第15話

「はい相場くん。でもこれ、意味あるの?」

「さあな。無駄になるかもしれん」

「なによそれ……」


 高色は不満げな表情で紙を俺に渡す。先日依頼したものだ。少しだけ確認したが、なかなかの完成度だった。これがあれば、俺はあと100年は戦える!


「それで、ご褒美に何をくれるの?」


 そうか、そんな約束をしていた。俺は高色からもらった紙を、見せびらかすようにヒラヒラと動かす。


「『こんなものダミー』じゃない、本物ってやつだ」

「なに、それ……」


 意味わからないとでも言うように、俺にジト目を向ける。


「ありがとう。高色」

「うーん……?」


 高色は不思議そうに小首をかしげる。顎に人差し指を当て、何かを考えているようだ。その様子さえも、美しいと思った。


「速水くん、少しだけ静かなの。来栖くんもなんだか落ち込んでる。相場くん、あたしの呼び方なんで変わったの?」


 少しだけ驚いた。高色は人の変化の機微に気付く感性があるみたいだ。おっとりしているくせに、周りをよく見ている。


「もう憧れてないからな。速水にも、高色にも。お前たちになれないことを痛感したんだ」

「相場くんって、少しめんどくさいところあるよね……」


 少しで済むなら光栄です。


「相場くんが、あたしをどう思っているのか、あたしにはわからないけど、」


 けど、とそこで言葉を切る。ゆっくりと息を吸い込む。そして吐き出す。


「あたしだって、望んでも相場くんみたいにはなれないよ。でもそれが、あたしが相場くんを避ける理由にもならない」

「えぇー……」

「なんで嫌そうなの!?」


 高色がなぜそこまで、俺に固執するのかわからない。それはどうでもいいが、俺が高色を避けようとも、彼女は俺を見放してはくれない。まじでどうすんの……。速水とか、盗難の犯人なんかどうでもいい。高色が何よりも強敵だった。それと一つだけ文句がいいたい。高色よ、あなただけは俺みたいになるなよ。


 ※※※


放課後の下駄箱前。


 とある人を待ち伏せしている。この言い方だと、悪役みたいだね。まあ悪そのものなんだけどな。違うよ? 靴に画びょう仕込むとか、上履きを盗もうとかそんなこと、微塵も考えていないよ? ただちょっと相手の嫌な顔が見たいだけなんだ!(クズ)


 ブツブツと独り言呟いている間に、会いたい人が近づいてくるのが見えた。その人に気が付かれないように、そっと身を隠す。その人は下駄箱から靴を取り出すと、上履きに履き替えて外に出た。向かうは正門。彼女はどうやら、帰宅するみたいだった。



 学園から少し離れたところにある、川沿いを歩く。その女生徒の後ろを静かに尾行する。今は川岸の堤防の上にある歩道を歩いているところだ。すでに夕方で、日は傾き、夕焼けの赤い光が川面を走り込む。その情景は詩的で、俺は小説家になれるのでは? そんなわけないだろう。

 そんなことよりも、いま周りに人がいない。果てしなく続く後にも先にも人気ひとけがなかった。ちょうどいい。仕掛けるならいまだ。俺は彼女の前に回り込み、告げる。


「よう、お前が和泉か?」


 目の前の少女は、俺の突然の登場に、怪訝な顔をする。


「……誰?」

「相場だ。あんたと同じクラスだ」

「いや、誰? 不審者?」

「制服着てるだろが!」


 デジャブな気がした。いや、気がしない。前にもこんなやりとりをしたことがある。俺は一般人に話し掛ける度に、このやりとりを何度もしなければならないのか……。先のことを思うと憂鬱になる。


「それはさておき、あんた和泉だな」

「そうよ、それがなに?」

「実はあんたに、見て欲しいものがあってな」


 俺のカバンに手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。その紙には格子状の線がいくつもあり、格子の中にはいくつもの文字が書き込まれていた。ぐふふと下卑た笑みを浮かべる俺。まじ最高に悪役。俺ってばマジ最低……


「これ、な~んだ?」

「な……!」


 その紙を凝視した。その後で自身の手元にあるカバンに視線をずらした。それもすぐに俺の方へ戻した。その一瞬を、俺は見逃さなかった。俺は彼女にゆっくりと近づく。「な、なによ……」と呟く彼女を無視し、その人のカバンをひったくる。


「ちょっと! なにすんの!」


 目の前の女は叫んだ。カバンを奪い返そうとする彼女から逃げ、カバンを開けて中を見る。すぐに目当てのものは見つかった。それは答案用紙で、名前の欄には『高色美帆』と記入されていた。下卑た笑いが止まらない。俺はこれが性に合ってるのだ。カバンを返し、答案用紙をヒラヒラと見せつける。


「これ、な~んなり?」

「言い方キモ。つーかあんたに関係ないでしょ」


 キモって言うな。失礼だろ、平安時代の人たちに謝れ。


「まあ関係ねえな。どうでもいい。ただ俺は、この用紙を先生に提出するだけだ。お前が持っていた事実も報告してな」

「そんな……」


 和泉は青ざめた顔をする。懇願するような目で俺を見る。


「お願い、それはやめて。なんでもするから!」

「うほっ! え、何でもって言った? うっほ、言ったよね? うほっうほ、ぐふふふふ」

「ひいっ……!!」


 マジな顔やめてくれ。素で傷つく。え、ひょっとして俺の顔そんなに気持ち悪い? すぐに真面目な顔に切り替える。そして和泉を睨みつける。


「なんでもするって言ったな? ならばすべて教えろ。言っておくが、嘘はわかるぞ。正直に言え。内容次第ではお前を楓原先生に突き出してやる」

「はい……」


 弱々しく俯く。すぐさま岸辺へ下る階段へ誘導する。川のほとりなら、人も滅多に通らないだろう。彼女とて、誰にも聞かれたくないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る