第74話 裁判開始

 俺は手錠をつけられた状態で、監獄内に設けられた法廷に立たされていた。

 テレビのニュースとかでよく見る、眼の前に裁判官がいて両サイドに弁護人と検察がいるアレとほぼ同じ構図。

 ただ違うのは、正面に裁判長席はなく裁判を行う執行官のレイさんが、巨大な鏡を背に直立不動で立っている。

 また弁護人は存在せず、検察官がわりにデブラがふてぶてしく席に座って傍聴している。

 たった3人しかいない寂しい法廷は、しんと静まり返っていた。

 仮面をつけたままのレイさんは、重苦しい雰囲気をまといながら低い声で開廷を言い渡す。


「これより、囚人番号0721 サカイ・ユキムラの裁判を執り行う。被告人、番号と名前に間違いは?」

「ありません」

「まどろっこしいことはいらないんですな。執行官、早くこ奴に死刑を言い渡すのですぞ」

「……その前に、共犯を連れて来い」


 ガチャリと裁判所のドアが開き、ミーティア、エルドラ、ヴィクトリアのママたちと、テミス、それにラッキー、ビーフまでもが手錠をつけられた状態で連れてこられた。


「彼女たちは被告人の仲間であり、被告人の脱獄を手引するためこの島へとやってきた」

「なんと、まさか司教が」


 デブラはわざとらしく「なんてことだ、神よ」と手を組んで見せる。


「彼女らは数日前、来島して講演予定だったノルン教司教になりかわっていた。今朝、本物の司教から再訪の連絡があり、彼女たちが偽物であることが発覚した」

「私はどうなってもいいからユキちゃんだけは帰して!」

「そうだそうだ! そもそも冤罪だぞこちとら!」

「ウチの子返さないと暴れるぞ! いいのかボクはガチでやる痛いタイプだぞ!」


 ミーティア、ヴィクトリア、エルドラママたちが口々に声を上げると、レイさんは腰にさした剣を抜き、地面を激しく叩いた。

 すると地面から鎖が伸び、ママたちの体に絡みつき身動きを封じる。


「お前たちに発言を許可した覚えはない」

「そんな、レイちゃん」

「くそっ、すっかりあたし達のこと忘れてやがる」

「被告人には監獄長デブラへの暴行及び窃盗の罪」

「執行官、殺人未遂ですぞ。殺されかけましたからな」

「殺人未遂の罪。また本人自供によるケルナグール看守長殺害の容疑がかけられている。ケルナグールの遺体は供述通り、特別棟地下より発見された。この件については証人を呼んでいる。入れ」


 レイさんの言葉で入廷してきたのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべたマルコである。

 マルコは証言台に立つと、俺を見て発言を行う。


「こいつはかねてから脱獄を計画しており、牢屋に穴を掘ったりしていました。またケルナグール看守長様に強い殺意を抱いており、動機もはっきりしています」


 ケルナグールに殺意を抱いてるのは、この島の囚人全員だろと思う。


「またそこにいる豚と一緒にモルタルを奪う等、計画性のある犯行だと思います。こんな奴早く死刑にした方が良いですよ」

「そこまでは必要ない下がれ」

「はい!」


 マルコは本当に嬉しそうに、バーカくたばれと言いたげに俺を見たあと、判決が下るまで残っているのか入口ドアのそばで待機している。


「執行官殺せ! 殺すのです! よくもわたくしのかわいい息子をやってくれましたね! 激しい拷問の末処刑してくれますぞ!」

「被告人、間違いないな?」

「はい、認めます。全部俺がやりました。訂正があるのだとしたら、全てを主導したのは俺です。他の仲間は俺が巻き込みました」

「ほら、奴もこういっている。まどろっこしいことはやめて早く判決を出すのです!」

「被告人、弁明はあるか?」

「俺は間違ったことはやってません」


 レイさんは小さく息を吸うと、審議を確定させ判決を下す。


「では判決を言い渡す。被告人は――」


 俺にとって、何を言われるかわかっているので、処刑内容が火炙りだろうが、電気椅子だろうが、絞首刑だろうが別段どれでも驚くことはない。

 だが、


「――無罪とする」


 この判決には驚いた。

 誰もが死刑を免れないと思っていたので、この内容に驚き沈黙する。

 しかしデブラは立ち上がると、怒りで血管が千切れそうになりながら声を荒げる。


「どういうことだ! ふざけるな理由を言え!」

「では、事件に関わる証人を呼ぶ。入れ」


 レイさんが合図をすると、今度はベアトリクスさんとロゼリアさんが姿を現す。

 入廷したロゼリアさんは、囚人服ではなく騎士服へと戻っていた。


「その女は囚人のはずでは?」

「私が釈放し、騎士に復帰させた。彼女が収監された事件内容を確認したところ、必要な証拠が見つからなかった」

「ふ、ふざけるな、監獄長のわたくしは聞いておりませんぞ!」

「冤罪が確認された場合、執行官の裁量で釈放し、社会復帰させて構わないと法で定められている。監獄長にわざわざ確認を取る必要はない」


 ロゼリアさんを釈放したってことは、これもしかして?

 俺はレイさんのステータスを見やる。

 彼女の頭上のHPバーの上には、洗脳を示すデバフアイコンが消えている。


「レイさん、自力で解いたんだ……」

「証人、ケルナグールについて話せ」


 ロゼリアさんが前に出て話す。


「ケルナグール及び他の男騎士たちは、特別棟地下を宿泊施設に改造。そこに囚人と女騎士を連れ込み、性的暴行、及び殺人を繰り返していました」


 ベアトリクスさんは、俺がスマボで撮影した特別棟地下で、ケルナグールが二人を犯そうとしている映像を映し出す。

 そこには奴が剣を持って襲いかかってくる姿も映し出されていた。


「そんなバカな! そいつは嘘をついている! 映像もデタラメですぞ!」

「この件に関して、他の女騎士、男騎士双方から証言がとれてる。そして特別棟裏の墓地から、妊娠した女性の遺体が複数体発見された」


 レイさんは、俺ではなくデブラを睨みつけながら理由を語る。


「被告人は先程の事実を知り、ロゼリア、ベアトリクスを救助に向かった。その際、ケルナグールに襲われやむを得ず殺害。この件に関しては正当防衛とする」

「ふ、ふざけるなよ! 何が正当防衛なのです! こいつは我が子を殺したのですぞ! モルタルを使って殺すなんて計画性があったとしか思えん!」

「正当防衛だ。私が正当防衛と言ったら正当防衛だ!」


 冷静だったレイさんが声を荒げてる。彼女クールだと思っていたが、意外と激情家かもしれない。


「ケルナグールは、強姦し妊娠した女性を何人も殺している。彼が助けにこなければ、ベアトリクス、ロゼリア両名の命はなかったことだろう。デブラ監獄長、あなたはこの件について知っていたはずだ」


 急に飛び火したデブラは、脂汗をかきながら大きく首を振る。


「知らん、知りませぬぞ!」

「特別棟地下を改築するには、あなたの許可が必要だ。知らないは通らない」

「し、知るかそんなもの! この裁判はこの男を死刑にする裁判のはず。なぜわたくしが糾弾されなければならないのです!?」

「必要なことだからだ。ケルナグールの余罪は多く、そのどれもが個人ではなく組織的に行動しなければ行えないものばかり。特にデブラ監獄長、あなたの関与は否定できない。そしていくつかの件については、相手の意識を変化させなければできないものだ」


 意識変化、つまり洗脳魔法の使用。


精神感応魔法マインドコントロールの使用は、クリスタルフロストだけでなく全世界で禁止されている」

「ま、待て、それよりわたくしを襲った罪はどうなるのです!? 殺されかけた被害者がいるのですよ!!」

「そのことに関しては、監獄長を襲撃したのではなく窃盗の方が本当の目的。被告人は、あなたが別館に帰宅してから4時間以上屋根裏に潜伏していた。殺す目的であれば、十分すぎるほどの時間であり、被告人が捕まった当時あなたはケガ一つしていなかった。被告人に殺意はなかったと見て間違いない」

「そんなのは予測にすぎん! 何を寝ぼけたことを言っているのか!」

「私は被告人の裁判を行うにあたり、調査を行った。彼らの足跡を追うと、崩壊したマグマンに行き当たり、更にトンパ村へと到着した。村民から話を聞くと、被告人および共犯者達はゴブリンに襲われるトンパ村を救い、マグマン崩壊で行き場を失ったドワーフを救助。そして今回は、囚人の立場でありながらベアトリクスとロゼリアを救った。被告人の行動は一貫して誰かを救助することが目的であり、監獄長襲撃もその目的の一つと推測される」


 レイさん、まさかトンパ村まで調べに行ってたのか。


「そんな証言だけで、犯行を否定するな!」

「ならば監獄長、被告人が狙っていたというグリモアの提出を」

「な、なぜそんなことをしなければならないのです!?」

「監獄長が所持しているグリモアは、当然ノルン教の聖書のはず。ここで開示することになんの躊躇いが?」

「断る! わたくしを犯罪者扱いするんじゃない!」

「証拠が提出されなければ、被告人の無罪は覆らない。有罪にしたいのなら提出を」


 レイさんの詰め方がエグい。

 お前が麻薬持ってんのはわかってんだよ、と言いたげな警官みたいな圧のかけ方だ。


「ぐ、ぐぐぐ。執行官、このわたくしを敵に回したいのですか!? クリスタルフロスト最高評議会議長であるこのわたくしを!? さっさと奴を死刑にしろ!」

「司法とは民を守るものであり強者が振りかざす権利ではない。例え監獄長であろうと国王であろうと、私の判決を覆せる証拠がないのであれば無罪だ!!」


 殴りかかってきそうなデブラに、レイさんは毅然とした態度で切り返した。

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