第4話

 藤原輝光―――


 一言で表すなら、平凡な一般人である。それが俺の印象だった。お椀でも被せたような、整った黒髪。卵型の顔の真ん中に、黒縁のメガネ。そのなかに見える、優しそうな細目。中肉な体型。良くも悪くも凡人。

 自分の席に礼儀正しく鎮座して誰かと談笑している。その彼の横には女子生徒。……記憶が定かではないが、おそらく俺と同じ教室の人だった気がする。つい先日俺の教室で、偶然にも高色と何か会話をしているところを目撃したのだ。


『遅かったね。何してたの?』

『ちょっと寝坊しちゃって……』


 そのときの会話が、俺の心内で再生される。


 ほーん、なるほど……。そういうことか。いや、真相は違うかもしれない。だがどうでもいい。やるべきことは決まった。



 ――――……〜♪  昼休み終了のチャイムが鳴る。



 俺はその場を後にし、自分の教室へと向かう。


 ※※※


 翌日の放課後


 俺はいま、体育館入り口から少し離れた、木陰に身を隠している。高色のこれからの顛末を確認するためだ。少し離れたところに、高色がぼーっと立っている。立木のそばにぽつんと立ち、誰かを待つ寂しげなその横顔が、閑散としていて一枚の絵画のようで美しいと思った。

 やがて静かな足取りで、別の誰かがやってきた。高色と少し離れたところで足を止め、高色の方向をジッと見た。まるで高色のこれからを、観測するように。その人は藤原輝光という男だった。


 舞台は整った。


 しばらくして、また別の人が体育館を横切った。髪が逆立つほど短く、血色の良い肌に凛々しい黒眼。爽やかで勝気な表情が特徴のサッカー男児。―――来栖蓮くるすれんという男だ。


 来栖は藤原の近くで急に立ち止まった。藤原が視界に入ったのだろう。そして進路を変え、藤原へ近づいていく。


「よう、藤原。なにしてんの?」

「!? は、えぇ……」


 急な人の来訪に、藤原は動揺しているらしかった。ここは普段、あまり人が通らない。だから油断したのだろう。それに対して、来栖はこの日はここを通る。俺はそれを知っている。ここまでは俺の読み通りだ。さあ、ここからどう展開する?


「来栖こそどうしたの」

「ん? ああ、俺はここに用があってね」

「ふーん……」


 藤原はゆっくりと視線を高色の方へと向ける。彼女のことを見つめる数秒、その表情は物思いに耽るかのようだ。


「そうか、そういうことか。来栖は高色さんが好きだもんね」

「いきなりなに言い出すの!?」


 突然来栖は顔を真っ赤にする。ここからでも、はっきり見えるぐらい赤いぞ来栖よ……。そしてその様子を見て、藤原は意地悪く笑う。やがて落ち着いたのか、顔の赤さはおさまり、来栖はうほんと咳払いをする。


「そういう藤原だって、高色のこと好きだろ」

「ななな、な、なんで……」


 今度は藤原が顔を赤くした。それをニヤニヤと見つめる来栖。


「だからここにいるんだろ? 人気のないところで、やることなんか決まってんだろ」

「ち、ちち、違うよ! 僕はたまたま高色さんを見たから、なんとなく気になって……」

「いいって、いいって。気にすんなよ。誰にも言わないから」

「だから違うって!」


 まるで理解者のような顔つきで、来栖は藤原の肩に優しく手を置く。それが藤原の不満をさらに煽っているようだ。だが来栖はやがて意地の悪い笑いをやめ、口をつぐみ真剣な顔になる。


「今から高色に告白しにいくんだろ?」

「いや違うよ……そんなんじゃないよ。もう帰る。邪魔してごめんね」


 藤原はそっと踵を返して、そこから立ち去ろうとする。


「俺さ、藤原の言うとおり、高色のこと好きだよ」

「……うん。知ってた」

「うそ、なんで!?」


 なぜバレたとでも言う表情だ。だが一部の生徒の間では、来栖が高色のことが好きだということを認知されている。もう、むしろ、なんでバレていないと思っているのだろう……。この俺ですら気づくほどに、来栖は高色に好意の矢印を向けていた。


「だからさ、藤原も高色が好きなら、その気持ちを応援したい。今から告白しにいかないか?」


 来栖の言葉に、俺は心底感心してしまう。来栖のその素直さ、裏表のなさ、そして誰に対しても真っ直ぐな性格。どこまでも誠実な彼を、密かに想う女性は多い。来栖の言葉に、藤原は困ったような顔をする。


「いや、僕はいいよ。そんなんじゃないんだ……。だから僕は君の気持ちを応援する」


 藤原はそういい残し、その場を去って行った。来栖は高色のほうへと歩み寄る。


「よ、高色」

「あら、来栖くん。どうしたの?」

「いやなんとなく。高色が見えたから。何してんの?」

「んー……? 何してんだろうね」


 困ったように笑う高色。所在なさげに手を動かし、自分の髪をいじる。


「来栖くん、部活は?」

「今日は水曜日だよ」

「あ、そっか」

「良かったら一緒に帰らない?」


 来栖は優しく微笑んだ。来栖に促されるように、一緒に歩き出す高色。その顔はまるで、狐に化かされたような表情だった。やがてその疑問も、全て明日には忘れるだろう。


 水曜日は我が高校では、部活動がない日になっている。サッカー部である来栖は、部活がない日は自主的に、体育館でトレーニングを行うらしい。ここは来栖の導線上にあったのだ。俺が高色にこの場所を指定したのは、来栖との遭遇を促すためである。ひとまずそれは成功した。

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