第5話魔法ってあるんだね

 コロニー内部には最初何もなかった。


「何もないわけじゃないだろう? 厳密には岩と土があるとも」


 とはシュウマツさんの言葉だが、岩だらけの景色を見て殺風景という言葉が浮かぶ人は一定数いると僕は思う。


「それは何かあると言えるかなぁ」


「他には空気もあったね」


「……」


 そんなやり取りをすれば、死の危険はまだ去っていなかったんだなと不安な気分になったものだが、それはさっきまでの話だ。


 埃っぽい、乾いた匂いのしていた居住区エリアでは今、今までの僕の人生で感じたことがないほど水の匂いがした。


「まずは水を用意しよう! 少々外から集めた分だけでは心もとない!」


 ドッパンと目の前に水しぶきが上がるほどの水が現れるまでにそう時間はかからなかった。


 その上じゃんじゃか雨が降り始めて、殺風景という感想は取り下げた。


 だが、今度は水が多すぎないだろうか? そう思ったら、いきなり巨大な岩が水面から隆起する。


「やはり山は必要だろう。だがあくまで景観だな。平たい土地が多い方がいいかな?」


「あ、はい」


「了解した。陸が出来たら森も欲しいのだけど、問題ないだろうか?」


「ないんじゃないでしょうか?」


「なんで敬語なんだい?」


「だって、いきなり天地創造みたいなこと始めるから……」


 ある種抗いがたい力を目の当たりにすると人は敬意を払いたくなるんだなと僕は古代の人間を理解した。


「ああ、すまない。水で濡れてしまったな。こういう時、君達はどうするのだろう?」


「……傘をさすかなぁ」


「資料を見せてもらっても?」


「はい……」


 僕が思考停止で傘の資料を見せると、すぐに傘がバチバチと電気のような光を発しながら地面から生成されて、僕は出来立てほやほやの傘を受け取った。


「これをどうぞ?」


「ありがとう……」


 うーむ。渡された傘がとてもデカい。


 スペーススーツアウターサイズの巨大傘は中々インパクトが大きかった。


 いやいやそうではなく。わかったチョット参った。僕は負けを認めよう。


「この世の中には魔法は存在するんだね。いやここまでだと神の奇跡かな?」


「今更かね?」


「ケジメみたいなものだから気にしないで」


「そういうものかね?」


 多分そういうものだと僕は思う。僕は一応大人なので、頭はそれなりに硬いのだろう。


 それにこう、これだけのことをあっさりと実行されると信じられない以上にズルという感情の方が先に来てしまった。


「でも、これだけのことをノーリスクで出来るって、いくら何でも反則過ぎだなぁ」


 こりゃあ協力出来ることなんて何もないぞと思ったままに呟いたわけだが、シュウマツさんはいやいやと僕の言葉を否定した。


「無限にというわけでもないよ。今は私の蓄えている力を使っているんだ。魔素というんだがね。それなりに容量には自信があるが……有限だとも」


「……これだけやってなくならないのに?」


「うむ。まぁ回復するものだからね。でも普通に疲労するんだよ」


「……大丈夫なのそれ?」


「まぁ最初は何事も大変なものさ」


 疲労だけで済むのは十分反則じみているとは思うけれど、それでも負担があることが知れてよかった。


 やはりこれだけ大規模なことをすればシュウマツさんも無理をしているらしい。


 だが、そのあたり役立てそうな糸口になるかもしれないと僕はそう思った。


「そうか。じゃあ僕はひとまずシュウマツさんの負担を減らすように動こうかな」


「それは助かる。だがその前にやることがあるのではないだろうか?」


「何だろう?」


 心当たりがなく、僕が首をかしげると、シュウマツさんは楽しそうに輝いて言った。


「君の住む場所を作らねば。何かリクエストはあるかな?」


 一方、僕は意表を突かれて目が点になった。


「ああ、住む場所……住む場所は作らないといけないね。でもコロニーの外見は再現されてるんだし。人が住める場所の一つや二つありそうだけど?」


 コロニーともなれば居住区だけが住む場所ではないだろう。


 格納庫もあれば、宇宙船のドックもあるし、それこそ人の活動するエリアなんていくらでもある。


 当然、寝泊まりする場所だってあるはずだがシュウマツさんはそれではつまらないと仰せだった。


「なに、せっかくだから居住区に家でも作ればと思ってね。それくらいなら簡単なものだ」


 至れり尽くせりのシュウマツさんは大層楽しそうである。


 確かに天地創造に比べれば家一軒作るのなんて、朝飯前なんだろう。


 だがこのまま言われるがままに、負担を強いるのはいかがなものか?


 というか僕は僕で手持無沙汰なのである。


「いや、それには及ばないよ。せっかくだからそっちは自分で作ろうかな」


 僕がそう言うと、今度はシュウマツさんを驚かせることに成功したみたいだった。


「自分で? うーむ、さすがに無理じゃないか? 植物が育つにしてもまだまだ時間がかかる。今コロニーの中で出来るのは……せいぜい住みやすい洞窟を探すようなことになると思うのだが?」


 確かにシュウマツさんの言う通り、コロニーの居住区は生き物が生きていけそうな環境作りの真っ最中だ。


 さながら出来たばかりの星のような有様では、家の材料を探すことすら大変だろう。


 しかし僕だって当てもなくこんなことを言い出したわけではなかった。


「洞窟も面白そうだけどね。とにかくシュウウマツさんは、自分の作りたいものを作ってよ。というかそっちを優先してくれないとどうしようもなさそうだからさ。僕は僕で出来そうなことをやるよ。頼ってばかりいるのも申し訳ないからね」


「ほほう……あくまで協力関係でということかな?」


「そっちの方がお互い楽しいだろ? もちろん難しいところは相談するよ。というかたぶんほとんど頼ることにはなるだろうからね」


 きっとお互いにそうした方が楽しいに違いない。


 僕はそう確信して、どう家を作ろうかと考えを巡らせた。

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