第7話

「社交界?」



 掃除をしていたメイルは聞いたこともない言葉を耳にして頭を傾げる。


 貧民、いや色街で働くものはそんなものとは無縁であって言葉すら耳にするはずもない。





「なんか今晩、その社交界とやらに冥月がお呼ばれしたってわけみたいね」





 どうやらリーリャも詳しくは知らないようでその情報もついさっき知ったそう。




「お国はなんか出し物とて芸妓がほしいらしくて、三味線をリンラン、琴と唄を他の遊女の子が、で舞踏は残念ながらメイル」





「はぁ??!」




 自分のことだと思わずに話を聞いていたため流石に驚愕だ。




 せめてそこは遊女ではないか?



 にしてもなぜ新造なんかが。






「だってうちで舞踏ができるやついないんだもん。遊女でしてるやつも下手くそだし。無駄に唄ばかりしてるやつは腐るほどいるけど」







「ちょっとまって…琴は遊女がするのか?月兎太夫じゃなくて?」





月兎太夫――




 それは冥月の遊女最年少にして太夫で舞姫にまで上り詰めている。


 年齢は十四。本来なら新造、遊女、太夫と登っていくものだし、年齢的には遊女にもなれないが彼女は才のお陰で初っ端から太夫見習いとしてここへやってきた。




 そして今では十四という歳で遊女を。







「あーあの子は生憎、太夫の道中があるもんでね」





 「太夫の道中」というのは簡単に言えば名の知れた「花魁道中」の太夫版だ。



 客が自分の元まで花魁や太夫を呼ぶ時に行われるもので、高下駄を履かされ、足を使って色街を歩いていく。




 勿論、派手な姿で大掛かりに移動するものだから、色街の人間の視線を奪う。




 そしてこの道中には莫大な金が動いている。

 ただでさえ花魁や太夫と会うのにも金がかかるのに「太夫の道中」とくるとそこにも大金がかかる。




 金があまりにあまった富豪でしか可能ではない。







「舞姫たちも忙しんだな」






 にしても当時ではあの歳で太夫など聞いたこともなかった。


 しかも容姿だけみれば花魁につく禿や、そこらの童女と言われてもおかしくないほど幼い。



 



 遊女入したのは半年前、そこから太夫になるまでにもう半年。そして舞姫に至るまでには十日もかかっていないという。それもつい最近の出来事だ。




 だけど、言ってしまえば彼女は半年で太夫になっている。






 あのリンランですら太夫になるのに二年はかけているし、舞姫にもプラス一年くらいはかかったそう。






 尋常ではないその活躍ぶりには、色街でも一瞬にして月兎太夫の情報伝わっていった。




 だがまだメイルは月兎太夫と顔を合わせたこともない。

 正直名前も覚えていないような…。






「とりあず準備して。五時頃には馬車がやってくるから」





「はいよー、、」




 そのまま肩をがくっと下げて落ち込んだ様子をみせるメイルは、他の遊女たちも社交界の準備をしている部屋へ向かった。





ガラっ



「失礼しまーす」



 ふすまを開けると同時に感情のない言葉を言い放つ。


 もう自分が置かれている状況が意味分からなすぎてて、への目になる。




「ん?」




「あ、あの、えっと…あ、お先につかわせてもらってます」



 扉を開けた先には着替え中の遊女の姿があった。年齢はメイルと同い年くらだろうか。





 ぎっしり目に焼き付けてしまった。



 彼女の肌も脚も肩も背中も。


 よりによって下着姿で全部目に映ってしまう。







バタン




 そうだった。ここ、共有部屋で皆ここで準備するんだ。



 今は幸いにも一人だったがもう少しすれば社交界に行かない遊女や新造が今夜の準備をはじめに来る。




「(急がないと……)」






トントントン



 今度はノックをして入る。


 待っていたのは先程の遊女だ。





「……め、メイルちゃんだよね…?」



 なんて弱々しい声。小動物を見ているような気分になる。

 




 今は着物を着ていて見えないが一度目はよく見えた。


 華奢なのに巨乳で、白ぴんくの肌が。

 なんというかザ・エロって体だ。



 おまけに髪は桃色ときたらもうこれは何が何でも守りたくなる。







「あっはい。メイルでやってますね」




 おっさんみたいな口調になって返事をする。


 まだ動揺する。こういう動揺や興奮に自分が男だと改めて実感させられる。






「今日…社交界……」





 一言発しようとするだけでこの恥ずかしそうな顔。



 ここで一人、準備していた理由がわかる。

 彼女は異常なまでの人見知りだ。






「もしかして君も?」






「…うん…琴」



 自信のなさそうに下ばかり俯いている。


 こんな可愛い顔して下を向いてちゃもったいないも程がある。





「名前なんだっけ?」





「ユウユウ……だよ」






「へー」

「(き、気まずい)」



 気まずい空気感が二人の間を流れる。なんというか居づらい。






「あ!というか何で私の名前知って…」



 メイルは色街で舞姫の三人と楼主くらいにしか性別を明かしていない。一人称の管理もしっかり行わなければ。





「こんな綺麗な子……知らないはずないよ」





ほわほわ




 何だかユウユウに褒められると温かな気分になる。これはお世辞でも嬉しい。


 内気な少女が勇気を振り絞って出した言葉はこんなにも優しいものなのか。






「あーあーそうそうだ、はやく準備しないと」





「そ、そうだよね……急ご」





 二人は正面を見てから顔を見ないで会話を続けた。



 メイルはこいうタイプの人間と話すのも中々なかったので少し苦戦したが、準備が終わる頃にはすっかり打ち解けた。





―こちらだけ





「ご、ごめんね…化粧にが、苦手で…」



 現在、化粧をお手伝い中なのだが、顔を近づけると赤面させれてしまうので気が散る。





「ちょっと動かないで間違えるから」





「は、はい…!」



 ユウユウはメイルの注意を受け、背筋をぴんと張って硬直させる。




 近くで見るとよくわかる。丸みがすごい。


 顔もどちらかというと丸顔であり、それでいて小顔。




「(食事の量多いんかな)」








「よし、完成」




 ユウユウはメイルから手鏡を受け取って自分の顔を確認した。





「これが私…ですか!」




 感激している様子だった。



 メイルも今日は化粧の調子が良かったので嬉しい。





「演奏頑張って。私は新造だけど頑張って踊るからさ」





「頑張る…(失敗しないようにしないと)」

「お礼ではないけど…メイルちゃんも困ったときなんでも聞いてね」



 胸に拳をおいてユウユウは勇気をぐっと振り絞る。



 内気でプレッシャーにも弱そうに見えるが、ユウユウは人一倍努力家だ。

 皆が上をみて飽きあめた琴もこんなに一生懸命ここまでしてきているのは彼女くらいしかいない。







「ありがと、助かる。じゃあ行こう」




「うん…!」







 今夜は社交界だ。

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