番外編:聖夜の刻に

Ex.1


 カァァコオォォォォォォンー……!!


「ナイッィィス! ストラァァァイクゥゥゥー!!」


 すべてのピンが勢いよく弾かれ、気持ちの良い音がけたたましく響く。ここは俺の自宅から、数駅先のボウリング場。見ていて清々しいストライクを決めた、爽やか王子の速水。それを声援するかのように、来栖は大きな声を張り上げた。初っ端から調子がいいようだ。気持ちよさそうな、晴れた笑顔で俺たちがいるテーブルへ戻ってきた。高色も浮かれた調子で、「ナイス瀧くん!」と速水とハイタッチしていた。だから俺もつられて片手を挙げ、


「速水ナイッピー……」

「いや、それは違うだろ」


 抑揚のない俺のエールに指摘をする来栖。うるせえ細っっけえんだよ! 野球だろうとボウリングだろうとボールはボールだ。投げれば全部、ピッチングなんだよ! そう心の中で吐き捨て、手元の本に目を落とす。タイトルは『サルでもわかる、ボウリング術!』。なるほど、なるほど……。この手のタイトルの本が多いように見受けられる。何でもサルと付ければ、初心者なら誰でも食いつくと、本気で思っているのだろうか。全く安直である(ブーメラン)。ぐはっ……


「ほら。次、相場くんの番だよ」

「はいよ」


 早速、勉強の成果とやらを見せるときだ。おもむろにボールを持ち、教材の通り、ボールを両手で胸の高さまで掲げ、歩幅を合わせゆっくりと前へ進む。体制を低くしボールを持つ手を、振り子よろしく後ろへ下げ、ボールの重みに任せその勢いで前方へ放り投げた。

 威力が足りなかったようだ。思ったよりもゆっくりと進む。生命活動を停止した肉体から、やっと抜け出す魂のように、ゆっくりと無気力に、左右にゆらゆらと揺れながらピンに当たった。


 コツン……。やる気のない音と共に、ピンがひとつ倒れ…………なかった。ボールに触れて少し揺れたが、その1ピンは最後まで踏ん張りを見せ、しぶとく残った。心なしか、ボールの方が弾かれたのは、たぶん気のせいだろう。ぐぬぬ……。やっぱり付け焼刃では上手くいかないか。

 もう一度トライする。フォームだけでいえば完璧だろう。先ほどと同じ要領で再び投げる。


 ガタン、シーン……。ガーターだった。無言で振り返る。シーン……。さっきまでのテンションは既に消えていた。みんな気まずそうに俺を見た。無言で席に戻り、教材本を手に取る。俺はおもむろに、その本をゴミ箱へダンクした。


「サルでも付ければ、俺が食いつくとでも思ったか! この安直めが!」

「やめろ相場、ブーメランだろう」


 来栖がジト目を向けて蔑む。速水は苦笑を浮かべた。高色は気まずそうにスマホを見ていた。そのスマホの画面が俺を見た。高色よ……もう少し上手くごまかそうね。そしてその隣にいる益木さんは、ゴミ箱の中の教材本を見るような目で俺を見た。


「ゴミを見るような目で俺を見るな。益添だって、ボウリング苦手だろうが」

「益田だ。いい加減名前憶えろ、サル脳が」


 ウッキいぃぃぃぃぃぃぃ! やだ、もう失礼しちゃう! 目にもの見せてやる! ってバシっと益田が俺に近づき、その頭をはたく。その目は相変わらずゴミを見る目のままだ。


「本当なにしてんの……それ私の本でしょ。何捨ててんだよ」

「ごめんなさい……つい」

「ちっ……! サルが」

「言いすぎだろ! ってかそう言うんだったら、最初から俺のこと誘わなければよかったでしょうが!」

「ぐ……それはそうなんだけど」


 言い返せずにたじろく。それは先日のことだ。


 ※※※


お昼休みのとき、いつものように中庭へ行こうとしたときのこと。


「相場、ちょっと」


 誰かに呼び止められた。振り返るとそこには、牛乳瓶みたいに分厚いレンズのメガネを付け、口元を固く引き結んだ少女が立っていた。分厚いレンズのせいで、目元が良く見えない。口元だけでは不機嫌そうに見えてしまう。三つ編みに結ったお下げ髪を手で弄ぶ。


「これなんだけど、良かったら……」


 すっと手を前に出した。その手には短冊ぐらいのサイズの紙が握られていた。その紙には『1ゲーム無料券』と書かれていた。場所はボウリング場のようだ。その後ろからひょいっと、どこからともなく高色が現れた。満面の笑みである。


「涼香ちゃんと買い物行ってたら、くじ引きがやっててね、そしたらこれが当たったの! 3枚あるから一枚あげるね。今度の休み、良かったら一緒に行かない?」


 それを聞いて俺は益田を睨んだ。益田は気まずそうに顔を逸らす。こいつ、本当は来栖を誘いたかったんだけど、寸前でチキッて俺のところに来ただろう……。このやろう。ならば人肌脱いでやろうじゃないか。別に高色を避けているわけではない!

 そのチケットを益田から受け取り、来栖に近づき、無言でその紙を押し付けた。突然のことに来栖は困惑する。


「え、なになに、これなに?」

「ボウリングのチケットだ。俺はその日、コレがアレでソレだから、代わりに行って来て欲しい」

「いや予定はちゃんと考えてこいよ……」


 正論である。ニコニコ顔で高色が追ってきた。気持ちが悪いぐらい上機嫌だ。こんな顔ははじめてかもしれない。嫌な予感がする……。


「蓮くんも行く?」

「ん? そうだね、行きたいかな」

「そうか、それは良かった。俺は用事があるから残念だ。はあ……行きたかったナー」


 これっぽっちも思ってないがな。そもそもボウリングやったことないし。お寿司。そんな俺に来栖はジト目を向ける。


「お前予定ないだろ。昨日そう言っていたじゃねえか」

「ばっかやめろ! そうだけど言うなよ。ここでは言うなよ」

 慌てて高色を見る。一切崩さないニコニコ顔。おかしい……。いつもなら不機嫌に頬を膨らませて俺を睨む高色が、今だけずっと笑顔なのだ。薄気味悪い。なぜだろうか?


「そっか、相場くん予定ないんだ」

「まあそうだな」

「もしかして、行きたくなかった?」

「いや……別にそういうわけじゃない」


 どちらにせよ、チケットは余っていない。俺は参加できない。


「みんなで一緒に行こうよ!」

「まあが、チケットもうないだろ」


 更に笑顔になった。まるで吉報を聞いたかのように。高色は名案が思い付いたとでも言うように、両手を合わせてのたまった。


「それなら問題ないよ。その券はね、一枚で二人まで有効なの。あ! 瀧くんも誘って5人で行こうよ。相場くんもでしょ?」


 その言葉を聞いて驚愕とした。やられたーー! くそ俺を嵌めやがったな。俺が逃げることは最初から想定していた。チキショウ、どんどん学習してやがる……。高色の後ろで、益田が申し訳なさそうに両手を合わせて俺を拝んだ。はあ……仕方ない。


 俺がボウリングに行くことが決まった。ならば速水にも拒否権はない。

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