第5話 がんばれ

〈TRRRRR〉


 手術まで2週間を切ったその日。

 18時頃に携帯が鳴った。


 まだ仕事中だったけど、テレワークのため周囲を気にせず手を伸ばす。

 画面を見ると母ちゃんからだった。


 無意識に心臓がバクンと跳ねた。


 だって母ちゃんから電話なんていつ以来だ?

 もう何年も電話なんてかかってこなくて、いつも用がある時はLINEで連絡が来るのに……


 まさか、親父や親戚に何かあったのか?

 ドキドキしながら電話に出る。



「も、もしもし……」


「あー、あたし。久しぶり。元気かい?」


「あ、う、うん、まぁまぁだけど」


 母ちゃんはいつも通りだった。

 が、この人は辛い時でも明るく振る舞う人であることを俺は知っている。


 もう自分がどんな言葉を発したのか覚えていない。

 それくらい心臓がバクバクしていた。



「あのさ」


「……うん」


「あんたの名前でクレジットカードの会社から封筒が届いているけど、これどうする?」


「……は?」


 おいおい、ウソだろ。

 今までそんな用件で電話してきたことなんてあったか?


 ともあれ、親父も親戚も誰も死んではいないらしい。

 焦って損したとはまさにこのことである。



「それは年末帰った時に確認するから、どっかに保管しておいてよ」


「あらそう。わかった。用はそんだけだよ。じゃあ――」


 そう言って電話を切ろうとする母ちゃんに、一応伝えておこうと思った。



「母ちゃん」


「なんだい?」


「あのさ、俺……今度手術受けることになった」


 この時、電話の向こうの母ちゃんがどんな顔をしていたのかはわからない。


 ただ、やっぱり返ってきたのは明るい声で――



「そうかい。何の手術?」


「あ、えっと、鼻の手術。ほら、俺って昔からやたら鼻炎が酷かったじゃん。で、医者に診てもらったら鼻の中の骨がめちゃくちゃ曲がってるんだと。で、手術受けることになった」


「……そうかい。あんたはずっと健康だったけど確かに鼻だけはしょっちゅうかんでたもんね」


「そうなんだよ。まぁ、そんな訳だから大した手術じゃないし、別に心配いらねーから」


「そっか。わかった、みんなにもそう言っとくね」


「うん、そうして。年末に帰る時には終わってるはずだから」


「はいよ。あ……まねき


「ん?」


「がんばるんだよ」


「……あぁ、頑張るよ」


「がんばれ」が、手術のことか、人生のことか、仕事のことか、それとも目標にしている小説家のことか。


 何を指しているのかは分からなかったけど、何だかその一言が結構効いた気がした。


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