Ex.2
「瀧、よくここに来たな」
ガタンと何かが落ちる音がする。来栖は目の前の箱が吐き出したジュース缶を取り出して、速水に渡す。そして再び小銭を自動販売機へ投下する。
「最初は断ろうとしたんだ。そしたら相場君が目を血走らせて、『お前も来るよな? 来るよな! 来ないなんてないよな!? なあ!』なんて……押し切られちゃってね」
「あいつ、迷惑すぎるだろ……」
そう呟く速水の顔は嫌気が全くなく笑顔であった。「まあ、嬉しかったんだけどね……」なんて小さく吐き出す。来栖と速水は、両手にジュース缶を持って、皆のいるテーブルに戻っていった。
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カッコオォォォォォォンー……!!
隣の方でも気持ちの良い音が大きく響く。どうやらストライクのようだ。へえ……ストライクってそんな頻繁にでるもんなんだ。ちらと音のする方を見る。女性のようだった。その女性はストライクを確認すると、小さくガッツポーズをしていた。その弾みで張りのある尻肉が揺れる。そして豊満な胸の山が揺れる。ポニーテールも揺れる。どうやら独りのようだ。クリスマスなのに……
「楓原先生。……ぷっくく」
小さく吹いた。まさかこんなところで遭遇するとは思っていなかった。いなかったが、やっぱり今年も独りなんですねえ……シミジミ。仕方ない人ですね。そんな楓原先生の笑顔が曇る。
「どうもしっくりこないな……」
どうやら使っているボールに不満があるようだ。そう独りごとを呟き、こちらの方へ向かってきた。
「フム、これがちょうどいいか」
目の前の胸の高さぐらいの黒い球体に手を置き、ギチギチギチと万力のように、ゆっくり握力を込めていく。きしきしと骨が軋む。イタイタイイタイタイイタイ!!
痛みから逃れんと、俺は頭に置かれている万力腕を両手で引きはがそうとする。その手はテコでも動かない様子で、徐々に上へとシフトする。俺は浮いた足をジタバタと動かす。イタイイタイ! このままだと俺の頭と胴体が分離しちゃううぅ。ギャアアァァァァァァァ!!
「あれ? 楓原先生、何してるんですか?」
「ああ、益田か。いやなんか小僧の笑い声が聞こえてね。こいつの頭がしっくりきて、丁度いいからそこに転がそうかと」
「……汚れるんでやめましょうよ」
「血抜きはちゃんとするよ? 意外と魚捌きは得意なんだ」
おい誰が死んだ魚だ……そんな目してないだろ。え、してないよね?
「いやそうじゃなくて、相場が汚染されてるっていうか、ダイオキシンっていうか……」
「お前、言いたい放題だろう! 見てないで助けて!」
誰が生きた汚染物質だよ。ほんと失礼しちゃう。
※※※
「へえ、みんなで来てたのか」
楓原先生は俺たちを一瞥した。俺への怒りは収まり、今は高色たちへ穏やかな目を向けていた。先生は、本来は生徒想いの優しい人なのだ。俺が怒られている姿を頻繁に見せているせいで、生徒たちには怖い印象があるようだが。ん? なんか問題発言をした気がするのは、気のせいだろうか。
「はい。休みだったので、みんなで遊ぼうかと。先生は?」
さすがは高色だ。休日での教師との遭遇に、もの怖気なく答える。俺なんか休みの日に、学園の生徒か高色に遭遇しただけで、激しい動悸に襲われるというのに。
「私一人だよ。気晴らしにと思ってね」
「そうなんですね。どうです? 一緒にやりませんか?」
「はっはっは。そういうわけにもいくまい。せっかくの休日だ。私のことは気にしないで、楽しみなさい。ただしハメは外すなよ」
そう言い優しく笑う。だがなんだろう、冬のせいもあるのか、こうして先生が独りでいるところを見るとどうにも哀愁を感じてしまう。つい俺は軽口をたたく。
「先生良かったら俺の相手してください。俺も独りなんですよ」
「相場には俺がいるだろう。いやいただろう。さっきまで一緒に楽しんでたろう」
来栖に陰湿な目を向けられる。そういうのは、言葉の綾っていうんだよ……
「まあ楓原先生、1ゲームだけ付き合ってくださいよ。無料券の1枠余ってるから」
そう言い、テーブルに置いてあるチケットを先生に見せる。それを見て先生は、小さく笑った。
「いいのか、高色?」
「はい! 先生がよければ」
「そうか、じゃあ……お言葉に甘えようか」
高色のパーティーに、楓原先生が加わった。
※※※
あの後2ゲームほど続け、それも終わった。いまみんなで電車に乗っているところだ。
「良かったら、私のマンションで夕食でも食べていかないか?」
楓原先生の提案だった。いまその買い出しに向かっているところだ。
「速水は大丈夫なのか?」
「どういう意味だい?」
俺のその問いに、笑顔で速水はそう切り返す。速水の父は速水薬品株式会社の代表取締役との噂だ。あくまで噂だ……
「いや、ご近所付き合いとか大変なのかなって」
「これからはそうなるだろうね。僕の父は学生のうちは、僕を父の関係者に露出させるつもりはないんだって。僕の友人関係を大切にして欲しいって言ってた」
「それ俺に話していいのかよ……」
「どうして?」
「ほら……なんだろう、アレだ……」
なんと言ったものだろう。次の言葉が上手く言えない。
「君は友達じゃないの?」
「さあな……知らん」
答えられなかった。電車の窓に顔を向ける。光を遮られ、薄暗くなった窓の外にはぼんやりと、俺の表情が浮かんでいた。額には影が落ち、憂鬱そうな顔色に見えた。
先生宅の近くの駅に着いた。デパートへと向かう。
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