第6話 2枚目の同意書

 手術当日の朝。

 いつものように9時前に起きた俺は顔を洗ってそそくさと着替えていた。


 手術当日は朝食禁止。

 水分摂取の制限は無し。

 飲むゼリー的なものもOKらしい。


 服装は黒を勧められた。

 出血を伴う手術のため、汚れても目立たない軽装がいいとのこと。


 持ち物は保険証、病院の診察券、手術費、そして手術の同意書。

 限度額適用認定証も必要に応じて持って行った方がいいが、俺は事前にすでに申請済みだったため、当日は不要。


 当日の朝は、もうほとんど無である。

 余計なことは考えず、淡々と時が過ぎるのを待つ。


 手術さえ終わってしまえばこっちのもの。

 この時はそんな風に考えていた。


 バスと徒歩で病院まで移動。

 40分弱で到着。


 病院の受付で診察券、保険証、同意書を渡す。

 そして手術室前の椅子に座り、自分の名前が呼ばれるのを待つ。


 その間に左腕に点滴を刺され、いよいよ手術っぽくなってくる。

 それでも俺の無は変わらない。



「月本招さん。どうぞこちらへ」

 

 ついに呼ばれてしまった。

 しかし今の俺は無の境地。緊張はしていない。


 その時だった。


 手術室から鼻をパンパンに腫らし、鼻の中に突っ込まれたガーゼに血が滲んだ20代半ばくらいの女性が出てきたのだ。


 その姿はなぜか映画〈バトルロワイヤル〉で、冒頭に生き残りの少女が人形を抱えてニヤリと笑うシーンと重なってしまう。



(次は……俺がああなるのか――)


 これ以上ない現実を叩きつけられ、無、崩壊。

 急に心臓がバクついてきたのだった。



「はい、月本さん。じゃあこちらに座って」


 手術室はイメージしていたよりも狭かった。


 歯医者の椅子のように腰かけるタイプで、リクライニングで調節する感じ。まぁ、鼻の中をイジるのだから、寝ていたら確かにやりづらいかも。


 目の前には眼光鋭いナイスミドルの医者。

 看護師に指示を出し終えると、俺の鼻腔内を改めて確認していく。



「あー、すっごい曲がってるね」


 知ってるわ。

 だから手術受けに来てんだって。



「ちょっと奥も診るね。あぁ、これは蓄膿症の膿も溜まってるね。取る?」


 は? 取るに決まってんだろ。

 こっちは鼻の悪いところを全部治してもらいたくて、腹括って手術受けに来てんだからよぉ!



「お、お願いします……」


 威勢がいいのは心の中だけで、すでに心臓バクバクの俺はそう絞り出すだけで精一杯。


 ここですかさず看護師がカットイン。



「じゃあ、こちらの同意書にサインをお願いします。障害など残らないように注意して進めますので」


 そりゃそうだろ。

 てか、頼むから事前に言っておいてくれよ(泣)

 手術直前にそんなこと言われたら同意するしかないじゃんかよ。



 ちょっと泣きそうになりながら同意書にサイン。

 血圧計を右腕につけられて、いよいよ手術が始まるのだった。

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