第2話

 目を覚ますと、そこは紛れもなく王宮の域内であった。


 天井からぶら下がるシャンデリア、絨毯はいかにも良質な素材で作ったというのが素人でもわかる。



 そしてメイルはこの豪奢なベットで寝ていたらしく、短時間で半あるが久しくこんなに幸せな気持ちで睡眠をとれた。





「起きたか」



 背後からあの男の声が聞こえた。冥月にいたときの威勢もなくどこか落ち着いている。



 振り返りたくもないが、仕方なく上目遣いもプラスして面をかしてやった。

 

 すると、ベルザールもきりっと表情変えてみせた。





「失礼する」


 ベルザールはマイルの帯を解き、下着に手を入れ、いやらしく身体に触れてこようとした。



 触れられた瞬間鳥肌が立ちそうだった、





 しかもこれで性別がバレるとまずい。体つき、胸骨あたり、下半身、バレる要素はいくつでもある。


 まだメイルにははやすぎる。








 とりあえず――



 メイルはベットから体を起こし、勢いよく部屋を飛び出した。




「さようならっ!!」




「はあ!?」





 メイルは後ろを振り向かないようにして猛ダッシュで廊下を走る。服が乱れた状態では全力を出しきれない。



 王宮に来てこんな淫らな格好で廊下ダッシュなんて失礼にも程がある。それは周囲に人がいないからこの命あるといっても過言ではない。






 床から物音がする。軽く二十メートルは離れている。

 だが、やはり着いてきているようだ。






「(とりあえず、まかないと…………あっ、ってやばい)」




ガタン




 服が乱れていたせいで着物の裾を踏んでしまった。

 これではせっかくとった距離を縮めてしまうではないか。



 急いでどこかの部屋に潜り込もう。そこがバレてしまえばもうこの男に本当のことを話そう。





 せっかくの客…しかも上級貴族よりも位の高い王族系の客なんてもう二度とこんな機会はないだろう。





 しかも男となんてしてやらねーつうの!




ドン。


 低い体勢のまま、近くのドアノブに手をかけ、足を引きずり、裾の音を鳴らせながら誰がいるかもわからないような部屋を失礼した。





「あいつ、諦めてくれればいいが…」






「あの」




 そんなことをつぶやいていると、レースのかかったベットの方から少し震え気味の声がメイルの耳を届いた。





 まずい先客が……!





 って…女の子?



 その少女はベットからゆっくりゆっくりと体を起こし、レースをめくってこちらを覗いている。

 首にはなにかぶら下がっている。





 顔の半分以下しかこちら側からは見えないが、彼女が高貴な存在であることは一瞬で理解できた。


 


 部屋は人ひとりにはもったいないくらいの広さに奥行き。ベットにレースだなんて贅沢だ、レースなんて貧民街では見ることすら叶わないというのに。







 そして何と言っても彼女の容姿。完璧にも程がある。あまりにも美少女だった。




 見るからに柔らかそうな肌、先程飲んだ酒のように透き通っている。


 潤った瞳、星を見るよりもこちら幸せにさせてくる。

 手入れの行き通った淡い赤髪、寝起きでこの髪の崩れなさは相当だ。


 出るとこは出ていて引っ込むところはきちんと引っ込んでいるまさに理想のスタイル、しかもまだ若さを感じられるつまりまだ成長過程ということだ。

 






「貴方、何故王宮にいるのですか」




 こんな姿になっているメイルを心配するようにそうたずねてきた。警戒っていうのも強いが、何より心配が勝ったような表情だ。





 だが彼女だって怯えたくなるほど怖いはずだ。突然真夜中にふしだらな姿をした下女がやってきたらそれは恐ろしい。






「わたくしはメイル。冥月の新造であります。先程、色街からベルザール様から無理やりここへ連れてこられてきました。勝手にお部屋にお邪魔して申し訳ございません―――リヤ王女」





 ひざまずいた。


 メイルの瞳に映るこの少女は、ロレーヌ家の「リヤ・ド・ロレーヌ」という普段は仮面を被って顔を隠していることで知られる王女だった。



 






「ベルザールが……?しかも何故私とわかったのですか」




「その蝶の首飾り、王女につけられるものですね。存じております」




 そう、それは王家の人間であることを証明するものだ。

 




「あ、これね……。あ、あとそれにそんなにかしこまらないでください」




「あぁ、はい。じゃあタメ口でいかせてもらいますね」




 そわそわするリヤがそんな風に気を使うと、それを正直に飲み込み、姿勢と口調を崩した。



 メイルのこういうところが売れない多くの原因の一つなのだろう。「礼儀知らず」「空気が読めない」「身勝手」メイルの聞き慣れた言葉達だ。






「貴方、面白い性格をしていますわね」

 

 リヤは口元に手をかざしながらくすくす笑った。

 レースを丁寧にめくり、両足を床についたのを確認してからベットからおりてきた。








「はい、今夜匿います。メイルさん」



 地べたに尻をついたままのメイルにリヤは手を差し伸べた。



 先程までレースで隠れていたその顔が今ははっきりと見える。国民の前にでるときですらその仮面を外さなかったのに。


 そんななのにメイルは今その顔を直視してしまっている。






 丁寧に丁寧に彫刻家が一生をかけて彫った最高傑作の彫刻のようだ。



 その顔には非の打ち所がなく、真っ白なキャンパスのようだ。そのキャンパスを自分色に染めてしまいたいと思ってしまう。


 こんな顔見てしまったら最初の色は自分がいいと、男が争ってやまないだろう。





「………」


 圧巻される。どこを探っても非を見つけれない。左右上下、どの角度でもブサイクという言葉が似合わない。

 






「メイルさん。私、貴方と―」





 リヤはメイルのか細い腕をとり、メイルの指とに自分の指を絡ませた。





「―お友達になってください」



 なんて純粋な少女の言葉だろう。


 それに比べてメイルは

リヤの顔に魅了されたまんまだ。ずっと直視している。





「……可愛い」



 メイルは不意にも思い浮かんだ言葉を口にしていた。



 彼女の中身もそうだが、体の端から端まで本当に可愛らしく、美麗的。差し出された手の甲や指先だってここまで真っ白でしわしみ一つだってない。




 メイルが普段見る手の甲は、色街で見る男のごつごつした手か、貧民街のしみや汚ればかりの手だ。




 比べるのも良くないが日頃から見ているものとの差によって余計綺麗に見えてしまう。









「か、か、可愛いだなんて!!………でも私もメイルさん、美しくてなんだか見とれそうになります」





「王女様は冗談がうまいね」





「冗談ではないですよ!!」









――それから一時間




 リヤからするととても珍しい存在であるメイルに興味を持ち、ベットで会話を弾ませた。


 貧民街での暮らしや色街での出来事、仕事について。







「色街ってそういう場所なのですね。大変な仕事……辛くならないんですか?」




「さぁ。でも少なくとも自分はこんなんだから売れるはずもないんだよ。ベルザール様は例外」






 いつだってそう。他の新造には肩すら並べられない。




 みんな愛嬌も可愛げもあって、常に客のことを大切に第一に考えて接客をする。時には相手を触って身を寄せたり。

 新造の子だってそのくらいする。みんな遊女になりたいんだ。





 マイルだって遊女になればお給金も増えるので憧れる。




 でもメイルは舞姫たちの振る舞いをよく見ている。辛さも悲しさもきつさも恐怖も。





 メイルなんてまず客の酒臭さにはなれないし、たばこも狭い個室で吸うなんて頭がおかしいとしか思えない。






 みんなの当たり前がメイルの当たり前になるまでどれくらいの時間が必要か。




 それは男という存在を捨てなければならないのか――












 これは傍から見れば性格上の問題とも思われるだろう。


 しかしそれは誤りで、理由はやはり「男」だからだ。


 

 普通に考えてみれば、メイルだって見た目は女にしか見えないが心も体も男である。





 誰が好き好んで同性のオヤジの相手するもんか。





 メイルだって女に恋をする。


 何ならその客としてくる親父たちに席を変わってほしいくらいだ。


 それができる身分じゃない。お金が必要であるから、仕方なくこっち側だ。



 女の人は凄いよ、なんだって真似ができるんだろう。




 妓女を装おう、装おうと気持ちばかりは前を向いているのに性別の壁は容易に飛び越えれるものではない。










「でも――私は面白くて好きですよ。」



 ふとリヤは微笑んでメイルの両手を優しく掴んだ。


 どこか懐かしさを感じられるその掌は温かいのに指先だけはひんやり冷たい。





「…面白いなんて初めてリヤ様に言われた」





「…リヤで大丈夫ですよ」



 リヤの整ったその綺麗な顔が今日の月に照らされている。


 左右対称的、真ん丸な瞳、艶のある髪。改めて見て――





 そしてメイルは気づいた。


 メイルは先程追われていたこともあってこんな服が乱れた状態だったかが、まさかリヤもだなんて―




 部屋着なスカートが太ももの辺りまで上がってきていて、太ももからは育ちの良さが見受けられる。


 寝起きであることと、少し部屋着が大きめなこともあって、すべすべの鎖骨と右肩が丸出しだ。それに胸元まで下がってきそうでソワソワする。






ドクン




「……!!!(ま、まずい……)」



「どうしたんですか?!そんなお腹の下辺りを抑えて…」




「え、あっ、いやーお手洗いを借りても……!」



「でもベルザールに見つかってしまうのでは…?」





「んーっっとおお」

 

 我慢に限界がある。もうだめだ。そろそろ本格的に、本当に…!!





「では私がお腹の痛みがなくなるように添い寝させていただきます!」




「え」




「失礼します」




 リヤはベットの上の掛け布団をこちらへかけ、メイルの肩をがっしり掴み、ベットに倒れ込んだ。



 メイルはおさまるように外側を向いたが、リヤはぐっと近づいて胸を背中に押し付ける形でメイルに抱きついた。



 柔らかな感触が背中を伝う。





 メイルは体温も上昇して頬も耳も真っ赤に染まる。



「は、恥ずかしいですか?私あまりお友達はいませんが、友達ならこのくらい普通なんですよね??」



 やけに頬を赤めながら冗談らしからぬ冗談を言っているように思えたがどうも冗談ではないらしく…。





 そしてメイルは息切れがでてきた。体温が上がりすぎて吐いた息が煙として見えそうなくらいだ。


 下半身は――




「(あ、あぁ………)」



 メイルは今日も元気にあふれていた。

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