第65話 話が違う

 その日の夕方――


「ベアトリクスさんにボコボコにされたけど、最後はちゃんとヒールかけてくれるんだな……」


 優しいのか厳しいのかよくわからん。

 懲罰房という名のレイさんの部屋で待っていると、バンっと扉が開く。

 先ほどと全く表情のかわらないベアトリクスさんがやってきた。段々この人、感情のないアンドロイドに思えてきたな。

 ビクッと体を震わせたのを見て、彼女は眉を寄せる。


「わたしが怖いですか?」

「す、少し」

「危害を加えるつもりは、ない。わたしは安全です」


 ほんとにアンドロイドみたいなこと言い出したな。

 それでもビクついていると、ベアトリクスさんは両手を広げてみせる。


「こ、こわくない」


 言葉覚えたての魔物みたいだ。

 俺はそろりそろりと彼女に近づく。

 するといきなり抱きしめられ、部屋の外へと連れて行かれる。


「捕まえました」

「ぐわっ、罠だったか!?」


 魔力で腕力を強化しているのか、俺を軽々と抱き上げた状態で詰め所の外へと出た。

 夜になってまた気温が下がっており、監獄内の敷地にチラホラと雪が降っている。


「これから風呂に向かいます」

「風呂ですか?」


 そういや予定表に湯の準備ってあったな。

 監獄に来てから、雪で体を洗うくらいしかしてなかったことに気づく。

 抱きかかえられたまま運ばれると、石で出来た四角い小屋にやってきた。


「ここが風呂です」

「風呂ですか? 湯が見当たりませんが」

「司教様や、監獄長には専用の湯殿が用意されますが、我々騎士はサウナです」

「ふむ、寒冷地には多いと聞きます」


 石小屋に入ると、すでにむわっとした空気が漂ってきた。

 蒸気が肌にかかるのと同時に、焼け死にかかったジェネレーターが記憶に蘇る。


「いや、あの俺は遠慮を……」

「ダメです」

「しょ、正直に言いますと怖いんです。この熱が。皮膚が焼けるような気がして」

「不衛生です。ちゃんと入って」


 彼女の声音は、風呂を嫌がる弟を諭す姉のように思えた。

 それでも二の足を踏んでいると、ベアトリクスさんは自分の鎧を脱ぎだす。


「何してます?」

「わたしも入るので」


 この熱気に満ちたサウナに二人で? マニアックがすぎない?

 彼女は薄い湯浴み着に着替えるが、横乳はみ出してるし先端浮いてるしであんまり意味があると思えない。


「早く」

「いや、あの俺そんな服ないんですけど」


 湯浴み着を指さしながら言うと、ぽんと小さなタオルを渡される。これで隠せという意味らしい。

 渋々囚人服を脱いでサウナ内に入る。中には木製のベンチとサウナストーンが入った籠が置かれている。

 やはり皮膚に熱気が当たると、ピリッとした痛みが走る。

 俺が逃げようとすると、ベアトリクスさんに腕を捕まれた。

 彼女は先にベンチに腰掛けると、自分のむちっとした膝をパンパンと叩いた。


「直に座らず、ここに座ると熱くないです」

「膝の上ですか?」

「はい、ここで汗を流しなさい」


 ここでって……。ベアトリクスさんの弾力のありそうな太ももは、汗でしっとりと濡れている。

 くそっ、本当は嫌だが仕方なく座るしかないな。決して太ももの感触を味わってみたいとか、そういう邪な感情はない。本当だ。

 頭の中で言い訳しながら彼女の膝の上に腰掛ける。

 遠慮気味に腰を引いてると、彼女は俺の腰を掴んで自分の元へと引き寄せた。


(この背中に伝わる2つの感触は……)


 昼間ベアトリクスさんをおぶった時もこの感触を味わったが、薄い湯浴み着と汗で濡れた肌だと生々しさが違う。

 ぺったりと大きなスライムが、俺の背中に張り付いているようだ。


「やっと大人しくなりましたね」

「これ他の囚人にもやってるんですか?」

「いえ、通常懲罰房に入れられた囚人は、男騎士が面倒を見ます。我々女騎士側に男の囚人が回ってきたのは初めてです」

「な、なるほど。なんで俺は女性側に回されたんでしょう?」

「団長のご意向です。あなたは不審な点が多い為、直接観察されると」

「なるほど」


 ってことはレイさんが取り計らってくれなかったら、俺は男騎士側に回されて、サウナでえらい目にあってたのかもしれないのか。

 そう考えるとラッキーとしか言いようがない。


「「…………」」


 密着したまま、お互い何も話さない時間が気まずすぎる。

 なにか話題を求めて少しだけ振り返ってみると、ベアトリクスさんは眼帯のついていない左目で俺の方をガン見していた。


(うわ、めっちゃ見てる……というか風呂場にも眼帯つけてくるんだな)


 あれ? ちょっと待てよ、あの眼帯、ロゼリアがつけてた奴と一緒じゃ。


「あの……つかぬことをお伺いしますが、ロゼリアという囚人を知ってますか?」

「ロゼリアはわたしの姉です」

「えっ!? あのここに収監されている、眼帯をつけた」

「はい、あれはわたしの姉です」


 なぜ囚われているのですか? と聞こうとした時だった、外から声が響いてきた。


「この声は?」

「他の看守が風呂に入りにきました」

「いや、ちょっと待って! この体勢で鉢合わせはさすがにまずいでしょう!?」

「何がですか?」


 ベアトリクスさんはキョトンとしている。

 恋人でもこんなに密着せんぞという距離でいたら、さすがに恥ずかしいという感情がめばえるはず。

 しかし彼女にとって、俺は逃がしてはいけない囚人なだけで、男女の意識は皆無のようだ。

 慌てているのは俺だけで、湯浴み着に着替えた女騎士5人がサウナに顔を出す。

 その中にはレイさんも混じっていた。


 レイさんは特に気にした様子もなく、対面のベンチに腰を下ろす。

 部下の女騎士達も、同じように腰をおろした。


「あの、執行官は専用の風呂があるのでは?」

「私一人が使うにはコストがかかりすぎる」

「な、なるほど」


 案外節約志向なんだな。

 それにしても、レイさんの体って本当に白くて美しい氷の彫刻みたいだ。

 顔は小さくそれぞれのパーツは整っていて凛々しい。本当にイケメン騎士だと思う。

 自分で言うのもなんだが、多分この人の遺伝子ははいってないんじゃないかな。

 レイさんがママンかどうかを考えているうちに、どんどん熱くなってきた。

 それもこれもベアトリクスさんが、俺を膝の上に乗せているからだ。

 大腿で熱せられた血が、脳に回ってきてオーバーヒート寸前だ。

 しかも人数が増えたことによって、サウナ内に一気に女性の匂いが増す。

 彼女たちの体は蒸気と汗で濡れており、湯浴み着が透けていく。張り付いた布で体のラインが浮き出ており、これもうほとんど意味ないなという状態だ。

 目のやり場に困るし、背中に乳はくっついてるし、匂いはすごいしで逃げ場がない。


「つかぬことをお聞きしますが、一緒に入るのって今日だけですよね?」

「懲罰房を出るまで毎日だが? 私かベアが必ずどちらかがつく」


 マジか……マジか……。

 懲罰房、なんて恐ろしいところなんだ。


◆◆◆


 その様子を覗いている囚人の姿があった。

 それは、雪村を懲罰房に追い込んだマルコとガイアである。


「ガイア、本当に女風呂に雪村が入ったのか?」

「ほんとなんだな。女騎士に押し込まれて中に入ったんだな。その後に何人も入ってるんだな」

「どうなってるんだ? 懲罰房ってもっとやばいところなんじゃないのか?」

「おれ達の方がひどい目にあってるんだな」


 二人は格子窓から中を覗こうとするも、蒸気が邪魔で何も見えない。


「クソォッ! 何も見えねぇ!」

「静かにするんだなマルコ。バレるとやばいんだな」

「構わねぇよ。これ多分懲罰房に行ったほうが楽だぞ」


 そんな話をしていると、後ろから男に声をかけられる。


「貴様ら、ここで何をしている!」


 怒鳴られビクっとする二人。

 振り返ると警棒を手にした男看守が立っていた。


「マ、マルコどうするんだな」

「正直に言って懲罰房に行こうぜ。すみません、風呂覗きやってました」

「おれもなんだな」

「貴様ら、監獄で犯罪を犯すとは! 懲罰房に連れていくぞ!」

「「はい、お願いします!」」


 力強く頷く二人に、看守は引いてしまう。


「な、なぜそんな明るく言っているのだ……懲罰房がどういうところかわかっているのか?」

「「はい!」」


 下心丸出しのスケベ顔で頷く二人。


「いいだろう、特別に今すぐ連れて行ってやる!」

「「ありがとうございます!」」


 これで自分も女騎士とサウナに入れる、ウハウハな生活になれると希望とスケベに心をときめかせるガイアとマルコ。

 しかし、その幻想はあっさりと砕かれる。

 マルコ達は看守に案内され、男騎士の詰め所へと連れてこられた。


「「あれ? なぜこっちに?」」

「懲罰房は詰め所の中だ」

「いや、あの、そうではなく、女騎士側じゃないんですか?」

「通常懲罰囚人は男騎士が面倒を見る」

「じゃあなんで雪村は!?」

「知らん、あいつは執行官が直々に監査することになっている」

「「はぁ!? 贔屓かよ!?」」


 マルコたちの身柄は看守から、筋骨隆々な男騎士へと引き継がれる。


「これから24時間貴様達を監視する、ハラス・セッカンスキー百人騎士長だ。貴様らをみっちり更生させてやる!」

「「ちょっと待って! 話が違う!」」

「貴様臭うな。まずサウナだ。ケツの穴まで綺麗にしてやるから覚悟しろ! 寝る時もクソしてる時も貴様らを監視してやる。プライバシーなどないと思え!」

「「いやああああああああ!」」

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