第5話

 トボトボと静かに歩き、駐輪場へと向かう。先ほどのことを考えるが、うまく整理ができない。一体なんだったのだ? そんな疑問が絶えず湧くが、藤原はどれも解消できずにいた。


「気難しそうな顔してんな」


 突然声を掛けられた藤原は、俯いた顔をあげ、声の主へ顔を向けた。


「誰?」

「おっとすまん。相場ってんだ」

「誰? 不審者?」

「制服着てるだろが!」


 俺のこと不審者扱いとは、ほんと失礼しちゃう。確かに目つき悪いし、表情暗いし、ニヒルに笑うところは否定しない。俺の笑い声で、悲鳴を上げる女子も少なくはない。だがそれだけでは、不審者にならないぞ。ならないよね……?


「まあ大したことじゃないんだけどな。一応報告にと思って」


 相変わらず訝しげな顔で俺を見る。いいからその、怪しい人でも見るような目つきやめてくれませんかね。


「あんたの靴箱に、手紙を入れたのは俺だ」


 驚きのあまり目を見開く藤原。そう、先日藤原の下駄箱に一通の手紙を入れた。内容は、匿名で高色が体育館近くにいるというものだ。

 藤原は俺を使って、高色に恋文を届けた。恋に恋する彼のことだ。俺の手紙を読めば、すぐさま察して高色のところへ向かうと思った。


「なんでそんなことしたの?」


 俺に向ける視線は、未だに疑いの色が見える。なんとなくだが、さっきよりジトってしてないだろうか? うほんうほん……


「最近ちょっとしたことがあってな。その犯人を探していた」


 相手の顔を注意深く観察する。一挙一動見逃さないように。


「ここ最近、誰かの上履きを捨てなかったか?」

「……はい?」


 まるで何を言ってるんだ、とでもいう顔だった。いま初めて聞きました、そんな言葉が顔に表れていた。


「あんたではないんだな。疑ってすまない」


 もうここに用はない。藤原から目を背け、その場を後にする。藤原は終始ポカンとしていた。


 ※※※


 愛しさ余って憎さ百倍


 人を好きになるあまり、それが転じて憎しみに変わる。


 高色とて、大勢に愛されるあまり、一部の人からは嫉妬を向けられてしまう。だからこそ、裏では陰湿な嫌がらせを受けているのだろう。その中には、高色への告白に敗れたものもいるかもしれない。

 そんな人間が、好きな人の告白の場面に遭遇したら、どんな行動にでるだろうか。


『藤原輝光って人と、面識ないのね?』


 そう問う高色の顔は、どこか悲しそうだった。高色は誰かから嫌がらせを受けていた。その犯人に、俺は藤原を疑っていた。だからこの、偽の告白舞台を作った。偽の告白に、藤原が遭遇したら、きっと彼はぶち壊すと思った。だから来栖をぶつけようとした。来栖は正直で真っ直ぐで、その性格ならば藤原のやろうとしてることを止めると思った。彼の誠実さを利用しようとした。


 だがそれは全て徒労に終わった。藤原は嫌がらせの犯人ではなかった。もう一度思考を凝らしてみる。


――高色の悲しそうな表情

――上履きを捨てた犯人

――脅迫の手紙

――昼休みの光景

――藤原輝光とのやり取り


 おそらく高色は、全て知っているのだろう。知っていながらそれを隠そうとしている。犯人は未だにわからないが、高色がなぜ隠そうとしているのかはなんとなくわかった。


 もう終わったことだ。

 これ以上考えるのはやめよう―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る