第2話可能性はゼロではない
僕は契約という言葉に咄嗟にお断りしてしまった。
「なぜだね!?」
「いやつい、ゴメンゴメン」
ずいぶん驚いているシュウマツさんには悪いが、この土壇場で『契約』というのはやはり少し考えてもためらわれた。
だってと僕は答える。
「どうしても契約と聞くと身構えちゃって。適当なことは出来ないだろう? まして僕は死んでしまうのに、君ばかりに責任を押し付けるのも悪い。せっかく宇宙の果てで出会った友達なのにさ」
「……友達。私達は友人なのだろうか?」
「そうだと嬉しいね。話した時間は短いけれど、楽しい時間だったから」
もちろん親しくなっているとまでは言わないけれど、最後の時間は楽しかった。
こうして特別な時間を共有した彼を友人と呼ぶのに抵抗はない。
「確かに、楽しいと感じる時間だった。それに君の言うことは理解出来る……ふむ」
「でしょう? それじゃあ手を放すから……」
「いや……待ってくれ」
「……そろそろホントにまずそうなんだけれど?」
引き留められたことに困惑する僕に、シュウマツさんがした提案は予想外のものだった。
「それはわかるがちょっとだけ待ってくれ。君と私が友人だと言うのなら……私も今、目の前の死にそうな友人を救うために尽力するとしようじゃないか」
「それは……嬉しいな」
「ふふふっ。そうか。ならば頑張るとしよう。ちなみにどうやったら助かるだろうか?」
「そうだなぁ……とりあえず救助が来て、呼吸が出来るようになれば……眠りからは覚めるかなぁ」
「ふむ……君は呼吸する生物なのだね。空気があればなんとかなるかな?」
それが気休めであったとしても、心配されると言うのは悪くない。
僕は息苦しさを感じ、目を閉じる。
生命維持が難しくなれば、スペーススーツはコールドスリープモードに入るだろう。
次に目を覚ます時は、救助された時か。あの世になるかもしれない。
「そう……だね。空気を感知すれば外気を取り込んで、蘇生もスーツが勝手にやってくれる……はず。問題なく、動いてくれるのを期待したいね」
おっかないのでせめて安らかにと睡眠薬を使用して、目を閉じようとしたのだが―――。
意識がまどろみに沈む中、不思議なことは起きた。
とても強い光がスペーススーツのモニターを真っ白に染める。
光源はどうやら手の中のようだった。
「うっ……」
「おお!―――大丈夫かね? 中々目を覚まさないから心配したよ」
友人の声で目を開けた。
今僕はまだアウターの中にいるようだったが、不思議と息苦しさはなくなっていた。
時間にして9時間ほど。
睡眠薬はよく効いたようだが、コールドスリープはどういうわけか動いてすらいないらしい。
何が起こったのかと体を動かすと、体に重さを感じて僕はディスプレイを見た。
僕は今、どことも知れない場所に寝ていて、その場所には地面があった。
そして景色は今までの暗闇と様変わりしていた。
「……え? なにこれ?」
「大気を作るのは得意なんだ。植物だけに。それよりも……ホラどうだろう? ここでなら君も息ができると思うんだが?」
「……息? そんなバカな?」
岩だらけで殺風景だがまるでコロニーの中の様な景色を僕は見た。
計器をチェックするとそこには、間違いなく生存可能な大気が存在していて、なくなる寸前だった酸素が補充されていた。
あまり使うことがない機能は幸い正常に働いたということらしい。
アウターがすでに外気との気圧を調整し、足りない酸素も補っている。
後は外からなり内からなり、インナーのロックを外せば外にも出られるらしいとのことだが……寝て起きたら宇宙に空気があると言われても到底納得できるわけもなかった。
「な、なんで? どこなんだここは?」
「疑似的に生存できる環境を再現するというのはいい案だね。だから私も君の見せてくれた情報を基に真似させてもらったんだ。もちろん私なりにだが」
「な、何をしたんだ?」
「だから作ったのだよ―――コロニーというやつを」
「えぇ?」
「周囲に材料はそろっていたからね。星の欠片を大分使ってしまったが、足りてよかった」
「それは……なんというか」
僕は言葉に詰まった。
シュウマツさんの言葉はあまりにも馬鹿げたセリフではある。
だが実際に宇宙空間ではない場所を目にしているのだから可能性はゼロではない。
なんとも……宇宙には不思議なことがまだ眠っていたらしいと僕は結論付けるのが精一杯だった。
「さぁ、その鎧から出てみてくれないだろうか? うまくいっていると思うのだが」
「あ、ああ、うん」
僕はそんな呼びかけに、ゴクリと喉を鳴らした。
数値上では酸素があると言うことだが、やはりためらってしまう。
計器の故障ではないか?という疑念もあった。
さっきまで宇宙だったところに突然謎の技術でコロニー作りましたよと言われても、脳みそが納得していないわけだ。
そりゃあおっかない。だけど計器は絶対の指針でもある。
酸素が補給できて、僕が生きている時点で、嘘ではないのは確定だった。
「ええい! ビビるな!」
僕は意を決してアウターのロックを解除して外に出た。
ハッチが開き、肉眼で見た世界はまるで現実感がない。
そしてついにインナーのヘルメットに手をかけるとひやりと背筋が冷たくなる。
ブシュッという軽い衝撃と大きめの音が、最後のロックを解除した合図である。
生身と外との隔たりがなくなり、とりあえず僕はヘルメットを外して思い切り空気を肺に吸い込んだのだが……いきなり猛烈に体が重くなり、目が回った。
「うっ!」
「ど、どうした!」
「エロエロエロエローーー」
僕は思い切りこみあげて来たものをリバースした。
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