第72話 3バカ

「というわけで、俺とビーフでデブラのいる別館に忍び込んでグリモアを盗んでくる」

「我々も行きましょう」

「いや、マークされているロゼリアさんとベアトリクスさんは待機しておいて」

「しかし」

「万が一俺がしくじって捕まった場合、二人も一緒に捕まっちゃうと終わりなんだ」

「わかりました」

「それじゃあ、今日の夜に」


 作戦を伝えると、ビーフはグリモアのダミーを作ってもらう為にエルドラさんの元へと向かっていく。

 他の皆も、あまりベタベタくっつきすぎないようにそれぞれ離れる。

 俺が一人になった後、不意に後ろから声をかけられた。


「おい雪村」


 振り返るもの面倒なマルコだ。


「なんだ?」

「お前あの豚と結託して、脱獄しようとしてるんだろ?」

「知らんなぁ」

「すっとぼけても無駄だ。お前らが怪しい動きを見せた瞬間、看守にチクってやるからな」

「逆に聞くが、お前はここで一生を終えたいのか?」

「テメェだけ助かるのが許せねぇ」


 話にならんな。俺のことが憎すぎて、自分のことすらどうでも良くなってる。

 俺が切り上げようとすると、マルコは更に声をかける。


「なぁ雪村、今日使うはずだったモルタルがなくなってるんだが?」

「……なぜそれを俺に聞く」

「なんでだろうな、お前なら知ってる気がしてな。いなくなった看守長、消えたモルタル、脱獄を企てている囚人。何かつながりそうじゃねぇ?」


 ほんとこういうところだけ鋭いな。他は全部終わってるくせに。


「知らんなぁ」


 俺は完全にすっとぼけて、無視を決め込んだ。



 その日の夜――


 俺はビーフ、エルフのラッキーと共にデブラの寝泊まりしている別館へとやってきていた。

 既に風呂場の直上の部屋に移動し、準備を行っていた。


「なーんでオレがここに呼ばれたんだ?」

「デブラがグリモアを金庫とかに隠すかもしれないからな。ピッキング要因として呼んだ」

「ほんとびっくりしたわ、お前が床下ぶち抜いて顔出した時は」


 俺はラッキーの捕まっている独房の真下の階から、逆に天井をドリルで掘って彼を脱獄させたのだった。


「女騎士も仲間になってるっぽいし」

「ラッキーは懲罰房に行ってから知らないと思うが、女騎士と囚人を仲間にした。今回ラッキーの脱獄の手引をしたのも彼女だ」


 一応彼には、デブラのグリモアに洗脳の術式が書かれており、それを盗んで奴の悪事の証拠にしたいと話してある。


「なんかオレ、そのうち3バカとか言われそうでこえぇよ」


 仲良さそうで嫌いではないネーミングだけどな。


「ここが風呂場の上か?」

「ああ、そのはずだ」


 俺は床板に穴を開け、下の風呂場を見やる。

 広い浴場には、お湯を吐き出すマーライオンなんかがあって豪華だ。

 プールみたいな浴槽には既に湯がはられていて、白い湯気が立ち上っている。


「ほんま自分だけええ風呂入っとるで」

「権力者なんてそんなもんだろ」

「これで入ってくるのが、むちむちボインのギャルなら最高やけど、肥満の中年オヤジの裸なんか見てもなんも嬉しないわ」

「「全くだ」」


 俺は風呂場に開けた穴とは別に、脱衣所の天井にも大きめの穴をあける。


「ビーフ、竿は?」

「あるで、お前のママンほんまなんでも作ってくれるな」


 俺はビーフからリールのついた竿を受けとり、糸を引っ張る。

 この釣り竿の先にはマジックハンドがついており、高枝切り鋏みたいにグリップ部分を握ると、ハンドが物を掴むことができるのだ。

 つまりこの穴からハンドを垂らして、グリモアを掴んで釣り上げる。

 そして本物がとれたら、ダミーのグリモアを下ろして俺達は逃げる。

 証拠を残さず、盗んだ後も気づかれない。

 あまりにも賢い、あまりにも天才、IQ2000のほぼルパンの犯行。


「ほとんどクレーンゲームだな」

「なんやクレーンゲームて?」

「景品の入った箱の中に、こんな感じにアームを下ろして掴み上げる商売」

「そんなん簡単すぎて商売にならんやろ」

「それが確率機っていう、悪いこと考える大人がいるんだよ」


 数回テストしてみた結果、本ぐらいの重さなら余裕で釣り上げることができるので、多分大丈夫なはず。

 そのまま3人で約1時間ほど待機しながら、今までの経緯を話していると、デブラが別館に帰ってきた。


「ゆきむら、来おったぞ」


 奴は都合のいいことに、帰ってきて早々風呂へと向かってきている。


「全く、何が湖からも見つからないだ! 見つからないなら潜って探せ、間抜けどもめ!」


 デブラはぶちぶちと、部下への怒りを爆発させながら脱衣所で裸になる。

 俺達は嬉しくもない男の脱衣シーンを天井から見守る。

 まさか奴も野郎3人に見られながら風呂入ってるとは思うまい。


「あのおっさん、ワイの友達のジャイオントオークみたいな3段腹しとるな。豚より豚みたいな腹しとるで」

「宗教で稼いだ金が、全部皮下脂肪の下にいってるんだろ」

「まさしく私腹を肥やすてか」


 奴が風呂に入っていくのを確認し、俺はすぐに脱衣籠に入った奴の衣類を見やる。だが、どうにもグリモアが見えない。


「ん~どこだ?」


 散らばった服の中に隠れているのだろうか?

 だとしたら一旦服を釣り上げないといけないが、そう思っていると風呂場を確認していたラッキーから声が上がる。


「おい、あいつ風呂場に本持って入ってるぞ」

「マジかよ。本ビチャビチャになるだろ」


 俺も風呂直上の覗き穴を見やると、奴は全裸になってもグリモアがついたベルトは外しておらず、あろうことかそのまま風呂に入っているのだ。

 グリモアは耐水の魔法でもかけているのか、湯を浴びても全く濡れている様子はない。


「どんだけ大事にしとんねん。子供のおもちゃか」

「でも逆に信憑性が高くなった。あのグリモア、絶対何か悪いことが書かれてるぞ」

「どうするんや? あんなベルトに繋がってたらとれんくないか?」

「やるだけやってみるか……」


 俺は奴の直上に移動し、こっそり音をたてないように床に穴を開ける。

 デブラは下で目をつむりながら頭を洗っていて、無防備な状態だ。

 今ならとれるか? と思い、マジックハンドを穴から降下させる。

 しかし下ろした位置が悪く、奴の正面、股間付近にハンドが降りてしまった。


「あかんぞゆきむら、ハンドが奴のお宝の位置に落ちた」

「くそっ、そんな景品いらねぇ」

「このままハンド握って、奴のお宝ごと引っ張り上げたらどうだ?」

「せや、握り潰したれ」

「二人で無茶苦茶言うな」


 あいつの毒キノコ、もぎっちまえよと言うラッキーとビーフ。


「ん?」


 デブラは頭に泡を乗せ、目を瞑ったまま周囲を見回す。

 どうやら俺達の気配に勘づきつつあるようだ。

 俺は慌ててリールを巻いてハンドを回収する。


「しょうがないプランBに移行する」


 風呂場での奪取を諦め、奴が寝た後に奪うプランBへと変更。

 俺達は奴の寝室直上の屋根裏へと先回りを行う。

 場所移動した後、俺は天井の天板を外し、寝室を覗き込みグリモアを隠しそうな場所を探す。


「本棚やサイドボードに置きそうだけど、風呂の件を見るに寝てる時も腰にくっつけたままじゃないのか?」

「せやな。多分無防備にほったらかしにはせんぞ」


 だとすると釣り上げるのはかなり難しい。


「ワイがちょっと見て来たるわ」


 ビーフは天井からシュタっと寝室に飛び降りると、周囲を見渡しながら歩き回る。

 数分して、ビーフは天井に向けて手を伸ばした。

 俺はマジックハンドを垂らしてビーフの手を掴むと、リールを巻いて天井へと引っ張り上げる。


「どうだった」

「やばいぞ、棚とか引き出しとかほとんど全部に鍵ついとる。用心深いというより病的や」

「ラッキー、ピッキング頼むぞ」

「やるけど、あんまり複雑なのだと無理だぞ」


 ラッキーがピッキング機材の針金を、髪の毛の中から取り出すと、ガチャリと音がしてデブラが部屋に入ってきた。

 奴は何か不審な点に気づいたのか、入った後2度3度、部屋の中を見渡した。

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