第64話 デブなどと言ってはいけない

「これに目を通せ」


  俺はレイさんから渡された紙を見やる。


「午前中は掃除洗濯、昼食後、午後から鍛錬及び座学、夕方は風呂、夕食、9時就寝」


 きっちりと何をやるか時間で区切られており、あまり隙間がない。

 というかこれ、ほとんどトンパ村でのいつもの行動じゃないか?

 そんなことを考えていると、懲罰房という名のレイさんの部屋に紺色髪ボブカットの女騎士が入ってきた。


「失礼します」

「彼女はベアトリクス、私がいない時はコイツがお前を監視する」

「ど、どうも」


 ベアトリクスと紹介された真面目そうな美女は、年齢18~20ぐらいだろうか? 特徴的な眼帯を右目につけており、両手を後ろで組んで休めの体勢から姿勢を崩さない。

 キリッとしたその表情はほとんど色がなく、良く言えば軍人ぽくて、悪く言えば人間味が薄い。

 ギャルゲーで言うと、無感情クール系騎士だろう。

 しかし体は騎士にあるまじきワガママボディであり、Pスカウターは97の(I)を記録。

 視線を胸元から下ろすと、白銀のブーツに包まれたむちっとした脚が目に入る。特に露出している白い太ももに目がいってしまう。

 

「こういう綺麗な脚に挟まれたい人生だった」

「何か言ったか?」

「いえ、なにも」

「彼女は騎士団の副団長を務めている。調子に乗るとねじ切られるぞ」


 ナニをねじ切られると言うのだろうか。


「今日は私とベアの二人でお前を見る」

「わかりました」


 ベアトリクスさんを含めた3人で、詰め所の外へと出る。


「午前のカリキュラムは省略し、訓練から行う」


 訓練か、懲罰房に入る前も訓練と称した看守からの可愛がりはあった。

 腕立て100回できないと顔面蹴られたり、腹筋できないと鳩尾にエルボー食らったりと、良い記憶はない。


「ここから四つん這いになり、100メートル移動してもらう」


 なるほど、雪の中手をついて移動するわけか。

 恐らくこちらのメンタルと体力を同時に削ろうとしているんだな。

 こんな冷たい中、四つん這いになったら霜焼け必至である。

 恐らく手の皮をズルズルにさせたいのだろう。

 そう思ったが

 分厚い手袋と、甲冑を改造した膝当てを手渡された。


「身に着けろ」

「いいんですか?」

「ケガをするだろう」


 意外と優しい。手袋とプロテクターを装着して四つん這いになると、レイさんは視線で指示を行う。

 するとベアトリクスさんが、ドンと俺の上にでかいケツを下ろして、横座りになる。


「ぐおっ!」

「ぐお、なんです?」


 ぐお、重いと言いかけたとは言えず。


「なんでもないです」

「この状態で、詰め所の周囲を周回してもらう」

「はい」


 俺はレイさんの指示で、ノタノタと四つん這いで監獄の敷地内を歩き回る。

 すると、刑務作業で雪かきをやらされている囚人たちが俺の様子に気づいた。


「なんだあれ」

「馬乗りプレイか?」

「あいつ懲罰房行きになった奴だな。多分看守にいじめられてるんだろ」

「……あれはいじめなのか?」


 デカいケツを乗せて100メートル四つん這いで歩ききると、疲れてその場に倒れ込む。


「ヒーヒーきっつ!」

「次はベアを乗せた状態で腕立てだ」


 レイさんの容赦のない指示。

 鬼かと思いつつ、彼女を背中に乗せたまま腕立てを行う。

 しかしケツが重すぎて10回くらいでへばってしまう。


「軟弱ですね」

「ずびばぜん」

「では次にスクワットです。勿論わたしを担いでやってもらいます」


 マジか。俺はベアトリクスさんを背負った状態でスクワットを行うが、さすがに過重圧で膝がガクガクいっている。


「すみません、鎧脱いでもらっていいですか!? さすがに無理ぃ!!」


 この人フィジカルが良いだけあって、鎧も含めたら多分6、70キロはあるぞ。


「軟弱ですね」


 そう言いつつも要望は聞いてくれるようで、鎧を外し黒の競泳水着みたいなインナーになってくれる。

 俺はそれをおぶって、問題に気づく。

 ベアトリクスさんのIカップが、背中でダイレクトに潰れている。しかもニプレスという概念はこの世界にないようで、先端の感触もある。


「どうした? 早く始めろ」

「は、はい」


 腕組みしてベガ立ちしているレイさんにバレたら、猥褻罪も追加されると思い、俺は力のかぎりスクワットを行った。

 30回ほどで脚がパンパンになり、前向きに倒れ込む。

 ぶっ倒れているにも関わらず、ベアトリクスさんは俺の背中からどかない。


「軟弱ですね」


 あまりにも冷たく男を軽蔑するようなベアトリクスさんの声。

 普通ならトラウマになってもおかしくないが、冷たくされればされるほど熱くなる俺がいた。

 誓って言うが俺はマゾではない。本当だ、信じてくれ。


「俺戦士みたいな体力職じゃないんですよ」

「言い訳は聞きたくありません。次は体術です」


 結構Sだなこの人。

 すでにヘロヘロな俺と、ベアトリクスさんは向かい合って対峙する。

 お互い公平を期すため、武器も鎧もなしのステゴロ勝負。


「息が上がってますね。それでも男ですか?」

「クソが、男を怒らせたことを後悔させてやるぜ! 所詮男と女では基礎筋力量に絶対的差があるんだ!」


 俺はヒャーと飛びかかるが、ベアトリクスさんはそれを簡単にいなし、俺を地面に叩きつけ上からのしかかる。


「男がなんでしたか? 確か筋力がなんとかと言っていましたが?」


 ぐぉぉぉ死ぬほどムカつくが、乳でおさえつけられて何もできない。

 ベアトリクスさんは、自分の下でもがく俺をどこか愉快げに眺めている。


「これで終わりですか? 口だけ男はつまらないですね」

「くっ、この下半身デ――がよ」


 禁句を言いかけると、彼女の体を押し付ける圧が強くなった。


「下半身なんですか?」

「おごごごごご」


 足太いの気にしてるんだな。

 このままじゃ乳に殺される。


「ベアトリクス、交代だ」


 今度は対戦相手がレイさんにかわる。

 ベアトリクスさんに勝てないなら、レイさんに勝てる見込みなんかゼロなんだが?

 そう思いつつも、再びヒャーと飛びかかり、同じようにいなされ同じように乳に押さえつけられる。


「くそ~離せ~(棒)」

「根性はあるようだな」


 仕切り直すも結局二人に勝つことは出来ず、ボディプレスやチョークスリーパーで完封負けしてしまう。

 しかも詰め所にいた女騎士たちが、見世物を見るように集まってきて、気づけば円形に囲われていた。


「やれやれ根性見せろ男~」

「頑張って~男の子~」

「団長、私にもやらせてくださいよ」


 などと野次を飛ばされている。



 その光景を再び囚人たちが見やる。


「あいつボコボコにされてるな」

「いや、ボコボコというよりご褒美だろ……」

「…………」


 その中には、俺を懲罰房送りにしたマルコも混じっていた。

 彼は激しい訓練を行う楽しそうな俺に、どこか納得のいかない顔をしている。

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