恋文のゆくへ

第1話

 屋上からの階段を降りて昇降口へと向かった。そして何食わぬ顔でそこに貼り出されている、クラス割りの表を眺めていた。相場、相場っと……

 クラス割表は、名前の順で羅列されているので、「あ行」である相場という名前を見つけるのは容易だった。こういうとき、俺の名前は便利だ。その弊害としては、話し合いに行き詰まったとき、何かにつけては名前の順を持ち出し、俺に押し付けられることである。


 夏休み明けなんか、読書感想文の発表で、誰が代表で発表するかで悩んだ先生はさらりと『それじゃ名前の順で早い人ー……相場か、それじゃよろしく』なんてとんだ晒し者だよ! あんた絶対悩んで無いだろう。最初から俺にやらせるつもりだった、その口実だったろう、あのババア!


 きいぃぃぃぃ! 思い出しただけで腹立つ。眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにクラス割を睨む俺を、周囲の人たちは困惑そうにチラチラと見ていた。何見てんだよゴラァ!


 ※※※


 そそくさと自分のクラスへと赴く。何食わぬ顔で入って、ちゃっちゃと自分の机に座って荷物を置いて、このクラスから離脱しよう。そうしよう。……としてやめた。俺のクラスの入り口で歩を止める。その視線の先、部屋の中には、今朝あったばかりの高色が、たくさんの男女どもに囲まれて、楽しそうに談笑していた。

 もう二度と顔を合わすことは無いと思っていた。それだけに驚きを禁じ得ない。あれえ……入るとこ間違えたかしらん?


「何やってんだ、相場」


 後ろから声を掛けられて振り返る。そこには不機嫌そうに目尻を釣り上げた、この学園の女教師だった。前年度の俺の担任だった人だ。


「ああ、いや、教室間違えたみたいで……」

「何言ってんだ。ちゃんと合ってる。今年も君は私のクラスだ」

「えぇー……」


 俺の微妙な反応に、眉間に皺を寄せる楓原かえでばら先生。「なに? 不服かね?」とでも言っているようだ。この釣り上がった目つきと、不機嫌そうな表情さえ無ければ美人なのに……なんてもったいないのだろう、このババアは。

 ともあれここは一旦離脱しようと、入り口から離れようとするが、楓原先生が立ち塞がる。胸の前で抱き締める出席名簿を盾とでもいうように、俺を威圧してくる。退路は断たれてしまった……。

 諦めて部屋へと入る。そうっと静かに、いつくかの視線を感じたが、俯くことでやり過ごし席につく。前年度の担任である楓原先生に見張られている、今日だけはサボることができない。黒板を見てやり過ごそう。なんかさっきから、ジトっとした視線を感じるが気にしない、気にしない、気にしない。


 ※※※


 特段何も考えることなく、今日という日をやり過ごすことができた。2年生ということもあり、軽く自己紹介と担任からの説明をした後は普通に授業を受けた。久しぶりの授業、新しい単元ということもあり、周囲の視線なんか気にしている場合では無かった。そもそも俺に目配せする物好きなんかいないだろうけど……。

 そんなこんなで放課後、荷物をまとめて帰ろうと、昇降口に向かった。


「ねえ、待って!」


 誰かが誰かを呼んでいる。誰だろう? 少なくとも俺の前には誰もいない。はて? 突然俺の肩にバシッと衝撃が走る。痛い、なんだいきなり。振り向くと、そこには息せき切らせた高色がいた。


「聞きたいことがあるんだけど。いいかな、相場くん」


 俺の肩に置いた手とは反対の手に、小さな封筒が握りしめてられている。


「ここでは話したくない。正門の外で待っていてくれないか?」


 高色と俺とが一緒にいるところを誰かに見られたくない。あまり目立ちたく無い。


「うん……わかった。自転車取りに行くから先に行ってて」


 高色はそう呟き、下駄箱へ向かい靴を履き替えるとすぐ、駐輪場へ消えていった。俺はそれを見送ると、下駄箱から靴を取り出して静かに裏口へ向かった。正門? 知らん。もとより高色と話す気はない。そもそも封筒の件は何も知らないのだ。

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