Ex.4

 部屋の準備は一通り終わり、テーブルに全員鎮座する。中央には大きな鍋。闇鍋へいざ行かん……!


「この場合、部屋の電気消すんでしょうか……」


 益田のその問いに、楓原先生は悪そうな笑みで答える。


「いや、その必要はない」


 鍋の蓋を掴み、そっと引き上げる。とたんに湯気が視界を塞ぐ。やがてそれも霞消え、見えた先には混沌が広がていた。まるで光を失っているかのように、なべ底が見えない。何もかもを飲み込んでしまう、ブラックホールのようだ。そこから香るほのかな甘い匂いと、カカオの香り。高色にジト目を向ける。


「これお前のチョコレートじゃねえか……なんで入れた」

「ちちち、違うよ!? ちゃんと食後のデザートにしようと……」


 激しく手と顔を横に振る。嘘は言っていないようだ。だとしたら一体……


「私が入れた。おもしろそうだったからな」


 楓原先生だった。彼女は腕を組んで高らかに笑う。とても楽しそうだ。


「闇鍋に持ってこいだしな。ほら、チョコの色で具材が隠れるだろう。だが安心したまえ、スープの味は保証する。スープはね……はっはっは」


 すごい自信だ。だとしたら、これから引き当てる具材で命運を分ける。俺はオタマを手に持った。


「俺からいこう……」


 カオスの中へオタマを鎮める。そしてゆっくりと引き上げると、白い塊のようなものが当たった。熱で形を崩して、半固形のように漂っていた。お餅だろうか? 無難ではある。オタマを隣の来栖へ渡した。緊張した面持ちでオタマを鍋に入れる。まるで危険物処理のようだ。そこまで気張らなくていいのよ……。えいっ! とすっとオタマを取り出す。その上には赤くて小さい、つぶつぶの果物がかわいらしく乗っていた。それを見て目を細める来栖。


「え……なにこれ、いちご? 鍋にいちご?」


 その反応は正常である。なんとなく高色に視線を向けた、俺に気が付いた高色は「あははー……」と言って、目を背けた。あなたの苺ですか。なにしてんすか……。まじで闇である。次は益田の番だった。彼女の掬ったオタマには、白くて輪切りになっているものが乗っていた。鼻を近づけてすんすんと嗅ぐ。


「ん……ばなな?」

「おう、正解!」


 バナナだった。それを選んだのは来栖だった。益田はほんのり耳を赤くして「ええ……えぇ」と動揺している。これが俺だったら、目を細めて罵っていただろう。俺と来栖で反応が違いすぎる。


「次はあたしね」


 高色が間髪いれずオタマで掬いあげる。オタマには黄色くて小さなものが乗っていた。芋? いやそれにしては小さいな。


「これは……なんだろう。うーん……」


 どうやら苦戦しているようだ。


「それは栗だよ」


 速水がにこやかに答える。「へえ、全然気が付かなった……」と高色は呟く。次は速水の番だ。速水のオタマには乳白色の塊が乗っていた。それは液状のようで、手元のとんすいに移したときに、糸のように伸びた。その様子でそれは何なのか、速水にはわかったようだ。


「チーズか。いいチョイスだね」

「正解。よくわかったね」


 どうやら益田のようだ。速水の言う通りだ。チーズは大抵のものにあう。闇鍋では良心的な選択だろう。……っと楓原先生は無言で白菜を取り出していた。いや待って、おかしいぞ。


「あれ? 俺の食材は?」


 シーン……。誰もが無言。それもそう。誰も俺の食材を知らないのだから。先生が意地の悪い笑みを浮かべる。そして言う。


「もしかして鶏肉か? つまらないから、ミンチにしてスープの出汁だ」

「ちょっと何してんすか。ほんと、なにしてんすか」


 俺滑っちまったじゃねえか! おもむろにとんすいに、入っていた謎のお餅を口に運ぶ。入れた途端に溶けてしまうほど柔らかくなっていた。しかもなぜかとても甘い。違和感を覚えた。みんなが持つとんすいを一瞥する。苺にバナナ、栗、チーズ、そしてこれ


「マシュマロじゃねえか。チョコレートフォンデュがしたかったのかよ!」


 来栖が笑った。それにつられてみんなが笑った。

 これにて闇鍋大会は閉幕。


 それからは普通にみんなで鍋をつついた。先生の言う通り、スープはおいしかった。どうやら味噌がベースのようだ。ミンチになった鶏肉が良い出汁になっているとともに、汁にドロドロさを加えいいアクセントになっている。チョコはちゃんと甘味料の代役になっていて、ほろ苦さがコクをつけている。チーズと味噌って意外と相性いいね!

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