Ex.5

 その後はみんなでトランプとか、試しに買ってみたボードゲームとかで楽しんだ。結構盛り上がったと思う。先生があそこまで楽しそうに笑うところは、今まで見たことあっただろうか。時間はあっという間に過ぎた。なお速水は時間とのことで、すでに帰った模様。


 楓原先生はベランダに出ていた。外の景色を見て、ほうっと小さくため息をつく。


「寒くないですか」

「うん? 相場か、どうした」


 いや、なんとなく、そう呟く。ただ俺も景色が見たくなった。

ベランダから覗き見る外では、車のヘッドライトの行列がゆっくりと行進していた。その周りには、照らすネオンライトの明滅、ビルから漏れる電灯の明かり、どこからともなく伸びる地上を照らすスポットライト、たくさんの光が眩しく広がっていた。

 ありきたりの感想になってしまうが、その景色はとても綺麗なものだった。


―――~……♪――…~♫…… どこからともなくと、聞こえてくるクリスマスキャロル


それを賛美するかのように、空から白い雪がゆっくりと降り注いだ。

 目の前の情景に、つい心を動かされたおれはつい呟く。


「はは、まるでゴミのようだ」

「いやそのセリフはおかしい」


 先生、お願いですから、ゴミを見るような目で俺を見ないでくれますか。人がゴミのよう……。

 ガラガラ……と後ろのベランダ窓が開く。「うう……寒いい……」と高色が出てきた。


「どうした高色」

「あはは……。ちょっとね」


 ベランダから見える室内をチラと見た。来栖と益田が楽しそうに談笑していた。益田は俯いてしまっているが、その顔は何やら嬉しそうで、頬をほんのり赤く染めていた。なるほど、あの場に居たたまれなくなってしまったのだろう。出てきた高色は上着を着ていなかった。少し肩が震えている。


「寒いか?」

「ちょっとね、でも平気だよ」


 笑顔でそう言ったが、突然吹き付けた冷たい風で、すぐに顔をしかめてしまう。それを見た俺は、おもむろに着ていた革ジャンを脱ぎ、高色の肩に被せた。


「え……いいの?」


 彼女の口から白い吐息が漏れた。それが季節を物語っていた。その顔はうっすら赤く、なんとなく上気たって見えた。


「ああ、問題ない。先生のだからな」

「お前って奴は、全く……」


 「なんでそういつも、余計なこと言うんだ、お前は……」と苦笑されててしまう。はて? 何か言っただろうか。


「綺麗……」


 外の世界を見た高色が、そう感嘆と漏らす。イルミネーションが輝く夜の街に、照らされて高色の顔が暗い外でもはっきりと見えた。感動に輝かせる瞳の煌びやか、大きく開いた口とその笑顔、俺はそれについ見惚れた。心底美しいと思った。つい余計なことを言ってしまう。


「もう遅い。帰るなら送っていくぞ」

「へ? いいの? どうしたの? 今日なんか優しい」


 高色の素朴なその言葉に、つい笑いがこぼれてしまう。確かに、こんな俺は柄じゃない。


「今日はな。何せ今日は何しても目立たない」

「だからお前は、一言多いんだよ……」

「胸を張って言わないでよ! それって今日じゃなくて、今だけでしょう」

「はっは、違いねえや」


 先生にため息をつかれてしまう。俺は今日も正常運転です! と、ベランダ窓を開ける。そして振り返る。


「先生……。メリークリスマス」

「ああ、メリークリスマス。気を付けて帰りな」



中に入って、来栖たちに割って入る。


「俺と高色はもう帰るぞ」

「はいよ。俺ももう少ししたら帰るよ」


 俺は益田をチラ見する。彼女の赤い顔を見ると、どうしてもニヤついてしまう。


「じゃあな来栖。ちゃんと益田のこと、最後まで送ってあげるんだぞ」

「余計なお世話だ……相場」


 益田に睨まれてしまう。それすら今は、怖くない。


「それじゃ、涼香ちゃん、メリークリスマス」

「ん。また来年ね、メリークリスマス。美帆ちゃん」


 二人は軽く抱き合った。来栖はそれを微笑ましく見ていた。



 暗いくらい夜道。街灯が足元を照らす。俺と高色は肩を並べて歩いていた。高色がぽそりと呟く。


「楽しかったね」

「そうか」


 気の利いたことが言えない。ボッチの悲しい性である。高色が感慨深い表情になる。


「こうして、みんなと集まって遊べるなんて、少し前までは考えられなかったよ……」


 今までのことを反芻する。高色の周りには常に人で溢れていた。仲がよさそうに見えて、実はそんなことはなくて、高嶺の花である彼女にクラスメイトたちはどこか、一線を敷いてるらしかった。


「そうか? そうだとしても、今はちゃんと仲が良いと呼べる人たちがいるだろう。これからもそういうの、増えていくんじゃないか?」

「そう……かな」


 足元に視線を落とす。街灯に照らされた額に影が落ちて暗く見える。俺は呟く。


「これからももっと、人が増えていくと思う。増えていく度に、思い出だってそれだけ増えていくんだ。そうなっていく」


 人の輪があるとすれば、その中心にいるのは高色だ。美しい花には人が集まる。彼女はこれからも、良い人たちを惹きつけることだろう。その数だけ青春物語を紡いでいく。


「相場くんは……違うの?」


 顔を上げ、俺と目を合わせる。何かを真剣に見ようとするその眼。俺の眼から何を読み取ろうとしているのだろう。冬が明ければ進級し、3年生になる。早い人は受験や、就職に向けて考えていることだろう。果たして俺はこれからどうするのだろう……


「俺は静かなところが好きだ。賑やかしは性に合わない。これからも目立たず生きていくさ」


 その言葉を高色はどう解釈したのだろう。眉を引き下げ、目を少し細める。なんだか悲しそうに見えた。俺はそこで足を止めた。目の前には駅の停車場があった。そこにはクリスマスツリーが見え、装飾が輝いていた。


「ここまでだ。自宅は駅から近いだろう。遠いなら送るが」

「ううん。大丈夫。ありがとう」

「おう。気をつけてな」

「相場くん……メリークリスマス」

「……。じゃあな」


 踵を返して暗がりへと進む。


「あたしは相場くんの友達だから。相場くんがなんと言おうと友達だから……」


―――なぜあなたは、そうも孤独を選ぼうとするの?―――


 切なくて、なんだか胸が苦しくて、一滴の雫が頬を伝う。その気持ちは胸に秘めた。今の彼には届かないから……


 背中越しに高色が何事かを言う。それが何なのか聞き取れなかった。たとえ聞き取れたとしても、俺は返事をするつもりもなかった。



―――♫……――~♪ クリスマスキャロルが駅舎から響き聞こえてくる。



どこからともなく鐘が鳴り

耳心地いい声聞こえ

僕の心を溶かしてく


空から降るは白い雪

美しいその結晶は

一つとて同じものはなく

僕が差し出す手に触れて

すぐに溶けて消えてゆく


その儚さに切なさを

覚えた僕はその眼から

ついぞ涙が溢れだし

僕の心は凍えて氷る


春の暖かさを知り

凍る花は

温もりをその胸に


春を待ち焦がれ唄を歌う ―――~♪


クリスマスキャロルが鳴り響く……

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