第6話

 ある日の朝、教室にて


 今日も今日とて、平和なこの学園で、授業開始前のわずかな暇時間を各々が口しゃべる。高色もその中で楽しそうに会話している。それをちらと横目で見た俺は、すぐに向き直り自分の机に視線を落とした。カバンの中に手を突っ込む。次の教科書はっと……


「おはよう。相場くん」


 後ろから高色の言葉が聞こえた。俺以外にもそんな名前の人がいたのね。ふえぇ、知らなかったよ……

 足元のカバンに悪戦苦闘する。ぐぬぬ……。そんなことしてると、ふと俺の机に影が落ちた。なんとなく気になって顔をあげる。


 そこには、眉間に影を落として暗そうにする、笑顔の高色のお顔があった。


「おーはーよーう、相場くん」


 両手を腰に当てて、仁王立ちする高色。なぜだろう……笑顔のはずなのに凄みがある。そうだった。この教室に相場なんて俺しかいなかった。ふえぇ、こわいよう……


「よ、よう、高色さん。ご機嫌麗しゅう……」

「あら相場くんったら。冗談も言えるんだね」

「ははは、それだけが取り柄なもんで」


 目は笑っていない笑顔を貼り付け、俺に顔を近づける。そしてそっと耳打ちした。


「昼休みに中庭で、ちょっとお話しましょう」

「い……」


 嫌だと言うつもりが、なぜか言葉を躊躇われてしまう。言いたいことを言った高色は、颯爽と自分の席に戻っていった。


 思わず机に突っ伏してしまう。なんかもう、凄い疲れた……


 ※※※


「それでね、聞きたいことがあるの」

「朝、無視した件でしゅ…か?」


 動揺のあまり噛んでしまった。


「やっぱり無視してたんだ……」


 ぷくっと頬を膨らませ、俺のことを睨みつける。不覚にもかわいいと思ってしまった。


 ちちち、違うんです、違うんです。誤解なんですうぅぅ……!! うほん、うほん。


 普段誰とも話さない俺は、突然の声掛けに対応出来なかったのだ。だから返事もせずにフリーズ。とりあえず流すしかなかった。ボッチの悲しい習性である。



「それで昨日のは、結局なんだったの?」


 昼休みの中庭。今はここには俺と高色しかいないようだ。中庭にポツンと立つ木を、そっと指でなぞりながら高色が呟く。『昨日の』とは、放課後の体育館近くでの出来事だろう。そこに呼び出したのは俺なのだ。だがその問いに対して、答えるつもりはない。そもそも未だに整理ができてないこともある。それについては、俺も高色に質問をしたいが、おそらくそれは互いにメリットはない。だから問わないし、答えない。その代わりに別の言葉を放つ。


「好きな人がいるのに、その気持ちをいつまでも伝えられないのは……なんとなく辛いことだと思った」


 高色の目が突然、驚いたかのように見開かれる。その目は少し潤んでいるように見えた。


『あんた、好きな人はいるか?』

『……う、うん』

『これ以上つきまとわないで!』

『俺さ、……高色のこと好きだよ』

『僕はそんなんじゃないよ……君を応援する』


 恋も恋する高校生たち。


 その想いが募るあまり、拗らせてしまい、それらが交錯して複雑に絡み合い、もつれてしまって、胸につかえてしまう。


 だからこそ、いつまでも吐き出せず、苦しみとなって人知れずあえぐ。なぜ人は正直さを失ってしまうのだろう。


『高色のこと好きだよ』


 来栖はなんの迷いもなく、そう告げる。俺にはその姿が眩しくみえた。心底羨ましいと思う。


「相場くんには、好きな人いる?」

「いない。いや、いたよ。もう何とも思ってない」


 虚空を見上げ、かつての想い人を思う。もう顔さえも思い出せないその人は、俺を見ると、悲しそうにはにかんだ。

 あのときの女の子の表情を、先日の中庭での高色と重ねてしまう。


 後悔と諦め


 その気持ちが俺を、突き動かした。


「太陽みたいな人だった。あたしに光をくれたの。優しくて、カッコよくて、あたしにとってのヒーロー。あたしの大好きな人」


 胸に手を当て、彼女は優しく微笑む。高色の言う、好きな人を思い出しているような気がした。


「その人に会いたいって思うか?」


 好きなら会いたいと思う。そう思った。だが高色は意外なことを口にする。



「会いたい。……けど会えない」


 その顔はもの悲しげであった。その表情に後悔の念が浮いている。過去に何かあったのだろう。それを俺は知らない。今の彼女でさえ、何も知らない。


「俺にも好きな人がいた。今はもう何とも思ってない。会いたいとさえ……。それでも思うんだ。今どこで、どうしてんのかなってさ」


 もの静かで、悲しげで、誰よりも優しい少女。俺は彼女が心の底から笑った顔を見たことがない。だからこそ思う。今知らないところで、誰かと笑っている姿を夢想する。俺が高色に言うことは、自分勝手な押し付けにすぎない。


「好きな人には笑顔でいて欲しいって思うだろう。高色だってさ。ヒーローだったんだろう。その人も、高色には笑顔でいて欲しいと思っているはずだ」

「そう……かな」


 まだ少しばかりの迷いが見える。


「会いたいと思うなら、その気持ちを捨てなくていいと思う。だが、諦めるのも悪くはない。だとしたら今に目を向けるべきだろう。今しかないんだ。そうだろ? 恋する花の高校生」


 言った後で、少しばかり後悔する。自分の言葉が恥ずかしい。何言ってんだろ……


「ふふ、そうだね。今しかない……か」

「そうだぜ。あと2年もないぜ。そしたらあっという間に卒業だ」

「そっか、そうだね。今だけだもんね、高校生でいられるのは」


 もの憂げな表情に、微かな光がさした。まだ春だというのにも、眩しく強い一筋の光。



「実はね、いま、……気になってる人がいるの……」



 光を受けて満ち開く、早咲きの向日葵。その眼差しには、もう迷いはなかった―――


 ※※※


―――……♪…――♫ 休み時間のチャイムがなる


 次の授業の準備をする人、トイレ休憩に向かう人、授業の愚痴を言い合う人、さまざまな音で騒がしいこの教室。


 俺のクラスメイトである、高色と来栖は、今も雑談に華を咲かせている。


『高色が好きだ』


 そう呟いた少年は、今もその目に情熱の光を宿す。それはすぐそばの、少女に向けていることだろう。彼はこれから、この学園でたくさんの青春活劇を紡ぎだす。


 花に恋する高校生。青春ドラマの主人公は彼のような少年に違いない。


 俺は目立たずを信条に生きるボッチ。物語の主人公にはなれないだろう。いや否、たとえ望まれたって俺は……、



 ――学園ラブコメの主人公なんかになりたくない――



恋文のゆくへ(完)

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