舞い枯れる造花、咲き乱れ。
✗クム
第1話
「お。貧民街にも割と顔立ち整ったもんもいるんだなw」
「確かにこれは相当なもんだ」
「おじさん、誰なの?僕、怖い」
二人家来らしき人物は雨の中、恐る恐る幼子に近づき、手を伸ばす。
幼子は泣きながら、その手を振り払う。小さいその手では大した抵抗にもならなかった。
逆にかえって二人組に怒りという感情を与えてしまったようだ。
「あんま調子乗ってんなよ?」
「あー嬢ちゃん俺らと今から楽しいことしよっか~……っておい、こいつ…」
「「おとこ」」
この王国、ルージェスでは大きく四つに区分されている。
一つは色街。主に人が活発的に流れ込むのは夕方から夜中にかけてだ。
簡単に言えば女に飢えた猿どもに容姿の整った女が相手をしてやる場所。
禿、新造、遊女、花魁、太夫などとと分けられており、ここの国では十七以上が遊女、それより下が新造となってお客の相手をしている。様々な経験を積まなければ位が上がることもない。
それに高い人気を誇り、芸事を得意とする遊女には「太夫」と、接待を得意する遊女は「花魁」と呼ぶ。
中には馬鹿みたいにその女を本気で手に入れたいという輩もいる。その場合はその遊女に似合う大金が必要になるため、この色街は基本金に余裕があるような人間しか足を踏み入れない。
次は住居。ほとんどの民はここに住み着く。
金のない貧民は街外れの貧民街にちょこんとおんぼろ小屋に暮らすようなのもいるが例外だ。
次は自殺の森。ここの森林は人が立ち入れば突如霧が濃くなり、中にいた人間を飲み込むという噂だ。
森に行って戻ってきた者はいない。そのため、ここに自らの意志で立ち寄ったものは自殺と同等の行為であるため、誰一人助けに行ったりなんてしない。
最後は王宮。主に王族のため住居という役割を果たす。
他には王国の未来を話し合う会議場や、王族の警備、使用人の部屋、食堂に、大広間、キッチンといった数え切れないほどここでは様々な役割を持つ部屋がある。
中には金を持った貴族が王宮近くに屋敷を構えたりもしている者も多くいる。
とりあえず平民が立ち入れるような域では到底ない。
そんな国、ルージェスの色街「冥月」で働くにがメイルという新造だった。
新造の中にも種類があるが、メイルは「番頭新造」というまだ遊女として売れなかったり、年季の超えた遊女が、現役花魁などのサポートに回ったりする役割だ。
中にはサポートだけではなく個人で客をとって遊女になるために励む者も少なくない。
――メイルの身体は男である。
はたからみれば容姿は華奢で美麗的な十七にも満たない少女だ。
上級遊女にも負けない容姿を持っているが、どうも接客には自身がなく、容姿に魅了され近づいてきたものもすぐに飽きを感じて離れていく男ばかり。長くて二日持つか持たないか。
だが今日は一味くせのある客が冥月にやってきたらしい。
「メっイル…」
か弱く、震えた声がメイルの耳元を覆った。
母親だ。メイルの実の母、マーサ。
メイルが九つくらいに病気を患い、今ではベットから立ち上がることもできない状態まで陥っている。
「…母さん、いってくるよ」
メイルは下を俯き、羽織っているローブのフードを右手でぐっと深く被った。
いつもこんな姿だった。メイルは貧民街から色街までの道はローブでいなくてはいけない。
理由なんて明白。
―拐われたくないから
貧民街では奴隷を探しに来る貴族の手下がうじょうじょ潜んでいる。
色街まで行けばそんなことはないのだが、金も持っていない、食にも困っているやつしかいないようなのは貴族に逆らえない。お貴族様にとっては奴隷を無償で手に入れられると言っても過言ではない。
しかも貴族の考えることは常に欲で固められている。女だったら特に何をされるかわからない。
メイルは男だが、この顔だ。女と思われるだろうし、顔は良ければ良いほどさらわれやすくもなる。
お貴族様は大喜びだろう。
そんな奴らの手のひらになんて乗ってやるもんか。
メイルは急ぎ足で色街まで向かった。
「メイル早く支度してこっち手伝ってね」
「はい」
着いて早々、「舞姫」(遊女のトップ五)のリーリャから声をかけられた。
舞姫というのは遊女の中でも人気の高い花魁、太夫のトップの五人を指す。
容姿淡麗は勿論のこと、接客や芸妓を得意とし、冥月で活躍を見せる存在のことだ。
その中でリーリャは「若紫花魁」と呼ばれ、冥月でも名高い。
本日も手入れのいき通った赤茶色の髪が輝いている。
リーリャは舞姫の中でもダントツで優しさがあると言われていて、人気を誇っている。(裏表は人一倍激しいが…)
客には可愛らしいと言われていたり、別名に「若」という漢字がついているものの、こうみえてさんじゅ……。
いやとっても可愛らしい姫だ。
「(にしてもでかい胸…)」
張りもあるし、艶もある。それにメイルが今まであった中で一番の大きさ。冥月でもナンバーワンかもしれない。
まあメイルも男なので、興奮とかそういうのではないがそこらへんに目がいってしまうのも仕方がないことだ。
やり場のない胸を持っているリーリャにも問題ある。
今日はまだ正午にもなっていないのに早めの支度だった。
疑問はあるもののメイルはまた足速にあるき出し、階段を登って個室に入った。
まずはローブを脱ぎ払い、前髪をぱっとかきあげ、手慣れた手付きでその髪をちょんまげにして結う。
新造という身分であろうと化粧というものはなくてはならないもの。
メイルの手先は器用だったものの、完璧に化粧をこなせるようになったのもつい最近のことである。
かきあげた前髪を解く。ストレートな髪結び後が一切なくて艶もおびている。とても貧民街育ちとは思えない。
化粧、ヘアセット、着替えを淡々とこなし、いつもより少し早めの支度を終えると階段を駆け下りた。
メイルのその細々として華奢な体つきに、美しい顔立ち、化粧によって余計に引き立てられている。本当に誰も男とは疑うことすらしないだろう。
肩につかないくらいの短髪からはどこか儚さを感じられる。
「あ、リーリャ」
メイルは肩をぽんと軽く叩いてリーリャを呼ぶ。
「あ、メイルこれ、はいはいはい」
リーリャは容赦なくメイルに荷物を次々と渡していく。メイルが男というのが一番の理由だろうけど。
中は……大量の酒に魚の頭?それに簪や髪飾り?なんのお祭り騒ぎだ。
「…これなんの騒ぎ」
「上級貴族様がお見えになるのよね(さっさと金だけ落として帰ってくれ)」
リーリャが頬に手を付きながらそういう。少しめんどくさそうな顔だ。
リーリャは先程いったように裏表が激しいので、特に客が来ていない時は評判の優しさをみせたりなんてしない。こっちが本心だ。
「(だからこんな大掛かりに)」
「で、誰が指名されたの?リーリャじゃないのは見てりゃわかるけど」
興味もなさそうに自分の髪を指で巻いてみたり捻ってみたりしながら、メイルは尋ねる。
正直誰が指名「なのか」は興味がないが、上級貴族のタイプとして誰が指名「された」かは少しばかり気になる。
少しばかりだけど。
「なんで私じゃないってわかんのよ!」
「まあ見ればね」
「はぁ、」
いつもの何気ないやりとりをしていると横から禿(花魁などに仕える幼女)が口を挟んできた。
「リー姉さん、出迎えお願い」
「…わかった。あ、メイル。指名についてだけど………まだ決まってないみたいだからチャンスかもね」
「…?」
「それと荷物運びよろしく」
「あぁ………はいよ」
なんだか嫌な予感がするような…。
「ここが冥月か!中々に良さそうだな」
後ろに他にも若々しい男も連れ、偉そうに気取っているのは紛れもなく王族の親族にあたる人間だった。たしかベルザールといったか。
メイルは店の中から興味もなさそうに片目で見てやった。
ベルザールは出迎える遊女に目もくれず、店にぐいぐい遠慮なく踏み込んでいく。
なにか様子が他とは違った。
歳も三、四十超えれば女慣れしているとでもいうのか?確かに周りの若造は遊女狙いの様子……だったらこの男は――
「新造だ!新造を俺に集めろ!変わり番で回せ回せ!!勿論、年季のはいったものではない!若いものだ」
――ロリコンクソヤローだ
新造は基本十七を満たしていない少女たちやまだ遊女になれない未熟者を指す。そんなの集めて何を企んでいる。
ロリコンオヤジ(ベルザール)は個室でひとりひとり新造と顔合わせをしていく。
中で何が行われているかは到底想像などできない。正直したくもない。
「お化粧崩れてない??」
「緊張する…うまくできるかなぁ」
「わっちにはまだはやい……でも頑張る」
「モウル様の弟君らしいよ!!お金持ち!」
外で待つ新造たちがそわそわしながら自分が呼ばれるのを待っている。
それもそのはずだ。
新造というものは若さも合ってか、遊女になるまでは客を取れるチャンスが極めて少ない。
決して新造では売れないというわけではないが、全員が一度顔合わせをできるということは大チャンスでしかない。
ここでアピールをしておかないでいつする。皆が満場一致でそう思うのだろう。
―彼の存在を除いて
「次のもの!こい」
ついにメイルの番がやってきた。戸をさっと開き、言われるがまま中へと入る。
個室の中はどうも酒臭く、慣れれるものではない。ベルザールが喫煙者ではなかったのは不幸中の幸いだったが。
「…失礼いたします。メイルと申します。」
ベルザールは当たり前のように身を寄せてくる。
どれだけ飲んだのだろうか。吐いた息からは酒の香りしか感じられない。こっちまで酔ってしまいそうなほど。
「?…お、お前は髪は伸ばさないのか??」
メイルの髪の長さが肩上だったことに疑問をもったらしく、そう尋ねながら馴れ馴れしく肩に左腕を回してきた。
メイルはとりあえず身を縮めこむ。あまり抵抗しても店の評判を悪くされかねない。
ここは少しの我慢だ。
「えぇ、はい。こっちが落ち着くので」
「女らしく伸ばしてみるのは嫌なのか?」
「女らしく……そういった言葉は自分に似合わn…」
あまりにも平凡な話だったものだから油断をしていた。
気づけば、ベルザールの右手がメイルの太ももと太ももに挟まっていたのだ。
変にいやらしい手つき。手慣れているらしく、背中に鳥肌が立ちそうだった。
「………」
「お前はまだまだ遊女になれそうにないな!遊女ならこれくらい当然だろ?遊女になりたいなら練習に付きやってやる!」
新造として足りていないのはこれだろう。こんなんじゃ稼げない。
そんなのわかっている。でもメイルも好きでこんな仕事をしているわけではない。
だけど、お金は必要だった。しかしできれば最低限で抑えたい。メイルはそう考えている。
「おっしゃる通り遊女には程遠いかもしれませんが、私舞くらいなら踊れます。人には得意不得意がございますのでベルザール様のご期待には答えれるようなものはまだ持っておりません」
「経験を俺で積むと良い!!!それで新造としての道を極めるのだ」
ベルザールは何か企んだのか、メイルの胸の辺りで手を宙でかすらせた。
「(やばい……ばれる……)」
こいつはきっとマイルのない胸に触れようとしたのだろう。
焦りから萎縮した。客に男とバレればすぐに自分の元を去るとわかっている。
だからそれは避けたい。
「お前……面白い身体だな!」
「へ?」
「ふとももも肉付きがよくはなければ、胸までまっさら。だが――」
ベルザールは少し乱暴にメイルの頭を掴んで自分の顔の間近まで運ぶ。
メイルも驚いて今の状況に整理がつかない。
「顔だけは遊女にも負けない……違うな、それ以上だ!」
今度はメイルを褒めてきた。褒められているのか、遠回しにバカにされいるのかはよくわからないが、この男がドがつくほどの能無しということは染み染み理解できた。
「よし決めたお前を今日連れて行こう!」
「ええ…ちょっちょっと!?」
久々にここまで取り乱した。連れて行こうと言っても、あまりにもこちらの返答なしにすぐさま手下がマイルを抱えて馬車に投げれたものだから。
王族ということは王宮に向かうことになる。
貧民街で暮らすような者がこんな形で王宮に立ち入っていいものだろうか……。
メイルは抵抗の余地なくして王宮へと連れて行かれたのだった。
馬車に投げ入れられたあと、すぐさまベルザールも同じ馬車に乗り込んでいた。
「酒は好きか?」
ベルザールは高価そうなグラスに透き通った酒を注ぎ、メイルの前に突き出した。
グラスを手にすることも許されないような身分なマイルは何も言わず、その酒を受け取る。
見惚れそうなほどにそのグラスも酒も透明だ。これを喉に通すとどうなるのか興奮する。
ゴク
「美味しいです」
「はは!それはよかったなあ。これは中々強めのものなんだが、酒に強いようだな」
「え?視界が…」
まんまとしてやられてしまった。
ベルザールはどうやらこの酒に睡眠薬か何かを入れていたらしく、馬車に揺られながらメイルは眠りについてしまった。
「(か、あ、さん)」
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