第73話 執行官殿?

 デブラは警戒しながら寝室内を歩き回る。

 俺達はその様子をヒヤヒヤしながら天井で見守る。


「ビーフ、お前足跡消したか?」

「あ、やばい」


 デブラはビーフの蹄あとに気づくと、腰を下ろして観察する。

 しかしV字型の跡が、なんなのかわからず首を傾げている。


「なんかわからんけどバレてへんぞ」

「まぁ普通オークの泥棒が入るとは思わないもんな」


 結局諦めたようで、デブラはキャビネットを開けワインを取り出すと、優雅に寝酒を決め込む。

 それから1時間ほどして眠気がやってきたのか、奴はグリモアを棚にしまうとベッドに横になり、激しいいびきをかきはじめた。


「寝たな」

「寝たけど、あいつ金庫に本入れよったから釣り竿では無理やぞ」

「あれだけ寝てるなら降りても大丈夫だろ」


 俺達は念の為用意していたロープを天井から下ろし、ソロリソロリと寝室に降り立つ。

 奴がグリモアをしまった棚を見ると、木製のでかい食器棚みたいな外観をしており、中に頑丈そうな金庫が鎮座している。


「くそっ、寝る時も腰にぶら下げとけよ」

「寝落ちするとわかって、ちゃんと金庫に入れるところは用心深いやっちゃな」

「ラッキー解錠を頼む」


 解錠スキルのある彼が金庫にとりかかる。

 しかし、ものの数秒で首を振った。


「無理だ」

「諦めるの早すぎんか? まだ10秒くらいしか経ってないぞ?」

「見たらわかるだろ、この頑丈な機械ロックを。オレだって南京錠くらいなら針金で開けられるけど、これもう鍵穴すらねぇもん」


 確かに金庫は銀行ATMみたいなテンキーがついており、暗証番号を入力しないと開かないタイプである。


「適当に打ち込んだらあかんのか?」

「やめとけ、この手のタイプは何回かミスると警報が鳴るやつだ」


 金庫に詳しいラッキーは、金庫の奥を指差す。

 そこにはでかいラッパみたいなものがついている。


「なんだこれ?」

「ハンターホルンだ。音トラップとしても活用されるもので、恐らく暗証番号を間違えると、物凄い爆音がここから流れる」

「マジかよ」

「もうめんどくさいし、金庫ごとパクってもうたらどうや? 朝になったらバレるけど、その前にタレコんだったらええやろ」

「仕方ない、そうするか」


 俺とラッキーは、ビーフの言う通りに金庫を持ち上げようとする。

 しかしビクとも動かず、めいいっぱいの力を入れると棚がミシッと音を立てた。


「ダメだこれ、この金庫、棚に固定されてる」

「棚は床に固定されてるな。どんだけ用心深いんだよ」


 どうすんだこれ? と、全員でビクともしない金庫を見やる。


「ゆきむら、お前のドリルでこじ開けたらあかんのか?」

「金属製だから、とんでもない音と火花が出るぞ」


 何か音をさせずにこじ開ける方法はないものか……。

 思考を巡らせていると、デブラが「う、うん!」とでかい寝言を言う。

 俺達は慌ててベッドの下に隠れた。


「あいつ肥満やから無呼吸症候群やな。窒息しかかって起きることあるぞ」

「寝酒も睡眠浅くなるって言うもんな」


 あんまり時間かけてると、不意に起きたデブラに見つかってしまう。


「ラッキー、あれ鍵だけ壊したら音鳴らないと思うか?」

「多分ホルンはあの操作盤に繋がってるっぽいから、暗証番号間違えない限り大丈夫だと思うが」

「ならあれを使うか……。ビーフ頼みがある、テミスに言ってあるものを調達してきてくれ」

「あるもの?」



 それから30分後、ビーフは件のものを持って帰ってきた。


「ほい、持ってきたぞ」


 ビーフが口を開けると、中に入っていたのはプルプルした、水餅みたいなモンスター。

 この監獄の水路にも存在する、最もポピュラーで最も低級なモンスタースライムである。


 俺は受け取ったスライムを金庫のある棚にのせ、乱暴に突っついた。

 するとスライムは防衛反応で、ビュッと酸液を放出する。

 酸が付着した金庫は、白い煙を上げながらどんどん腐食していく。

 俺は早く開くよう更にスライムを突っつくと、ビュッビュッと酸を吐き出してくれる。


「よーしいい子だ」

「よースライムの酸で鍵溶かそう思たな」

「昔見た映画で、脱獄するときに牢鍵を薬品で腐食させるっていうシーンがあったんだ」


 金庫にしらばく酸を浴びせ続けると、カチャンとロックが外れる音がした。


「やったぜ」


 扉を開くと、気持ちの悪い目玉がついた魔導書グリモアとご対面。

 こいつは頂いていくと、グリモアを持ち上げた瞬間だった。

 突然激しい電気が流れ、俺はグリモアを取り落とす。


「痛った! なんだこれ!?」


 床に落ちたグリモアがふわりと宙に浮き上がると、ハードカバーにくっついた赤い目玉が俺達をギョロリと睨む。


「この本生きてる!?」


 グリモアはバチッと黒い電流を迸らせ、金庫を攻撃する。

 その直後、ハンターホルンから「ブオオオオオオオ!!」と、けたたましい音が流れた。


「こいつ、警報鳴らしやがった!」


 グリモアの目玉の下に書かれている文字が、弧の字に歪む。

 それは慌てふためく俺達を笑う、口のようにも見えた。


「雪村、逃げるぞ!」


 ラッキーとビーフは、即座にロープを登って天井へと逃げる。


「ゆきむら、お前もはよ!」

「誰かが捕まらないと、侵入経路も全てバレる。俺が捕まるからお前たちは逃げろ!」

「お前、ほんま! ワイそういう俺に任せて先に行け、みたいなセリフ嫌いなんや!」

「オレたちがここで捕まる意味がない、行くぞ!」


 ラッキーは残ろうとするビーフを無理やり連れて脱出する。

 遅れて寝ぼけ眼のデブラが起き上がり、怒筋を浮かべて俺を見やる。


「貴様がネズミの正体か」


 ホルンを聞きつけてやってきた看守が俺を取り囲む。

 抵抗しても無駄だと思い両手を上げてみたが、降伏はあまり意味がなく、どつき回されて気絶した。



 目を覚ました俺は、周囲を見渡す。

 どうやら椅子にくくりつけられており、身動きはとれない。

 窓もなく暗いが、天井からは陽の光が差し込んでいる。

 俺は上を見上げて気付いた。

 ここは牢屋ではなく、恐らく水が枯渇した井戸のような場所に入れられているのだと。


「昔の本で見たことあるな。捕らえられた罪人の中で、最も重い罪の人間が入れられる牢」


 確か忘れられる牢ウブリエットだっけ。

 文字通り井戸状の縦穴牢に、罪人を身動きできない状態で閉じ込め、そのまま放置する。

 誰も罪人を閉じ込めたことを覚えておらず、忘れられた牢には白骨死体だけが残っていると。

 後ろを振り返ってみると、予想は当たっていたようで無数の人の骨が転がっていた。


「まずいな……」


 ビーフたちは無事に逃げ出せただろうかと心配していると、不意に天井の格子が開き、縄梯子が降ろされる。

 俺は頭上を見上げると、そこには金属製の仮面をつけた女性の姿があった。


 レイさんは俺を牢から出す。


「ありがとうございます」

「何が起きたかはデブラ監獄長から聞いている。今から貴様の裁判が行われる。貴様はそこで有罪が確定し……処刑されるだろう」

「死刑ってわけですね」

「その通りだ。デブラ監獄長に手を出して、死刑にならないわけがない」

「奴の持つグリモアを調べてください。それで全てがわかります」

「そんな言い分通ると思っているのか?」

「この国をおかしくしているのは奴です。そしてあなたは洗脳されている」


 きっとこんなこと言っても、何言ってんだコイツ? と思われてるんだろうなとわかる。


「ではもう一つ、ケルナグール看守長を殺したのは俺です。特別棟地下にある部屋を調べてください。そこにケルナグール看守長をモルタルで固めて埋めました」

「…………どういうつもりだ?」

「どうせ死刑になるなら全部白状しておこうと思って」

「……なぜ殺した?」


 レイさんの仮面の奥の瞳が鋭さを増す。


「殺さないと守れなかったから」

「そんなことをしたら司法が崩壊する」

「司法側が弱者から奪っている」

「ならそいつを法廷に上げて、正しく裁くことが必要だ」

「ケルナグールを本気で裁けましたか? デブラという最高権力者の親がいて、女騎士は男騎士より身分が低いと決められているこの国で」

「だからと言って、司法を介さない個人の善悪で殺人を行っていいわけがない」

「司法で守られた悪っていうのがいるんですよ。のうのうと弱者をレイプして殺しておきながら、法に守られている悪がね」

「悪人を殺すお前も悪人だぞ」

「俺は最初から自分をいい奴だなんて思ってません。ただ俺の手の届く範囲だけを守れる人間になる」

「…………」

「司法はいつだって強者の味方をする。貴方の持っている剣は、一体誰を守る剣なんですか? 執行官殿」

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