第6話
――数時間前に遡る
「むにゃむにゃ……ふぁあ」
王女の起床だ。
それを瞬時に察知したメイド達は扉を三回ノックした。
「おはようございます、リヤ様。仮面はつけられていらっしゃいますか」
メイドの一人が扉越しにたずねてくる。
リヤはその言葉で我に返り、身だしなみを整え、周囲を確認した。
「え…あれ?」
隣に昨夜いたはずのメイルの姿がないことにやっと気づき、かけぶとんをおもいっきり床に投げる。
「いかがなさいましたか?」
メイドは至って冷静だ。少し心配している様子ではあるが普通、姫の部屋からおかしな物音まですれば荒ぶってしまうだろう。
このメイドはデフォルトでこんな正確だった。無味というかなんというか、塩味ポテトチップスの塩なしみたいな…。
「ああ、ごめんなさい。何でもないんです…ちょっと無くし者をしてしまって…」
「…それは大変ですね。何をなくされましたか?わたくしが探しに行きます」
「あ、いえ。それは大丈夫です……自分で見つけ出しますから」
「はい。そのようであれば、とりあえず今日はお仕事がありますので、食事の前に準備をして、出てきていただけますか」
「はい、わかりました」
「(メイルさん……無事に帰れたのでしょうか…)」
リヤは枕元に置いてある仮面を被って部屋着のまま扉を開けた。
扉を開ければメイドは一人、先程会話をしていたメイドの姿しか見受けられなかった。
それにも理由がある。
リヤがメイドたちまでも気を使っているからだ。
メイドのそのひとりひとりに帰る家があって、そこに家族が待っていることを。
だから早朝と深夜はメイドの数を一人から三人に絞っている。
他の貴族は決してそんな真似はしない。
メイドの数は多ければ多いほどいいに決まっている。
それでもリヤはメイドにも気を使うようにして、敬語も使っている。
まぁ敬語は一種のくせに過ぎないけれど。
「おはようございます、アイリス」
「おはようございます、リヤ様」
そこにはリヤに仕えるメイドが姿勢よくたっていた。
彼女はアイリス。喋り方は棒読みで、藍鼠色のショートヘアが特徴的な少女だ。一見華奢にも見えるるが、これでもリヤに仕えるメイドの中でも一番の働きものでリヤもよく信頼している。
直接あってもう一度あいさつをしなおすと、二人は部屋に入って準備を始めた。
ドレスに、髪に、爪の手入れなど滞りなく行っていく。
仮面のおかげで化粧をしないのは手間が省けるのは嬉しい。
「ねぇ、アイリス?」
「なんでしょうリヤ様」
ドレスを着ながら、リヤはふとアイリスに尋ねる。
忠実なアイリスはリヤの話を耳にするため、ぴたりと動かす手を止めた。
「なぜ…いつまでも私は仮面をつけないといけないんでしょうか」
「そんなの…わかるはずもございません。それにわたくしですらリヤ様のお顔など拝見したこともございませんので」
何故かアイリスは下を俯いてしまった。そのあとも何も言わず手を止めたまま、ただ俯いて。
腕も徐々にさがってきて――
「あ」
ドレスが落ちた勢いでリヤの下着もばっと下に落とされる。
鏡の前には唖然としたメイドの姿と、下着姿の姫の姿が映し出されていた。
鏡越しに見えるその体は中々なものだ。
太ももがまず綺麗に太くて、なのにふくらはぎはすらっとしている。お腹は引っ込んでいるし、腕もちょうどいいのだろう。
ただ、胸が――
「大変申し訳ございません。すぐに準備いたします」
自分の姿を見たリヤは固まってしまう。
「わ、私だ、だいぶ、太りましたねぇ…」
「あー別にそんなことないですよ」
いつも以上の棒読みだった。
約一時間後、リヤはあとからやってきた達とアイリスを後ろにつけて随分前から待機していた馬車までやってきた。
玄関から出てくるその姿は王女として相応しい、それ以外の言葉はなかった。
「どうぞ、よろしくお願いします」
運転手に一言かけたあと、メイドの手を借りながら馬車に乗り込む。
「……ぁ、お母様、おはようございます」
「…」
同じ馬車に乗る実母の顔色を伺いながら、あいさつをかける。
だが、あちらはこっちのことなんて気にも止めないで、不機嫌そうに外を眺める。
リヤの母親の名は、アンナ。
メイドたちを無視したり、実の娘とも会話をしない、本当に態度が悪い人だった。
ただ容姿はやはりリヤの家族ということもあって整っている。リヤはには負けてしまうが。
目鼻立ちはしっかりしていた大人っぽさを醸し出す。胸はそんなにないが、どこか色気を感じる服装によって物足りなさもない。
「はぁ」
アンナは疲れたような顔して軽めのため息をつく。
母親のこのような態度。喧嘩したなどということではない。
ただリヤが覚えている限るの記憶では母親はずっとこんな調子で、愛情を一切注いだりしたことなどない。
それから二人は馬車で揺られながら沈黙が続く。
「……」
「……」
馬車が停車すると、母親の方についているメイドが小扉を開く。
「到着いたしました」
ここは今日おこなられる社交界の会場。
隣国「リジェッタ」の王女「マグレーテ」の開催のもので、その壮大な屋敷の広さと集客の数、よく気合をいれていることがわかる。
「あら、リヤ。久しいわね。相変わらずおかしな仮面を被ったりなんてしてw」
主催者の登場だ。
マグレーテ。
彼女の年齢は十四。年齢だけでも十分幼いのだが、見た目はもっと幼い。
ツインドリルの縦ロールといった中々に癖が強い髪型で、薄桃色の髪色は幼さをより引き立てる。
おまけに童顔、丸顔、低身長ときたものだからほぼ幼女といっても間違えではない。
ただこの生意気さ。
口を開けば毒を吐く。これほど勿体ないと思うものはない。
「変…?ですか?」
「ええそうよ!ひときわ目立つわ」
だけど、マグレーテはなんというか…ツンデレ?に近い。
ツン七割デレ三割といった比率だろうか。
そのつんつん発言を、リヤはいつも笑顔と言葉で返す。
リヤはツンデレというサービスをよく知らないので、ずっと嫌われていると勘違いしている。
「んんー外したいのはやまやまですが…決まりなので申し訳ございません」
「え、いや、えっーと…そのー!」
リヤが深々と頭を下げるものだからマグレーテも調子が狂い、あわあわしてしまう。
「ふん!別にあんたなんてお呼びじゃないないわ!」
―結局ツンだ
決め台詞のように言い放ったあと、マグレーテはぷんぷんしたまんま屋敷に入っていった。
「マグレーテ様は本当に元気がいいですよね。あ、私達もそろそろ行きますか!」
「はい」
今回の社交界に連れてきたのもアイリスたった一人だった。それに比べて母親のアンナはメイドの数が十人も超える。
それもそのはず。
今日は社交界、油断は大敵。
二人は肩を並べながら屋敷へお邪魔した。
屋敷の中は奥行きが広すぎるくらい広くて、向こう側の壁がぎりぎり視界に入るくらいだ。
人の数もぎっしりで、舞踏のスペース以外はすいすい歩いて行ける場所なんてない。
「リヤ様、お食事はいかがでしょうか」
朝ごはんを抜いていたのはこれが理由だった。
でも―
「ありがとう、アイリス…でもね…」
「はい?」
「仮面が――」
食事をするには仮面をとる必要がある。つまりこの大勢に素顔を見せることになってしまう。
「(交際…私には程遠いな…)」
リヤは周りの王子王女や貴族なんかが仲良くなる姿を横目に、俯く。
仮面のせいで昔から変な噂が立っている。
「リヤ姫は醜女だから仮面をつけているのだ」
「きっと見せれないほどの顔なのでしょう可哀想に」
「仮面を被せているのもあの母親だろ?おれが自分の母親になると思うと…」
「醜女じゃねぇ」
「醜女」であろうと皆が口を揃えて言っていた。
これは貴族の間だけではない。自分の国、ルージェスでも昔から言われていた。
流石にもう慣れた。
「お、仮面のお姫様だ」
当然目の前に「ハリム」王国の王子が現れた。歳はパッと見リヤより五つほど上にも見える。
「えっーと、確かアリック様ですよね?双子の弟さんの方」
「うん!そーだよ~兄さんは今日来てないから今日は僕だけ」
双子ということもあって注目を浴びているのがこの兄弟だ。
兄のアルヴァンに、弟のアリック。
噂だと、兄はチャラ系、弟はきらきら系だとか……。
その話はリヤのもとにも届いたので名前だけは知っていた。
「その仮面なんでつけてるのー?かっこいいねぇ」
「…理由はわからないのですが、お母様の言いつけでして…」
「なんか可哀想だなぁ。窮屈だろうし……でももしお付き合いしたら顔は見れるんでしょ??」
なんだか不思議そうな表情と大きな瞳でこちらを見つめてくる。
「それはそうですけど結婚が確約するまでは…」
「じゃあ、選ぶ人は究極の選択ってことだね!」
リヤの話を遮るようにして話した。そんなところからやはりどこか子供っぽさを感じられる。
にしてもアリックは性格が噂通りのまさにキラキラって感じだ。
コミュ力が高いのもにじみ出ているし、なによりその容姿が親しみやすさを生んでいる。
大きく丸く赤い瞳。高貴さを感じる色だ。
高貴さがありつつも、やはりその顔自体が可愛らしさもかっこよさも持ち合わせていてなんとも贅沢なものだろう。
「ほんとに仮面取ってくれないのー?」
「はい」
「…僕がどれだけおねだりしても?」
「…え?」
リヤの耳元から低い、甘い声が聞こえた。
近づいてきたアリックの仕業だろうか。
目の前にいるのはアリックのみ。他にどこから声が聞こえようか。
もし彼がその声の発信元であれば流石に疑ってしまう。
「ふふふ」
元の声だ。先程と同様に中音域で微笑んでいる。
「かっこいい声も出せるんだよ~」
「やはりアリック様だったのですか!?」
あまりの驚きに珍しく声を上げてしまいそうになった。
変に目立たず、ルージェスの評判も守りたい。リヤはそんなふうに決心してここへやってきている。
別に出会いを求めてきたのではなく、変に断らず他国との交流を深めたい。
「ねぇ、今晩あいてない?実は僕今夜お相手募集中」
その低声は再び耳元で囁かれるのだった。
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