第8話

 スマイル王子、速水。笑顔で人々を悩殺する彼は、今日も甘いマスクを被り、道行く人たちから黄色い歓声を浴びる。家庭科室の流し台の前で、エプロンを着て立っている彼は、それだけでクラスの女子たちを悩ましい声を上げさせ卒倒させている。


その彼の横には、見目麗しい少女、高色が静かに添う。お淑やかに立つその姿は、まさに王の横におわす王女様のよう。ふたりが立つ姿は王族の謁見のようだ。その理論でいくと、その誠実な来栖が二人に仕える姿は、さながら騎士ナイトであろう。表現がかなり誇張的ではあるが、我ながら上手い喩えだと思った。ひょっとして小説家になれるかしらん。あほか。


キング、クイーン、ジャック。トランプの役柄が頭に浮かんだ。その例えでいくと、俺はさながら―――


「さながら君は、ジョーカーババってところだろうな」

「上手いこと言ってんじゃねえよ……」


楓原先生はそう言い捨て、俺の顔を見るなり嘆息を漏らした。この人、失礼じゃないですかね。俺に貧乏くじババを引かせておいて、何言ってんだこのやろう。先生の的を射た発言がとてつもなく微妙で、さらに俺の神経を逆なでした。あとナチュラルに俺の心読まないでくれませんか。シンプルに怖いっす……


「ええ、俺今からあそこに行くんすか。嫌なんですけど……。俺絶対空気ですよね。もうあの3人で良くないですか」

「何を言っている。だから君が適任なんだろう。曖昧君」

「人の名前でいじってんじゃねえよ暴力教師。遠回しに空気って言ってませんかねえ!」

「言い得て妙だね、相場よ。おほほ。おほん、冗談だ。すまん」


 楽しそうに意地悪く笑う。本来であればこの先生のこの発言は、社会人としてはアウトだ。だが、俺と先生は昔からの知り合いだ。だからこそ、こうして互いに軽口が言いあえる。とはいっても、他の生徒から見れば訝しいことに変わりはないので、あまり目立つことはできないのだが。


「切実に君じゃないとダメだと思ったんだ。君ならわかるだろう」

「まあ俺、何しても目立ちませんもんね」


 速水がエプロンを着るだけで女子は卒倒するのだ。高色が笑顔を向けるだけで男子は猿のごとくキーキー騒ぐ。そんな二人と同じ班に入れるとなると、他の生徒たちはどうなるだろう。物騒な椅子取りゲームが始まる。それだけで済むならいい。一人勝ち組になった奴に、嫉妬のあまり周りの奴らが石を投げるかもしれない。これまでの友情が崩壊しかねない。


 それが俺ならばどうだろう。俺はステルス根暗ボッチだ。崩壊するような友情なんか最初から持ち合わせていない。あの三人の輪に紛れたとしても、誰も気が付かないだろう。よしんば気付かれたとしても、『あいつ誰?』って笑って流され…………ないよね! うん、おかしいね!!


「俺に一方的にヘイトが向けられるだけですよね。なに名案みたいに語ってんすか? これ俺だけが損なんじゃ……」

「さあ授業開始だ」

「おいババア!」


 楓原先生から無言でチョップをもらい、強引に速水達のグループまで引きずられた。高色が苦笑して俺を見る。やめて、みないで、はずかしい……


 授業開始ということで、各々が準備をはじめる。速水が俺らメンバーを一瞥して呟く。


「さあ、なにからはじめようか。分担どうする?」

「んじゃ俺、材料の計量するよ」


 速水の問いかけに対して、来栖は素早く答える。


「あたしは、材料の混ぜ合わせとか、切り加工とかしようかな」


 高色も来栖に次ぎ答える。優等生はみな積極的らしい。対する俺は、


「俺は食器でも洗うわ」

「洗う食器まだないよ……」


 俺のサボり発言に高色が即座に切り返す。ちっ…! さすが優等生。一筋縄ではいかないぜ。


 速水は苦笑している。来栖は何とも言えない顔をする。誠実な二人は、俺の不謹慎な態度を良く思っていないのだろう。チラと周囲を一瞥する。準備に苦戦しているもの、楽しく話しながら作業しているもの、無言で速水班を見るもの。思いのほか、こちらに注目が集まっているわけではないようだ。それならば俺も自由にしよう。どうせ目立たないし。


「道具でも揃えてくるわ。材料の準備頼む」


 俺はそう言い残し、倉庫へと身を隠した。

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