第4話植木鉢とブロッコリー
ここには大気がある。
そして、重力があった。
なによりこうして僕が生きていられるということは、このコロニーはきちんと機能しているということだった。
そんなものを一瞬で作り上げるなんて言うのは本来であれば夢のまた夢の話だろう。
でももし可能だとしたらそれはまるで―――。
「フフフッ。ホントに魔法みたいな話だなぁ……」
「いや、だから魔法だってば、そんなに納得できないものかね?」
「……そうは言ってもさ、魔法で完全なコロニーとか作れるの?」
そこはなんとなく科学技術を信仰する人類的にプライドに触るのだが、現状肯定が返ってくることは確定だった。
「建築の魔法は、元の世界では一般的だったよ。私の世界の人類は自由に町を作り変え楽しんだものだ」
「それはとても魔法っぽいなぁ」
「それと、コロニーを完全にするのはこれからだとも。現状は、私が君が生きていられるギリギリのバランスを整えているにすぎない。それで、さっそくだが、私を植えてくれないだろうか?」
ただまた思いもよらないワードが出て来て、僕は聞き返した。
「……植えるの?」
「ああ。私は曲がりなりにも植物の一種だからね。土がなければ始まらない」
「そんな、急に普通の植物ぶらないでもいいんだよ?」
「元より植物のつもりなのだが? ちゃんと植える場所は用意してある、頭上の建造物が見えるかな?」
シュウマツさんに言われて空を見上げると、そこはコロニーの中心部だった。
だが僕は首を傾げた。
「あそこでいいの?」
本来であれば、コロニーの中心に当たるその場所は中心に近づくほど、無重力に近くなる。
その上精密機器はあっても、土なんて欠片もなさそうなコロニーの真ん中はあまり植物が育つのに向いていなさそうだが、やはり間違ってはいないようだった。
「問題ないとも。私も普通の植物とは違うものでね。大丈夫、土はたっぷり詰めてある」
「土、詰めてあるんだ」
「通路は作ってあるから出来るだけ深めに埋めてほしい」
「本当に埋めるんだ……わかったよ」
意味は分からないけれど、やることはわかった。
もう準備が整えてあって、あえてシュウマツさんが埋めろと言うのならそうしてみるとしよう。
僕はさっそくスペーススーツアウターに乗り込んで、昇降機に向かうとシュウマツさんの指示した中心部へと急いだ。
中心の建造物は資料通りに作ってはいないみたいで、かなり形状に変更があった。
なめらかな外壁には用途の良くわからないいくつも丸い穴が開いているのが見える。
本来ならコロニーの制御に必要な様々な施設が入っているはずなのだが、僕的にはなんでこんな金属の筒に土が大量に詰まった妙なもので、僕が今生きていられるのか不思議でしょうがなかった。
「この中に?」
「ああ、頼むよ」
「……わかった」
だが現実に生きているのだから進まねばなるまい。生きるとは神秘である。
僕は申し訳程度に建造物の中に作られた、通路というかトンネルを通って、施設の中心部へ進んだ。
そして重力が限りなくゼロに近い場所に、ここに埋めてくださいと言わんばかりの土の壁を発見して、さっそく作業を開始した。
「無心……そう、無心で作業するとも」
「そう身構えなくても埋めるだけでいいのだがね。……ああでも、私を埋めたら出来るだけ急いで逃げた方がいいだろうな。来た道と反対方向に、宇宙に出られる出口を作っておいたから飛び出すといい。きっと面白いものが見られるよ」
「なんだか嫌な予感がするなぁ」
スペーススーツアウターは宇宙開発のための建機をルーツとするだけあって、こういう土木建築は得意分野である。
ザックザクと作業は滞りなく進んで、僕は土壁をあっという間に掘り進むと、ようやくシュウマツさんからOKが出た。
「よし。では、私をこの穴に放り込んで土をかぶせてくれるかな?」
「よくわからないけど……わかった」
言われるがままにシュウマツさんを放り込で、埋め戻す。
「よし! 撤退!」
どうなるかはわからないがブースターを全力で噴射して、言われたルートを一直線である。
ハッチを開き、僕は宇宙空間から飛び出した場所を振り返る。
今、僕の一番の懸念はこの後シュウマツさんがどうなるかだった。
「……こんなところで一人はきついから。シュウマツさんもいなくなったりはしないでくれよ?」
面白いものが見られるとは一体何か? 疑問は尽きない。
宇宙空間に飛び出して数分。ついに変化は起こった。
「えぇ……」
コロニーは小刻みに揺れていた。
そして施設の無数の穴から何かが猛烈な勢いで飛び出してきた。
それは確かに植物のようで、とんでもない大きさの根が施設に開いた不自然な穴全体から次々伸びていて、止まる気配はなかった。
「ナニコレ……」
そして、根を張ってからの成長は更にでたらめである。
バキバキと音を立てる勢いで幹が伸び、全体像は大きすぎて把握できないほどだった。
「だ、大丈夫なのかなこれ?」
これはコロニーが壊れそうだ。
コロニー出身者からしたら心臓に悪い光景だが、もはや見ている以外にどうしようもない。
「……止まった?」
ようやく振動が収まる頃には、完全に機械で出来ていたはずのコロニーは半分植物的な外観に様変わりしていた。
目を白黒させている僕だったが、その時何かがこちらに飛んできていることに気が付く。
蛍のような光体はフヨフヨ僕の方へ飛んできて、シュウマツさんの声で話しかけて来た。
「どうだろう? いい感じに育っているだろうか?」
「……まぁ、常識云々は今更か」
「何か言ったかな?」
「いいや大したことじゃないよ。それととてもよく育っているのは間違いない。少し育ちすぎじゃないかなとは思うけれど」
ハハハと渇いた笑いが漏れる。
木の生えたコロニーはどう見てもコロニーの常識からもかけ離れていて、普通とはいいがたかった。
「だからこそのサブボディだよ。光量も調節できるし、いい大きさだろう?」
「そこ大事かな?」
「重要だとも、こっちの方が話やすい。本体から直接語り掛けたら、首が痛くなってしまいそうだからね。どうだろう? 私の新生した姿は?」
僕は木を見上げる。
確かに大きすぎるのでどこを見て話をすればいいのか僕にはまるでわからないわけだが、すごいことだけはよくわかる。
僕は種から木に生まれ変わった友人に、素直に賛辞を送っておいた。
「おめでとう、シュウマツさん。それにしてもとにかく……でっかいね。どれくらいでっかいのかここからじゃわからないけれども」
「……それもそうだな。では一度全体像を見てみるかな?」
「全体像?」
「そうだとも。魔法で全体が見える場所まで飛んでみると言うのはどうだろう? 君のスーツくらいの大きさならそれくらい簡単だ」
「そんなこと出来るのかい? 宇宙船もないのに?」
「もちろん。転移魔法を使えばいい」
「……冗談言ってる?」
「冗談ではないが?」
シュウマツさんの極真面目なトーンに僕は戦慄を覚えた。
人類が宇宙に出て相当な年月が経過している。だと言うのにSF定番のワープ技術は未だ研究中の不安定なものでしかない。
半信半疑であるが、ここしばらくでありえないほどありえないを体験しているのだから反論するのは時間の無駄かもしれない。
僕は素直に頷く。すると僕の周囲は不思議な光に包まれていた。
「では行くよ?」
「お手柔らかに、これ以上驚いたら心臓が持たなそうだ」
「ならば残念なお知らせだな。きっと君はもっと驚くだろう」
それはまたあんまりな予言だが、当たる気がした。
パッとコマを飛ばしたように視界が切り替わったのは一瞬だった。
「おお……」
薄暗い宇宙に僕は浮いている。
そして―――見たこともない非常識な物体は、眼下にあった。
かなり離れているのか、視界に収まる範囲まで小さくなったコロニーはしかし、コロニーと言っていいのか僕にはわからない。
ドーナツ状の輪の真ん中にでっかい木が生えている。
木は青々とすでに茂っていて、全体はコロニーよりもはるかに大きいのだからもはやそれを植物と呼んでいいのかすらよくわからなかった。
「しょく……ぶつかなぁ」
「植物だが?」
僕にしてみればさも当たり前という言い方が、今は逆に疑わしかった。
「感想はどうだろう? 驚いてもらえたかな?」
期待交じりに感想待ちのシュウマツさんに、僕は期待に添えるとも思えない感想を口にした。
「どこから驚いていいのかわからない。宇宙空間にはみ出てるけど大丈夫なの?」
「種の時から大丈夫だったんだから大丈夫なのでは?」
「それもそうか……輪っかのついた植木鉢にでっかいブロッコリーが生えてるみたいだ」
「……待ってほしい。それは褒められているのだろうか?」
「うん。普通に感動してる」
いやゴメン。つい口を突いて出ちゃった。すごいとは思っている。
だってほんとにそんな感じなんだもの。
シュウマツさんは釈然としない様子だったが、今の形になったコロニーを見て、満足そうだった。
「まぁ……存分に楽しんでくれ。君が住人第一号だ」
シュウマツさんの言葉に、僕は目を丸くした。
なるほど確かにその通り。
僕は今まで考えたこともない不思議な視点でコロニーを眺める。
このおかしな大地を独り占めできるというのは中々悪い気分ではない。
「なるほど……それは贅沢でいいね。ところで、後で転移の魔法も詳しく教えてくれない? 研究したいんだ」
「そっちなのかね?」
「うんまぁはい。転移って要するにワープでしょ? 元々研究してたから少しはね?」
僕は魔法使いでも大富豪でもなく、技術者だ。
理解出来るところから注目していきたいところなのである。
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