第66話 姉妹騎士

 俺は風呂から上がった後、すぐに懲罰房へと戻りベッドへと入っていた。

 しばらくしてレイさんも部屋に戻ってくると、彼女は執務デスクに座り、羊皮紙に向かって何やら書き記している。

 日報でも書いてんのかなと思いつつ、その後姿を見やる。

 30分程で書き物を終えると、レイさんはランタンの照明を吹き消し暗闇を作ると、隣のベッドに入った。

 ほんとに囚人と一緒に眠るんだな、普通の男と一緒に眠るのも抵抗あると思うが。

 そんなことを考えながら、眠りにつこうとするレイさんをチラ見すると、彼女は体を横に向けてこちらをガン見していた。


「お前、起きてるな?」

「……はい」

「なら聞きたいことがいくつかある」

「なんでしょう?」

「なぜ魔王軍の通信機を所持していた?」

「冤罪です。ポケットに入れられました。他の囚人もそうやって捕まってます」

「他の話は聞いていない。ではもう一つ、お前回復魔法が使えるな?」

「……使えません」

「ならばどうやってジェネレーター内で生き残った?」

「愛と勇気の力で」

「次ふざけたら殺すぞ」

「すみません」

「ジェネレーター内を調査したところ、空き瓶が6本見つかった。お前のものだな?」

「雪を入れて、水にして飲んでただけです」

「嘘はやめろ。残留物から魔素が検出された。高位魔力回復剤エーテル系の薬品だろう?」


 ただの母乳ですよとは言えない。これを言えば、潜入しているミーティアさんたちの存在も明るみに出るため、知らぬ存ぜぬを通すしかない。


「知りません」

「正直に話せ。懲罰房に入れられたものは、監査官の調査後裁判が開かれる。その時私は検事であり弁護人にもなる。私に正しい情報を渡しておかないと、お前は脱獄罪によって死刑だ」

「…………」

「お前が正しい情報を渡せば、私がそれを元に調査を行い減刑を行える。よく考えろ、沈黙していて良いことは何もない」

「…………」

「それだけ黙っているという事は、第三者が関与しているな?」


 鋭い。


「瓶にエーテルを入れて、お前に手渡した人間がいるはずだ」

「…………」

「吐け、誰だ? あのマルコとかいう男は、聞いてもないのにお前を売ったぞ?」

「俺は絶対あいつと正反対でいたいと思ってるので、何も喋りません」

「こちらを信用しろ」

「冤罪でぶち込まれて、何を信用するんですか? この監獄、何かがおかしいって気づかないんですか?」

「何を言って……ん……」


 レイさんは苦しげに呻く。

 俺の予想だが、十中八九彼女はデブラによって洗脳の類を受けてる。

 多分監獄の不都合な点に気づきかけると、こうやって頭痛が起きるんだ。

 術者によってかけられた洗脳の一つに、騎士団と看守の罪は見逃せという項目があり、その狂った認知がレイさんの正義と矛盾を起こしている。


「レイさん、まず俺ではなく直近でこの監獄に連れてこられた囚人たちを調べて下さい。犯罪者の不自然な増加に気づくはずです」

「お前がこちらに指示を出すな」

「指示じゃなくてお願いです。あなたがこの監獄のおかしな仕組みに気づいてくれなければ、俺は何も話せません」

「…………」



 翌朝、目が覚めると既にレイさんの姿はなかった。

 調べ物をする為今日一日いないとの話だが、俺の言っていたことを調べてくれればいいが。


「さて、洗濯物だな」


 俺は詰め所を周り、洗濯かごに女騎士たちのインナーやソックス、手袋などを回収し、外にある井戸で洗濯を行う。

 籠の中の匂いを軽くテイスティング。


「うむ、グッドスメル」


 午前中はベアトリクスさんの監視も薄いようで、つきっきりということはないみたいだ。

 そりゃそうか、詰め所には女騎士がゴロゴロしてるし、わざわざ背後でベガ立ちする意味もないだろう。

 冷たい水で洗濯物を洗っていると、特に偽装もせずビーフが俺の元に顔を出す。

 ブヒフビと豚のふりをしているビーフは、周囲の騎士たちから家畜用の豚だと思われているらしく、全く警戒されていない。


「おい兄ちゃん、いきなり牢屋かわった言われてビビッたで」

「すまん、他の囚人に脱獄チクられてこっちに移動した」

「マジかよ。そんなもんチクったってメリットあらへんやろ」

「まぁチクったのはマルコっていう、お前の仲間だけどな」

「マジで? あいつらどこ行ったんや?」

「騎士たちから噂で聞いたけど、男騎士の詰め所に懲罰囚人が二人入ったって。特徴がマルコとガイアに一致してるからそっちにいるかもしれん」

「男騎士側の詰め所行きたくないわ。なんかあっち殺伐としとる」

「それはわかる」

「あと臭いし」

「それもわかる」


 男騎士側って、洗ってない獣の臭いするんだよな。

 多分風呂入ってないと思う。


「兄ちゃん今何してるんや?」

「女騎士のパンツ洗ってるわ」

「最高やな。ワイも捕まったらそこに入れてくれ」

「困ったことに午前中はまだ警備がゆるいんだが、午後からはずっと女騎士複数人が俺についてて何にもできん」

「それあのミニスカの姉ちゃんか、ホルスタインのママンに変わってもらったら自由に動けるんちゃうんか?」


 確かに、監視が忍び込んでる味方に入れ替わったら好き放題できる。


「悪くない手だ。でもレイさん今内通者に気づきかけてるっぽいんだよ。接触するとまずいかもしれない」

「シスターのママンが、一日兄ちゃんに会えんかっただけで干からびかけてるで」

「ごめんって言っておいて。ビーフ頼みがあるんだけど、ロゼリアって囚人調べて。赤髪でウルフロングヘア。かわった眼帯をつけてる女性」

「そいつの何調べるんや?」

「この人多分元騎士だと思うんだけど、前職となんで捕まったか。それとシールドやカウンタースキルを持ってないか」

「わかった任せとけ。ついでにスリーサイズも調べといたるわ」


 頼もしいビーフはタッタカターと、監獄へと戻っていく。



 午後――

 ビーフの仕事は早く、朝に調べに行って午後にはもう戻ってきていた。


「聞いてきたで」

「早いな」

「外見に特徴があるしな。最初は黙っとったけど、兄ちゃんの名前出したらすぐに話しよったわ」

「それでどうだった?」

「職業はこの国の元騎士。ガーネット騎士団って言うのが前まであったらしい。そこのトップやったみたいや」

「やっぱりな」

「捕まった罪名は国家反逆罪。デブラの言うてることがあまりにもおかしくて、奴の身辺を洗ってたら捕まったらしい。そんで兄ちゃんの言う通り、シールドスキル持ってたわ。あの子目の中に紋章があるらしくて、その紋章が精神干渉を防ぐんやと」

「なるほどな」


 この情報でいろいろ繋がった。

 まずロゼリアには洗脳者デブラの術が効かない、もしくは効きづらい状態だった。

 ロゼリアは、デブラによっておかしくなっていく騎士団に疑問を持ち調査を開始。

 デブラにとって彼女は術が効かない上、身辺調査まで始めて邪魔なことこの上なく、それならもう監獄に閉じ込めてしまえという思考になったのだろう。

 つまり彼女は騎士団の中で、何がおかしいかを立証できる人物。

 そして紋章は遺伝性であることが多いので、妹のベアトリクスも同じように洗脳が効かない。

 ベアトリクスの目的は、姉をデブラに暗殺されないように守っている。

 彼女が俺を良くしてくれているのは、ヒート当番までは守れなかったが、俺が守ったおかげで姉が助かったので恩を感じているというところだろう。


「そのシールドスキルって、薬物に効果はあるのか?」

「ない」

「ならデブラがやっているのは、認知を歪ませる洗脳魔法で間違いない」


 ならこれから俺がやらなければいけないことは、ベアトリクスをこちら側に抱き込み味方化する。

 そしてデブラが洗脳術を使っていることを明るみに出し、レイさんに裁判で暴いてもらう。


「あぁそうや言い忘れてたけどロゼリアって、聖騎士レイの妹やで」

「うぇっ!?」

「レイが19のときに出来た年の離れた妹や」

「ってことは、レイさんは23で凍って、そこから17年経ってるから今21歳か」


 封印のせいで、離れていた歳が2歳まで縮まったってことか。

 あれ? ってことはレイさんが俺の母親だったらロゼ、ベアの二人は叔母になるのか?

 これだけ歳近いと叔母っての変だし、姉さんか……。

 そんなことを考えていると、件のベアトリクスさんが訓練の為姿を現す。

 その脇にはミーティアママとヴィクトリアママの姿があった。


「訓練を行います。こちらは急遽司教様が視察されたいということで来て頂いてます」

「どうも~司教で~す」

「司教の護衛でーす」


 なぜ二人が……と驚いていると、ビーフが足元でフゴフゴと鼻を鳴らす。


「すまん、ワイがゆきむらここにおるでって伝えたら、絶対会いに行くって言っててな」

「そ、そうか」


 重度ムスコンのママが、2日も俺に会わないなんて耐えられるわけないもんな。

 手を振るミーティアママの口が(来ちゃった♡)と動く。

 来ちゃったならしょうがないな。

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