手の話を聞かせてくれた。
ぼくは、ユニセックスファッションを主力商品にするブランドを立ち上げて、海外でファッションショーを開く夢を語った。パートナーの伸(しん)さんには、膝枕をしてもらって話したことがあるが、伸(しん)さん以外では誰ひとり話したことがない夢物語だった。
「俺が、MLB(メジャーリーグ)で投げるより、遥かに実現性があるよ」
祐一は、笑い、応援してるから、と言った。
「本当に悪かったな。武原監督から、ドラフトにアップする選手は、球団の顔になる選手だから、怪我をしてないか、練習に真面目に取り組む選手か、とか。たとえ、君がゲイでなくともそんな噂を指名しようとした球団が聞きつけたら、今の時代、負の要素になる。プロ野球は、男の世界だからな、って」
「祐一にはゲイっていう言葉使ったのね」
「ああ。克明には使わなかったのか?」
「うん、監督は使わなかった。使ったのは父親」
ぼくは、答えた。カミングアウトをしたあの夜、戸を閉めたぼくの耳に「ゲイか」という低い小さな声が届いた記憶がよみがえる。
「克明は、あの写真、武原監督に郵送した人物のこと考えることある?」
「あるけど、幾ら考えても、分からないし、もうどうでもよくなったから、最近は考えたことないな」
ぼくは、答えた。
送り主について考えると、いろんな可能性があったのは、確かだ。祐一のことを知っている地元の高校野球ファンがたまたま持っていたカメラでパシャリとやった。甲子園を狙うライバルの高校の関係者が、ぼくと祐一の噂を聞きこんで、興信所に頼んだ。夏の予選のタイミングを見計らって、サエグサ学園に写真を送って動揺を誘う。
コミックのストーリーの一部になりそうだが、その種のもっと生々しい考えも頭に浮かんだ。狙いは祐一ではなく、ぼくの方。藤井からぼくと祐一の噂を聞いた父親が、息子をレギュラーするために興信所を雇って写真を撮らせたというものだった。
だけど、ぼくが一番疑惑をもったのは、武原監督だった。ぼくと祐一が親密なのを誰かに聞いて興信所を雇って調査させたというものだった。目的は、純粋に祐一をプロの選手にしたかったのか、高校野球の監督としてのキャリアの装飾品としたかったのか、とに角、祐一をプロ野球に送り込みたかった。そのために、邪魔なぼくを祐一がいるサエグサ学園野球部から排除したかった。
興信所は安くない。どうしても、学校を甲子園に送り込みたかったサエグサ学園のバックアップも考えた。けれど、証拠は、どこにもなかった。結局、分からない、が正解なのだ。
「聞いていいか?」
「なんなりと」
「俺が、実は克明の存在に困っていたとか、困っていなくてもプロ野球に進むのに支障をきたすのを恐れて武原監督に相談した、なんてこと考えたことないか?」
「ない、これっぽっちもない」
ぼくは、強く否定した。本当だった。ぼくも祐一も被害者の立場にいるとしか考えたことはなかった。
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