第70話 グリモア

 翌日――


 監獄内はごたついていた。

 それもそのはず、看守長であるケルナグールが行方不明になってしまったからである。

 当然奴と最後にあったロゼリアとベアトリクスが疑われたが、彼女たちは媚薬を使われた後、何も覚えていないという風に口裏を合わせた。

 俺がぶちぬいた床もちゃんと補修しておいたので、看守たちはケルナグールが本当に消えたとしか思えず、看守総出で捜索が行われている。


 俺はボートを使って湖の中を探している看守たちを見て、ご苦労さんと思う。

 奴の死体は特別棟の真下の土の中で、モルタルでガチガチに固まっていることだろう。


「本日より懲罰房に入ることになった、囚人番号0715だ」


 ベアトリクスさんは、手枷のついたロゼリアさんを連れてやってきた。

 騎士団はケルナグール行方不明事件の重要参考人として、ロゼリアさんを一般房から移してきたのだ。

 ロゼベアの二人をまとめておきたいという意図があるのだと思うが、こちらとしてもそれは好都合である。

 しかも懲罰房はベアトリクスさんと同室なので、これなら24時間安心である。


「それじゃあ訓練しながら、話し合いましょうか」


 俺は今までの経緯、司教様として入ってきてるミーティアさんたちが、俺の仲間であることを教える。

 また俺の出自、レイさんの封印を解くためにやってきたなど目的も教える。


「なんと、レイ姉様の子供!?」

「まぁまぁそういう可能性があるってだけですけど」

「確かにこの右腕に刻印されているのは稲妻の紋章。まさか勇者の子」


 ベアトリクスさんは、まじまじと俺のピースメーカーを見やる。あんまりスイッチは押さないで欲しい、オナホということがバレる。


「機械腕カッコいいね」

「そ、そうかな?」


 ベアトリクスさんは、俺の肩に顎を乗せべったりモードだ。

 

「ベアトリクスさん、口調ちょっとかわりました?」

「ベアは信用できるものの前では敬語は使いません」

「うん。ユーキは、わたしの内側に入ったから」


 なるほど、つまり好感度上がってデレたとみてよろしいのかな?

 彼女は両腕を俺の体に回して、密着してきている。


「ふふっ、この子はお気に入りをずっと抱っこしている癖があるのです。あなたは相当気に入られている」

「ユーキ好き」

「ありがとうございます」


 わりとしっかり抱きしめられていて抜けられない。

 まるでクマさんに抱きつかれているようである。


「姉様、まさかこのような出会いをするとは」

「数奇なものですね」

「このようなというのは?」

「我々は封印されしヴァルキリーたちの、第二世代勇者チームとして育てられてきたのです」

「いつか勇者の子と共に、魔王を討つ旅に出るため」

「なるほど。ちなみに男騎士側の懲罰房にいる、マルコとガイアって奴も勇者の子だけどね」


 そう教えると、ロゼリアさんはジェネレーターでの出来事が思い浮かんだのか苦い表情をする。


「御冗談を。あの人間のクズが? 自分が助かるために、他人を焼き殺そうとしたのですよ」

「残念ながらマルコがレイさんの息子ってのは確定だと思う」


 そう言うと、赤毛ロングと青毛ボブの姉妹は揃って首を振る。


「違う違う」

「姉様の子は君です。その母親がよくわからない子ってのが、マルコという男でしょう」

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、不明なのは俺の方なんだよね。あいつにはちゃんとレイさんの紋章が受け継がれてるよ」

「多分似てるだけで違う紋章」

「ベアの言うとおりでしょう。姉様の子が、あんなのになるわけがありません」


 二人はかたくなにマルコを認めない。

 こういうときちゃんと人に優しくしてないから、自分のやったことが返ってきている。


「結局どういう人間になるかは育った環境だからね。レイさんの性格までは遺伝できないよ。むしろちゃんと躾けてもらわないと、俺は選ばれた人間なんだって増長してしまうと思う」

「「むむむ……」」

「彼はなぜここに? レイ姉様を助けにきたようには見えませんが」

「レイさんが持ってる凍氷剣ってのをパクリにきて捕まった。あの剣があれば、自分たちを勇者として認めさせられるって」


 二人は顔をしかめ深い溜息をつく。なにかいい話ないのか? と言いたげだが、マルコに関しては本当になんもない。


「勇者とは武器や血で認めさせるものではありません。気づいた時、自然と周囲から認められているものなのです」


 ロゼリアさんのぐうの音も出ない正論。


「例えあいつが選ばれし勇者だとしても、わたしはサポートしない」

「ええ、勇者はあなたで間違いないでしょう」

「マルコのことはひとまず置いておいて、それより今はどうやってレイさんの洗脳を解くかだ。レイさんまだ帰ってこないけど、どうしたんだろ?」

「レイ姉様が戻るのは多分明日。調査が長引いても、大体2,3日で戻って来る」

「ならそれまでに、洗脳をなんとかできればいいけど。術者のデブラを叩くしかないかな?」

「しかし、呪術だと術者を殺してしまうと、術が永久に消えなくなったという話も聞きます」


 確かに、余計に強力になることもあると聞く。


「奴に解かせるのがいいんだけど、そんなことするわけないし」


 俺達が頭を悩ませている時だった、ボートに乗って誰かが監獄島にやってくる。

 レイさんが帰ってきたのかな? と思ったら、憤怒の表情をしたデブラだった。

 奴は上陸するなり、僧侶服と肥満の腹を揺らしながら早足で監獄へとやってくる。

 その間、お供の騎士たちをずっと怒鳴り散らかしていた。


「ふざけるな! じゃあ何です、私の息子は女を犯しに行ってから行方がわからないというのですか!?」

「は、はい」

「なら、その女が何か知っているに決まっています!」

「それが、ケルナグール様は女に致死量に近い媚薬を使っていまして、当時女は意識混濁状態で何も覚えていないようです。またケルナグール様も媚薬の効果を受け、意識が朦朧としていた可能性があり、性交後湖に落ちた可能性が……」

「何です、ケルナグールは一発やった後、賢者モードになりながら足踏み外して水の中に落ちたと!?」

「はい」

「そんな間抜けいるわけないだろ! 絶対に囚人が襲ったに決まっていますぞ! 探しだしてそいつの首を持ってくるのです! でなければ貴方達無能看守の首が飛びますぞ!」


 怒り心頭のデブラは監獄の中へと入っていく。


「ケルナグールって、あいつの子供だったのか」


 イカレてんなと思ったが、親もイカレてたか。

 しかしまずいな、デブラのやつ絶対当てずっぽうに言ってるだけだが、囚人がやったってのは正解なんだよな。

 すぐにはわかならいと思うけど、囚人に的を絞って調査を続けたら多分俺までたどり着くぞ。


「バレたら死刑確定か」


 そうつぶやくと、二人は両サイドからきゅっと俺を抱きしめてきた。


「お姉ちゃんが守るよ」

「ええ、二度救われた命。いざというときは、この国と敵対してでも助けましょう。それが騎士の誇り」


 乳サンドされながらも、俺の思考はクリアだった。


「あのさ、気になってたんだけどデブラって、腰にキモい魔導書グリモアぶら下げてるよね?」


 奴は赤い目玉みたいなのがカバーについた魔導書を持っており、それが着ている僧侶服と全く合っていなくて違和感を感じていたのだ。


「ああ、いつ頃からかぶら下げてますね」

「悪趣味、キモい、死んで欲しい」


 ベアさん結構毒舌だな。


「あのさ、あいつって多分最初から洗脳使えるわけじゃなかったよね? 使えたなら、最初からこの国を意のままに操ってただろうし」

「そうですね。恐らく数ヶ月前……」

「あのグリモア持ち始めたの、国がおかしくなった頃ぐらいじゃない?」


 俺の質問に、二人ははっとした表情を浮かべる。


「確かに……そのぐらいかも」

「間違いない。デブラが権力を握ったのと同じくらいから持ち出しました」

「多分誰かから貰った、もしくはどこかで見つけてきたんだと思う。つまりあのグリモアの中には、洗脳に関する術式が書かれている」


 大事なもので、どこにも置いておけないから常に携帯しているというのも筋が通る。


「あのグリモアがあれば洗脳をとける上に、奴の罪を白日の下に晒せる」


 これはもう盗む以外にないな。

 俺達三人は顔を見合わせ頷いた。

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