Ex.3

「何かリクエストあるか?」


 楓原先生がデパートに陳列された野菜たちを眺めながらそう言う。手には白菜を持っていた。

鍋にでもするの? それを見た俺はつい、こぼす。


「鍋とかいいかもしれませんね」


 楓原先生は白菜と睨めっこをしている。うーん……と唸る。


「そうだな。いいかもしれない。みんな、具材は何がいい?」

「鍋だったら、ネギ欲しいですね」


 そう来栖が呟く。速水は笑顔で「マイタケと人参」と答えた。この学園はベジタリアンしかいないのか……健康的でいいんだが。高色が「えへ……」と何かを俺の持つかごに入れる。そこには板チョコ……いやこれ、鍋に入れないよね。鍋を混沌と化すつもりでしょうか。益田が眉間にしわをよせて、額を抑える。それをみて先生は思案顔になった。少しして、ニヤリと笑って言った。


「闇鍋とかおもしろそうだな」


 闇鍋になった……


 ※※※


「おおー……」


 楓原先生の部屋を見回ったみんなが、驚きと感嘆の声を漏らす。3LDKのマンション。独りで済むには十分すぎるくらいの広さだ。日の光を受けて眩しいぐらいの真っ白な室内。ホコリひとつ見当たらない。楓原先生の几帳面な性格が、部屋ににじみ出ていた。楓原先生にリビングへと案内される。

 先生はキッチンに立ち、買い物袋を置いた。俺は冷蔵庫を開ける。傷みやすい生ものを、速やかに冷蔵庫に入れたかった。視線の先にオーブンが見えた。とても大きかった。……なるほど、あれなら鶏肉を丸ごとそのまま焼くことができる。


「大きいオーブンですね」

「凄いだろう」


 得意げに鼻を鳴らす楓原先生。自分の所有物を褒められて上機嫌になった先生は、なぜか余計なことを口走った。


「婚約者と相談してね。一緒に住もうってなって、広い部屋が良いってなってね、私は料理もしたかったから、オーブンも大きいものが良いってね、一緒に料理をするのもいいってなって……それで…………結局独りで使ってる…………部屋も独りで住んでる……」

「いやちょっと、そこまで聞いてないんですけどー!? なんで落ち込むんすか!」


 ずうううぅぅぅぅん……と、わかりやすいぐらい落ち込んだ様子で、壁に額を当てた。その顔はさっきまでの明るさから一転、暗く翳っていた。部屋の逸話は知っていた。だから触れなかった。オーブンにまで、別れた婚約者が潜んでいたとは油断した。どうしよう……めんどくさい。


「ほら先生落ち込まないでくださいよ」

「うるさい、放っといて……」

「その婚約者のおかげで、こうして俺たちと料理ができるんだから」

「ほう……」


 光を失った瞳がギラリと光る。勢いを取り戻そうとしていた。もう一押しだ。


「ほらあれですよ、塞翁が馬って言うじゃないですか。怪我が転じてこうして、楽しく生徒とパーティーできるんだから、独身も悪くないでしょう!」

「そうだな……そうだな、なるほど相場の言う通りかもしれん」


 元気を取り戻したようだ。生気を得たように目と顔が赤い。とても嬉しそうだ。だというのに、なぜだろう……俺は全然嬉しくない。冷汗が止まらない、目を合わせたくない。ひいぃ……!


「ありがとう相場。そうだ、せっかくのクリスマスだ、試しにサンタになってみないか? こっちこい。私がその服を真っ赤に染めてやろう」

「いや、いいです……大丈夫です。なんでおもむろに、アイスピックを取り出すのですか?」


 先生が持つと、なぜか物騒である。


「先生、何かお手伝いありますか?」


 高色が助け船を出す。俺は嬉しくて涙が出そうだよ……ごめんね、いつも邪険にして。


「そうだな、私は相場をナマスにするから、高色はチキンにそれを詰めてくれ」

「あ、はい! 承知しましたー」

「俺は承知しねえよ! 頼むから助け船をくれ」


 高色は片腕を挙げて、快く返事をした。俺の心は良くなかった。というわけで、俺と高色と先生は料理担当になった。他の人たちは買ってきた雑貨で、部屋の飾りつけをし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る