【完結】宇宙の果てで謎の種を拾いました

くずもち

第1話宇宙の果てのシュウマツさん

「……うぅん……」


 僕が目を覚ますと、宇宙服のまま暗闇の中を漂っていた。


 とても全身が痛い。


 そして宇宙空間での作業を円滑にサポートするための外装である、宇宙船外活動用スペーススーツは耳元のスピーカーから矢継ぎ早に警告を発していた。


 現在の座標は、不明。


 本当に何が起こったのか僕にはわからない。


 混乱してパニックになりかける中、僕は自身の事を考えることでどうにか平静を保った。


 僕の名前はカノー。


 火星と木星の間に流れる小惑星帯で働く、とある実験船の一スタッフ……のはずである。


 今日も今日とて日課である宇宙空間のゴミ拾いに精を出し、さて疲れたし帰ろうかと思っていたんだけれど……それは現在不可能ということらしい。


 だって今、僕の帰るべき宇宙船はまるで元からなかったみたいに綺麗さっぱり消えていたからだ。


「レーダーに反応もなければ、カメラにも何にも映らない……。いったい何が起こったんだろう?」


 僕の居た船は宇宙船とはいっても、研究施設をそのまま丸ごと持って来たような500mを超える大型艦だった。


 そう簡単に消えてなくなるようなものではなかったはずだが、実際いなくなられるとどうしようもない。


 宇宙空間を漂う事しかできない僕はまさに手も足も出ない、石っころみたいな状態だった。


 命を繋いでいるのは、生命維持用の宇宙服スペーススーツの「インナー」。


 これはいわゆる通常の宇宙服で最後の命綱である。


 そして作業用の大型外装、スペーススーツの「アウター」。


 これは今僕が乗っているのは全長3mほどのロボットのようなもので、搭乗者の動きをトレースして動く作業用機械だ。


 スーツと言ってもある程度の移動が可能だし、装備も最低限は備えているがあくまでも最低限。単独で宇宙航行が出来るような代物ではなかった。


 そんなアウターが出す警告の中には、現在深刻な事故が発生し、救助の見込みはなしとある。


 推奨される方策は、コールドスリープによる延命である。


 この野郎、非常用のコールドスリープ機能でビーコン出しながら宇宙漂流しろと? 


 とりあえず想像できる結末は……そのままどことも知れない場所に流れて、宇宙の藻屑ルートが濃厚だった。


 僕はフゥと息を吐く。控えめに言って宇宙だけにお先真っ暗もいいところである。


「……何が悪かったんだろうなぁ。高額の給料に惹かれたことかなぁ……。それとも、多少怪しいとは思いつつ、楽しそうだからって好奇心を優先したことかなぁ……全部悪かったんだろうなぁ」


 事の始まりはコロニーで技術者として働いていた僕がとある求人に心惹かれて、仕事を辞めたことだろう。


 現在アステロイドベルトと言われる隕石群の調査は、無人機はともかく生身の人間はほとんど立ち入っていない未開拓の領域だった。


 人類がまだ到達していない未知をこの目で見るチャンス。こんな機会はそうないと、多少怪しいのに目を瞑ったらこのありさまなのだから笑うしかない。


 まぁ、ロマンは確かにあったのだけれど……実際こうなってしまえば案の定ひどい結末だった。


「船にいたみんなはどうなったんだろう? いや、そう言えばほとんど顔合わせたことなかったな……そもそも船に対して人間少なすぎなんだよ。作業員はアンドロイドばっかりだったし。一番新顔だからって船外活動ばっかりやらすのはどうなんだ……あれ? まともな思い出がないな」


 おかげで助かったところもあるが、僕の他に生存者もなし。つまり―――


「ああ。うん。これは死んだな……」


 僕は真っ黒な虚空を仰ぎ見た。


 僕一人分の音しか聞こえない静寂に、ただただ広がる暗黒と星。


 宇宙って本当に広い。


 その広さはあまりにも絶望的で、状況が突き抜けすぎていていっそ感動してきた。


 見ている人は誰もいないが、だからこそ暴れるのも往生際が悪いか。


 せめてこのまま静かに、宇宙の一部になろうかな? などと恐ろしい境地に達しようとしていたのだが、その時コツンと何かがスーツにぶつかって、僕は咄嗟にそれを掴んでいた。


「なんだ?」


 感触はおそらく硬い。


 アウターのアームはかなり大きいはずだが、そこにすっぽりと収まるサイズの何かを僕はディスプレイ越しに見る。


 ただ手の中にあったモノは、宇宙空間ではありえないはずのものだった。


「何だろうこれ? 植物の……種?」


「―――聞こえるかな? 私を握る君」


「……?」


 その時、突然話しかけられ、僕は視線をさ迷わせた。


 無線でもなく、脳をゆすられたような意思疎通の方法に僕は……いよいよ死んだかな? とため息を吐いた。


「なんだろう? 神様的な?」


「違うよ―――落ち着いてほしい。いや君は落ち着きすぎているな」


「ええ、まぁ。最後位は静かにね」


「そういうものだろうか?……そういうものかもしれない」


 同意をいただけて、何より。


 取り乱さないでいられたのは我ながら驚きだった。


 妙に冷静な僕に、声は問う。


「少し聞いてもいいだろうか? 君は生き物なのだろうか? ずいぶん武骨で冷たい感触だけれども?」


「そうだよ? これは宇宙で生きるための服みたいなもので、中には生身の人間が入ってる……で、わかるかな?」


「ああ、なるほど。鎧みたいなものを着込んでいるのかな? うん、人間も理解できるとも」


「それはよかった。ちなみに僕も尋ねたいのだけれど、君はその……植物の種のように見えるけど合っているかい?」


「ああ、合っているね。まさしく種で間違いない。では不躾だが、もう一つ訊ねたい。君が生身で人間だとすると、この場所はずいぶん生きていくのは大変そうに見えるのだが、このままで大丈夫なのかな? そうとも見える態度ではあるのだが?」


「大丈夫ではないかな? 諦めているだけで。今のところ死んではいないけれど……助かりそうではないかな?」


「ふむ。望んだ状況ではないのだね。しかしだとすると、もう少し色々リアクションをするものではないだろうか? 例えば……そう、故郷に帰りたいと叫ぶとか」


「なんてことを言うんだい。確かにリアクションは薄いけれど、考えたら最後、取り乱しそうな話題もあるんだ」


「……すまない。ただ妙に穏やかなので気になってしまって」


「いや、構わないよ。このまま黙って死ぬのも寂しかったところさ。会話の相手になってくれるととても助かるよ」


「そうかい?」


 未練を刺激するようなことは言わないでほしいのだが、こうして会話が出来ると言うだけでも少し落ち着くのは確かだ。


 宇宙は少々静かすぎる。それが例え、植物の種だったとしても話し相手は歓迎したいところだった。


「それにしても故郷……故郷か。元居たスペースコロニーを出て、こんな宇宙の果てに志願してきたくらいだからなぁ」


「そうなのかね? スペースコロニーというのが君の故郷なのかい? 聞きなれない単語だが」


 僕がしみじみ言うと、なぜだか妙な種は妙な部分に興味を示してきた。


 まぁ種だしスペースコロニーを知らないのも無理はない。


 今際の際の話し相手に僕はもうしばらく付き合うことにした。


「コロニー知らない? えーっとスペースコロニーって言うのは人間が作った宇宙の故郷ってところかな。ああ、よければ映像を見る? それくらいなら見せられるよ」


「ほう。是非見たい」


 リクエストに応えて、僕は映像を外に投射してみた。


 これでも技術者の端くれである。


 僕の体の中に埋め込まれているメモリーにはコロニー関係のデータも沢山入っていた。


 いざって時に何も知らなければ対処のしようもないから、義務化されている宇宙の技師の嗜みである。


 謎の存在に見せていいのかが若干疑問だが、今更ケチる意味もない。


 映像にして映し出されたトーラス型のリングのついたコロニーを見て、声はたぶんとても感激していた。


「おお……ここに人間が住んでいるのか。これは素晴らしい。無駄なく、とても洗練されているね」


「でしょう? 人類の知恵の結晶だよ」


「確かに……って、やっぱり、君は暢気すぎると思うんだが?」


「そうかな?」


「そうなのでは? ちなみに尋ねたいのだが……君はここがどこだかわかるかね?」


 改めてそう尋ねられて、僕は記憶をたどって現在位置を口に出した。


「宇宙の果てかなぁ。もっと言うと……火星と木星の間にある小惑星群の中……だと思うんだけれど。なぜか僕がいた実験船はなくなっちゃってるから正確ではないかもしれない。生存者は僕以外見当たらないし、助けにこれる場所でもないね」


 素直に答えると、声もまた答えた。


「なるほど、めちゃくちゃ大変じゃないか。……ここは本来人がいるような場所ではないんだね」


「そういうこと。だから僕が助かるのは絶望的なんだ」


「それは気の毒に……実は君に出会う前、強力な時空の歪みを感じたんだ。ここで何かが起こったのだろう。君の状況は非常に残念に思うが、生きているのは奇跡的だ」


 声はそう教えてくれたが、僕は元居た実験船を思い浮かべて、そんなことが起こってもおかしくはないとため息を吐いた。


「命は風前の灯火だけれど、奇跡に立ち会えたのならうれしいよ。……何だかろくでもない実験でもしていた感じがするなぁ。僕も混ぜてくれればよかったのに……」


「え?」


「いや、こっちの話。まぁ今更気にしてももう仕方のないことだよ。ところで、こんな宇宙の果てで話を聞いてくれた君の名前を教えてくれないか?」


 僕はせっかくなので現状一番の謎を尋ねてみる。すると声は意外にもあっさり答えてくれた。


「私は──もう名前もない種だね。“終末”を迎え、世界の果てで朽ちていくのを待っていたはずなんだが、気が付くとここにいたわけさ」


「えっと……“週末”は……みんな趣味に精を出すからなぁ。植物だと間引きの一つもされるかも。気の毒に」


「とても大きな情報の齟齬を感じる」


「僕もさ。そもそも僕の知ってる種はしゃべったりしないし」


 ただ多少のすれ違いなんて、植物と人間の間で会話なんてすれば当り前だろうと僕が言うと、彼は納得した。


「確かに。理解不能であることは理解する」


「助かるよ。じゃあその「シュウマツ」さんはなんで僕に話しかけてくれたんだろう?」


「……シュウマツさんというのは私の呼称なのかな?」


「そうだよ? まぁ間に合わせだからあんまり気にしないで」


「いや……了解した。気にしないことにしよう。最も君はもう少し状況を気にするべきだと思うが」


「そっちは気にしてもどうしようもないからね。もう少ししたら取り乱すかもしれないよ。我ながら混乱しているだけかもしれない」


 ただ、どこの誰かもわからない彼に恨み節を残すのも忍びない。


 だから僕は出来るだけ前向きに語ることにした。


「まぁ人生何が起こるかわからないのも面白いところだろう。悪い目が出たからって人のせいにはしないよ。それにこんなところでシュウマツさんに出会えたのは、きっと幸運だったのさ。いい冥途の土産が出来た。死んでしまうのは悲しいけれど、一仕事終えたと思うことにするよ」


 しみじみ答えた僕の意見に、シュウマツさんはなぜかしばし沈黙していた。


「私は……その考えに共感を覚える」


「ありがとう。それで? シュウマツさんはここで何を?」


「何かをしていたわけではないよ、たまたま巡り会っただけさ。だいたい私を掴んだのは君じゃないか」


「それはそうだね」


 確かに、種らしきものは僕の手の中にある。


 掴んだのは他の誰でもない僕だった。


「じゃあ、ごめんなさいかな? ごめんね。こんなごっついアームで掴んじゃって」


「問題ないとも。ちょっと痛かったが、まだまだ潰れはしない」


「……大変申し訳ない。丈夫なんだね」


「それが取り柄だとも。まぁ終末後となると、少々疎ましい特技ではあるが」


「いいんじゃない? 頑丈なのはいいことだ」


「そうだろうか?」


「そうだよ。健康第一さ。いつ何があってもおかしくないんだからと、今になって思うね」


「それは確かにその通り」


 ハハハと僕らは笑う。


 いやぁもう本当にその通りである。笑うしかなかった。


「だがこの出会いに、私は驚きと共に喜びを覚えているよ。謝罪など必要ないとも」


「それはよかった。僕も君と出会えて嬉しいよ」


「うむ。実に運命とは面白いものだ」


 宇宙の果てで出会った人類以外の知的生命体とのやり取りは、それなりに楽しい時間だった。


 しかし、そろそろ終わりはやって来る。


 僕のスーツは酸素の残量が生命維持の限界であることを律儀に知らせてきていた。


「ああ、でも残念だ。そろそろ時間みたいだよ。ひょっとすると不愉快な声を聴かせてしまうかもしれないから、手を放すけどいいかい?」


 なるべく穏やかに聞こえるようにシュウマツさんに伝えたのだが、彼は僕の提案を拒否した。


「いや……まだあきらめるのは早い。こうして掴まれたのも何かの縁なのかもしれないと、私は感じているんだ。どうだろう?―――私と契約をしないか?」


「お断りします」


「えぇ……」


 いや、即答したのは悪かったけれど、拒否したのはお互い様だから許してほしいと僕は思った。

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