第71話 追放

 俺達はデブラのグリモアを盗むことを決意。

 あれさえあれば、洗脳魔法の正体を暴けるはずだ。


「でもユーキ、どうやって盗む? デブラは常に護衛をくっつけてるし、腰にぶら下げてたらこっそりってわけにもいかない」

「そりゃやっぱ人間が無防備になるところを攻めるわけよ。完全に油断しきって、丸出し全裸になってる場所と言えば?」

「トイレ?」

「ト、トイレか、確かにトイレも丸出しになるけど、全裸にはならないかな」


 ん? ベアさん、もしかしてトイレは全裸になるタイプ?

 トイレは全裸じゃないとダメって人いるみたいだけど。


「答えは風呂だよ」

「なる」


 奴が風呂に入ってる隙に、こっそり脱衣所に入って盗むってスンポーよ。


「しかし、風呂だと上がってきた時、なくなっていたら大騒ぎになるのではないです?」

「そこは偽物のグリモアを置いておく。工作が得意なママがいるから、ダミーは作れると思う」

「今日風呂に入らなかったら?」

「だとしたらプランBかな。奴が寝ている隙に奪うしかない」


 ただ寝室はどこに隠すかわからないから、風呂場より難易度が高いだろう。

 俺達は訓練しながら、デブラがこの監獄島で寝泊まりする別館を確認する。 

 砦のような監獄の中で異彩を放つ白くピカピカな建物。

 ちっちゃい城みたいに見えるデブラの住まいは、奴の見栄や傲慢さが見て取れる。


「忍び込むのは地下から穴ほっていけばいいだけなんだけど、間取りがわからないと苦しいな」

「それなら自分がわかります。何度か入ったことがあるので」


 ロゼリアさんに別館の間取りを教えてもらう。


「二階に寝室があり、浴室は一階北です」

「なるほどなるほど。玄関がここで、階段がここになるのか」


 俺は地面に石で即席の見取り図を書き、概ね頭の中に侵入経路をイメージする。


「玄関や窓には恐らく感知魔法がついているでしょう。寝室や浴室のドアにもあるかもしれません」

「ってことは上から攻めるのが良さそう。風呂場の直上がここで、寝室の直上が屋根裏になるのか。中に警備っている?」

「奴がここに入れるのは女だけです」

「生臭僧侶め」


 親子揃って股間に脳が付いてるんじゃないのか?

 そうなるといろいろ準備が必要だな。

 ビーフに頼んで、エルドラママに工作してもらおう。

 そう思っていると、ビーフが中庭をテクテクと歩いていく姿が見えた。

 どこに行くのだろうかと見やると、男騎士側の詰め所だ。

 恐らく仲間であるマルコたちの元へと向かったのだろう。


「ごめん、ちょっと見てくるね」


 ロゼリアさんたちとわかれ、後をつけてみることにした。

 すると予想通り、ビーフはマルコとガイアのもとに顔を出していた。

 俺は物陰に隠れ、こっそりと盗み聞きを行う。


「お前ら、ワイが助けに来たやで」

「ビーフじゃねぇか、どうやってここに来たんだ?」

「それはワイが機転を利かせて、奴らのボートに乗り込んだんや」

「なかなかやるんだな。さっさとおでたちをここから出すんだな」

「それはちょっとまだ無理やねんけど、今ゆきむらって奴と、脱出できひんか経路探ってるさかい」


 その名前を聞いた瞬間、マルコの目の色が変わる。


「お前、あいつとつるんでんのか?」

「つるんでるっちゅーか、協力してる。意外と根性ある男で、多分あいつとなら脱出でき――おごっ!」


 マルコは唐突にビーフの腹を蹴り上げた。


「い、いきなり何すんねん……」

「一人じゃなにもできねぇ豚だと思ってたけど、よりによってあいつと組むとはな」

「脱獄するまでやないか、ワイは別にあいつの仲間になったわけじゃ……」

「うるせーよ、裏切り者が。大体、オレたちが捕まったときガタガタ震えてた豚がよ」

「そ、そないなこと言われても、ワイかて怖いもんは怖いし……。で、でも今はこうやってお前らを助けにきたんや。ワイは義理堅いオークやからな、お前らがワイを拾ってくれた恩、ちゃんと返すで!」


 熱意のあるビーフに冷めた視線を返すマルコ。


「お前には悪いんだけど、お前を仲間にした理由って囮にする為なんだよ」

「お、とり? なんやそれ」

「魔物なんかに襲われた時、お前を敵に放り投げて逃げるんだ」

「じゃないと、チビオークなんか仲間にしないんだな」

「囮、エサとも言うかな。誰もお前に戦力としてなんか期待してねぇよ」


 話を聞いていて居たたまれなすぎる。

 これまでビーフと接していてわかるが、彼は口が悪くスケベなところはあるものの、頼まれるとなんでも、任せておけ、なんとかしたると頼もしく答えてくれていた。

 当たり前のように監獄内を徘徊しているものの、それだって勇気が必要だ。

 マルコとガイアを助けるため、見知らぬ俺達と手を組んで乗り込むのも情に厚い。

 きっと誰かの役に立ちたいという気持ちがあったからだと思うし、マルコたちのことを本当の意味で仲間だと思ってたんだと思う。


「失せろ、お前なんか仲間じゃねぇ」


 マルコたちは辛辣な言葉を投げつけ、立ち尽くすビーフを放置し刑務作業へと戻っていく。

 俺はビーフの横顔から、ポロッと涙がこぼれ落ちたのを見逃さなかった。

 身動き取れない彼に、俺は後ろから声をかけた。


「ビーフ」

「!? お、おぉ! ゆきむらおったんか!」


 ぐしぐしと目をこすって、何もなかったことを装うビーフ。


「お前どうした?」

「いや、別になんもあらへんで! ちょっとブラブラしてたら、女騎士のケツが目に入ってガン見してただけなんや」

「そっか……。なぁビーフ、お前ここから抜け出せたらトンパ村に来いよ。すげぇいいとこだぞ」

「…………見とったんか?」

「少しな」


 ビーフは地面にお尻を下ろすと、じわじわと目に涙を貯める。


「ワイ、オークの中でもチビで皆にバカにされとってん。なんか功績たてたくて旅に出たんやけど、ピンチばっかりで心細くてな。仲間がほしくて、街に行ったけど全然誰も相手にしてくれんくて。そんな時、あいつらが仲間にしてくれるって言うてくれて嬉しかったんや」

「……俺が仲間になるよ。お前は凄く役に立ってる。お前にしかできないことがある」


 ビーフは目に溜まった涙をボロボロとこぼす。


「……おーきに、そんなん初めて言われた」


 一人で苦しかったんだよな。俺も一人だったときが長いからわかる。

 絶対あいつらが悔しくて、地団駄を踏むくらいの強いパーティーになってやろう。

 俺はビーフの蹄に拳を合わせた。

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