第5話

「メイル…一旦落ち着け」



 リンランは自分の持ち部屋にメイルをおいて、わざわざコップに水を持ってきた。





「ご、めん…迷惑かけて」



 まだ落ち着かない様子で上目遣いでリンランを見る。さっきより落ち着いてはいるものの、まだ頬は赤いし、体は反応したままだ。





「迷惑っていうより…あんなえろい状態じゃ男女問わず襲われかねないからね」




「これで二度目…気をつける」





「そうだね…あんたは元々冷たい性格だけど、お客にまで冷たくする原因のはこれもあってだったな。もしこれを開放したらどうなっちまうことやらだよ」




 リンランはもうため息をつくしかない。










 実はこんなことは二回目で、一回目は新造としてリンランのサポートにまわっているときだった。






 お客は若めの男性二人組だった。一人は相当な常連酒乱客で、もう片方はそれについてきたに過ぎなかった。



 サポートということもあってメイルはつまらなさそうなお客の気分を上げる必要があった。




 常連酒乱客がリンランと話している間、メイルは頑張ってもう一人のお客を楽しませようと励んだ。


 だが、中々うまく行くものでもなく、メイルは苦戦した。






「お酒お好きじゃないですか?」



「あぁ」




「じゃあ囲碁は」




「別に」





「………私と話しても楽しくないですよね」



 あまりにも興味がなさそうだったもので言うはずもなかったのにネガティブ発言を言ってしまった。



「あ、いや、その。すません」






「いや、楽しいとかそういうんじゃない。…けど君は相変わらず可愛いと思うよ」



「へ?」



 突然、動かなかった客の表情が変動し始めた。その無口さもこれを堺に少しなに解けたように感じる。





「可愛いっていってる。ちょっとこっち来て」




 当時のメイルは客には優しく接しようと試みていたのでこれを断ったり拒んだりすることもしなかった。



 それをすれば給金が減って自分が困ることなんて重々理解していたから。


 メイルはお金についてしか考えていなかった。これも全て母のため。









 リンランと酒乱客の死角に移動した二人は一旦腰を落とし、肩を並べる。





「それで、なんですか?」





「………」







 それから何があったかはメイル自身も覚えていなくて、死角にいたリンランが気づいて駆け寄った頃にはもうあの状態のメイルがそこにあった。






 それにあの男の正体はよくわかっていない。

 金だけおいてそれ以降、冥月にはやってこなかった。



 後に連れであった酒乱客の方にリンランが尋ねてみたが、ただ路地であった仲だという。




 それ以外の情報は名前が「レイス」ということだけである。














 リンランはあのぐちゃぐちゃになったメイルの姿を目にしてからは特に気にかけてあげるようにしている。






「色街で働くんならそれくらい覚悟してる。そんくらいしないとお金は集められない。それで人気が出れば好都合」





「はぁ、さっきはこっちも見て気持ちよくなるくらい幸せな顔しておいて、ほんとあんたは裏と表が違いすぎるんだよ…」




 すっかり正気を取り戻したメイルにリンランはまたもため息をつくしかない。





「じゃあ、まだ休んでおいてもいいからね。………あ、あと次リーシャには会う時は注意しておくんだね」




 冷静な顔つきでそういった。




「あ?リーシャ?なんで」





「なんでもだよ。じゃあね」



 警告をしてからリンランは小走りで出ていき、仕事に戻っていった。



 本当に働き者だ。リンランがいなくなったら冥月がどうなるんだかわからないほどここの中心にいることは間違えない。







「それにしても――」



 メイルはリンランの部屋を一望する。




「部屋持ちは夢があるなぁ」




 花魁級の人気を誇る遊女には部屋が与えられる。


 ここに住み込みでもよければ、部屋に特別なお客を招き入れたり、休憩としての一人の時間なども確保できるそんな役割を果たす。



 広さは一人では十分なくらいで大きすぎずもなければ小さすぎるわけでもないちょうどいい空間だ。




 部屋には個性や性格が出るというがまさにその通りだった。


 整理整頓が完璧に行われており、変に香水臭くもなく穏やかにさせるような香り、まさにリンランそのものだった。






「このベットで…………ごほんごほん」



 なにか想像しようとしたが、咳払いでその想像をかき消す。





「俺、変なのかな」



 そんな雰囲気になるまでは別になんとない様子だが、触れられてしまえば一瞬にしてその性格が一変する。




 ふと自分の胸に手をかざしてみる。なんの凹凸もなく飾りっけもない。




「(魅力がないならその代わりとでもいうのか。もし、新造としてやっていけなくなったら体を使わないといけなくなるんだろうし…)」





 女になってみたいなんて思ったことはない。

 心は男なものだから女性への興味はあっても、その立場に自分が立ってみたいとは思わない。




 色街で働いているのは自分の生きていく術がこれしか思いつかなかったからだ。




 ずっとこのまま偽っていても、いつかはお客にもバレるときは来る。







「客は俺を男と知ってどんな反応するんだろ」

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