第3話
再び下駄箱に戻った時には、もう高色はいなかった。おそらく失くした上履きを探しに行ったのだろう。俺は手に持つ上履きを、こっそり高色の下駄箱に戻しておいた。
授業開始寸前に高色も教室に入ってきた。どうやら探し物は見つけたらしい。
「遅かったね。何してたの?」
「ちょっと寝坊しちゃって……」
高色と別の女生徒とのやり取りが、うっすらと聞こえた。
二人のやりとりに少しばかり違和感を覚えた―――
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つつがなく午前の部が終わり、昼食の時刻。特段やることもない俺は、学園の中庭にあるベンチで読書をして時間を潰していた。
俺が通う清穣高校は、建築して間も無くという、比較的新しい建物で、設計には美術家が関わっているらしく、モダンで近現代的な外観が特徴であるらしいが、詳しくは知らん。(モダンと近現代って同じ意味じゃんってツッコミはやめてね。)
上空から見下ろすと「ロ」の字に見えるこの建物は、その内側は小さな庭となっていて、床には小さなレンガ色のタイルが敷き詰められ、タイルが空いたスペースに小さな木がぽつんと、近くにはベンチが鎮座している。今まさにそのベンチに俺が座っている。
手に取る文庫本をおもむろに閉じる。時間はあるし、まだ途中だったが、他に気になることができたのだ。少し離れたところにある立木。その影に辛うじて一組の男女を確認できる。神妙な面持ちで見つめ合う両者。男が何か言葉を発した後、女は物悲しそうな顔でゆっくりとお辞儀をした。
俺にはそれが、告白の場面に見えた。男はしばらくした後、女に軽く会釈をし、中庭を離れて行った。男がいなくなっても、女は男の後を追うように、じっと見つめていた。その目から頬をはらりと伝う一雫の煌めき。先日の高色の、悲しそうな顔を思い出してしまう。俺は居ても立っても居られなくなり、その女性に近づいた。
「高色さん」
「あ、相場くん……。どうしたの?」
その女は高色だった。彼女はさっと、俯くと、静かに目を拭った。まるで何事もなかったかのように振る舞う。目を拭う手の反対側には、メモ用紙の切れ端が握られていた。俺はそれをさっと奪い取って見る。
『藤原くんにこれ以上
付き纏わないで、この色情魔!』
このメモを見た後に、何も知らない男子は高色に自身の想いを伝える。それを受けた高色はどんな気持ちだっただろうか……
「あんた、好きは人はいるか?」
「……う、うん」
消え入りそうな声で頷く。
「その人に告白しようと思わなかったか?」
しばらく無言になってしまう。おそらく言葉を選んでいるのだろう。なんと言ったものか、彼女の顔には迷いが見える。
「したい、とは……思う。けど、たぶん、あたしの気持ちは迷惑になると思う……」
「才色兼備、成績優秀、誰もが認める人気者。それが高色さんだ。俺が羨むぐらいにな。そんなあんたに、思ってもらえたら誰でも喜ぶと思うけどな」
「みんなじゃないよ。みんな……じゃない。そのメモ見たでしょ? あたしを嫌う人もいると思う」
このメモは明らかに脅しだ。その上で先日は、高色の上履きを隠されるという場面を目撃してしまった。高色は多くの人に愛される、その裏では一部の人には激しい嫉妬を向けられているのだろう。つくづく人間ってのは……
「は、自惚れんなよ。あんたのことを誰もが嫌いなんて、自意識過剰じゃん。俺はお前なんか、ずっと興味もなかったんだがな」
メモを破り散らかして、ポケットに突っ込む。俺の言葉と突然の行動に、高色はポカンとしてしまう。言葉の通り、俺は正直高色のことはそんなに興味はなかった。可もなく不可もなく、目立たずをモットーに生きる俺。高色は真逆の存在だ。だから俺は高色を避けていた。これからもそれは変わらない。
品行方正、容姿端麗、完璧女人の高色も、ほかの生徒と変わらない。恋に夢みる高校生。
『あんた、好きは人はいるか?』
『……う、うん』
彼女の答えに秘められた、想い人への眼差しと、その目に宿る情熱の光。
憧れつつも敬遠していた彼女に、そのときだけ親近感がわいた。
「明日の放課後、体育館入り口の脇にいてくれ。あんたの想い人ってのを連れてきてやる」
高色にそれだけ言い残し、俺は中庭を後にした。
※※※
『藤原輝光さんと面識ないんだよね?』
高色が言ったことを思い出す。俺がSNSで、高色に渡すように依頼された、ラブレターの差出人の名前らしい。高色がこのような言い方をするということは、今までにもどこかで、俺も会う可能性があったということだ。
調べてみて、すぐにその人は見つかった。始業式から、未だに貼り出されているクラス割表に名前を見つける事ができた。同じ学校だったのかよ……。どのクラスにいるかもわかった。今の席順は、名前の順に並んでいる。だから誰かに尋ねずとも、誰が藤原であるかもわかった。
昼休みの残り少ない時間は、彼を眺めることにした。
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