第63話 懲罰房

 レイは苛立ちを感じていた。

 昨日、司教と囚人の悪魔祓いを見てからだ。

 珍しく良い講演を行う司教だと思っていたが、終わった後になぜか囚人に悪魔祓いを始めた。

 その方法が奇抜で、口から直接悪魔を吸い出すというものだった。

 退魔儀式というのは世界各地に存在し、中には理解の及ばない方法で行うこともある。

 なので、そういうものもあるかと思っていたが、どうにもおかしい。

 口づけが悪魔祓いをしているというより、恋人同士のキスを見せつけられているようだった。

 それに対して自分が苛立ちを感じるのもよくわからず、腹の中を意味不明な怒りが渦巻いている。

 正直手が出そうなくらいキレそうだった。


「不純な行為を見せつけられたから腹が立っているだけ。それ以外にありえん」


 そう言って自分を納得させようとするものの、怒りが収まらない。

 例えるなら溺愛している自分の子供が、年上のお姉さんとキスしていて、ウチの子が知らない女にとられた! とキレたくなる気持ち。

 気づけば詰め所の壁を思いっきり殴りつけていた。


「だ、団長? どうかなさいましたか?」


 拳型に穴の空いた壁から部下の女騎士が覗く。


「なんでもない、囚人の様子を見に行く」


 レイは詰め所を出ると、監獄棟へと向かう。

 昨日は凄まじいブリザードだった為、雪の量が多い。

 独房棟に入り、件の囚人がいる牢の前へとやってきた。

 そこにはなぜか二人の少年がいた。

 一人は布団にくるまり座ったまま寝ている、この前までいなかった少年。

 そしてもう一人は煙を上げ横たわっている、自分の怒りの原因。


「ゴホッゴホッ」


 酷い臭いにむせてしまった。

 横たわっている少年は恐らく皮膚が焦げていて、それが悪臭を放っている。

 少年の体は炭化はしていないが、全身が赤黒く火傷していることがわかる。

 呼吸も非常に微弱で、恐らくこのままにしておくと息を引き取ることは目に見えている。

 どのような時でも取り乱さないレイだったが、その姿を見てひどく動揺してしまう。

 彼女の咳に眠っていたマルコが目を覚ました。


「あっ……どうかしました?」

「おいお前、そこの少年はどうなっている?」


 仮面の執行官が自身の母と気づいていないマルコだったが、執行官が通常の看守よりも上の立場ということはわかり、丁寧に答える。


「えっ? あぁこいつですか? 昨日ヒート当番だったんですよ」

「ヒート当番とはなんだ?」

「えっ? ヒート当番ってジェネレーターの保守ですよ。あんたらがやらせてるんでしょ。スコップ持って石炭をくべる」

「……待て、あんなところで生身で作業すればタダじゃすまない」


 長く氷の中で眠っていたレイにとって、ヒート当番なんて聞いたことがなかった。

 それも当然、ヒート当番はここ数年、看守が囚人をいたぶる目的でやらせている、ただの嫌がらせである。

 本当はあのジェネレーターは自動で動くものであり、人力で作業する必要はない。


「タダじゃすまなかったから、そいつ転がってるんですけどね。こいつ一人で9時間保守やってたんで」

「く、9時間?」

「100度くらいの部屋にずっと閉じ込められてたんで、そりゃこうなるって感じで」

「待て、こいつ一人だったのか?」

「いえ、オレ含めて20人くらいいましたけど」

「なぜ交代してやらない?」

「こいつがやるって言ったからですよ。本当は違う女が1番手に選ばれたんですけど、そいつが30分もたずにへばっちゃって。こいつが彼女が死ぬから俺がかわるって。善人ぶって庇ってるけど、ただのいい格好しようとしたバカです」

「……どう見ても重症だが、なぜ治療を受けていない」

「看守が多分死ぬから、治療費の無駄だって」


 地獄のような話を聞いて、レイは激しい頭痛に見舞われる。


「ぐっ……」

「大丈夫っすか?」

「問題ない」

「あっ、そうだ! 報告したいことがあったんですよ。これ見て下さい」


 マルコは喜々として、割れたレンガと隠されていたスプーンを見せる。


「こいつ脱獄しようと、密かに床を掘ってたんです!」

「…………」

「極悪人でしょう!? オレ、こいつの脱獄を未然に防ぎましたよね!? 恩赦とかないですか!?」

「…………お前は」

「はい?」

「別に仲が良くなかったのかもしれないが、こんな虫の息の奴を売ったのか?」

「売るって……そんなこと言われても、オレは”正しい”ことをしてますし」


 マルコは、仮面女の言い分が不思議でしょうがなかった。

 レイは考える。

 他の囚人を庇うために、一人で拷問のような作業を受けきった少年と、その少年を助けず恩を密告という形で返した少年。

 正しいとは一体なんなのかを考えると、頭に強い痛みが走る。


「わかった。こいつは懲罰房行きとする」

「はは、ざまぁ」


 レイは独房の鍵を開くと、雪村の体を抱き上げる。


「あ……つ……ぃ」


 体の芯に残った熱が放出できておらず、苦悶の声を上げている。


「死なれては罰を受けさせることはできない」


 そう口では冷静に言いつつも、レイは全力で医務室へと走った。



 俺は目覚めると、どこぞかのベッドの上だった。

 ぼんやりと腕をあげると、焼けてグロく爛れていた皮膚ではなく通常の皮膚に戻っていた。


「あれ?」


 誰か治療してくれたのか?

 目線だけで周囲を確認すると、ベッドの隣に椅子を置いて腰かけている金髪の女騎士の姿があった。

 それは紛れもなく仮面を外したレイさんだ。

 小説だろうか? 文庫本に視線を下ろしており、膝を組んで読書する姿は気品を感じる。

 まじまじと見る機会もないので観察してみると、女性らしく華奢ではあるが弱そうという感じは微塵もしない。

 全身から発っせられる鋭利な雰囲気。磨き抜かれた氷の剣のようで、安易に手を伸ばそうものなら腕ごと切り落とされそうだ。


 身を包むのは独特の形状をした青銀の鎧。バニースーツに装甲をつけたようなハイレグアーマーで、下のカットは鋭く、上は胸の北半球と谷間が露出している。

 俺のPスカウターが勝手に発動し、胸の横に98(J)という数値を表示する。

 この装備は一体どこを守る装備なんだと問いたくなるエロ鎧だが、彼女がそれを着ると凛々しい騎士の装備に見えるから不思議だ。

 彼女は俺の視線に気づくと、文庫本を置いて金属製のマスカレイドマスクっぽい仮面をつけ直す。

 切れ長の瞳はマスク越しからでもわかり、何もしてないのに謝ってしまいそうな冷たい印象を受ける。


「起きたか」

「あっどうも」

「痛みは?」

「よくわかんないです。でも皮膚は治ってます」

「そうか、神官騎士を6人も呼んだだけあったな」


 えっ? 6人がかりで回復してくれたってこと?


「囚人一人にコストかけすぎでは?」

「黙れ、その判断を下すのは貴様ではない」

「はい、すんません」

「これを見ろ」


 そう言うと彼女は先の割れたスプーンを取り出した。

 それは牢屋の床を掘るのに使っていた道具だ。


「貴様と同牢の男が、貴様の脱獄を報告した」


 うわ、マルコめ気づいてたのか……。しかもチクられた。


「貴様には脱獄の容疑がかけられ、事実ならば更に重い罰が課せられる」

「ちなみに罰というのは?」

「脱獄犯は例外なく死刑だ」


 ワオ、極刑。


「回復させたのは、貴様を観察し処罰の必要があるか調べるためだ」

「なるほど」


 全身火傷して回復したと思ったら更に重い罰か。

 死刑になるために生かされるって、つらみが過ぎるだろ……。


「明日貴様を懲罰房へと移動させる。期間は私の監査が終わるまで無期限とする」


 懲罰房か……監獄でも悪いことしたやつが行くところだな。

 あれ? でもレイさんが監察官になるってことは、彼女の洗脳を解くチャンスなのでは?

 思いもよらず接近することになった。



 翌日――


 俺は監獄棟一階で迎えを待っていた。

 言われた通り、懲罰房へと連れて行かれるのを待っているのだが。


「はぁ、懲罰房か……」


 一体どんなところなのだろうか。

 牢屋の四隅に看守がいて、24時間ずっと睨まれてるとか? いや、電気椅子みたいなのに拘束され、24時間身動きできない生活とか。はたまた天井にぶら下げられ、看守にずっとむち打ちされてるとか……。


「今から気が重い」


 ラッキーにも懲罰房のことを聞いてみたが、彼もわからんと言っていた。

 それってつまり、懲罰房に入って出てきたものがいないってことでは?

 不安に思っていると、レイさんが迎えにやってきた。


「こっちだ。ついてこい」 


 彼女は監獄棟を出ると、看守や騎士のいる詰め所へと入っていく。

 詰め所は女性用と男性用で分かれているらしく、入った詰め所には女騎士しかいない。


「? あのここは女性用の詰め所では?」

「そうだ。ここだ」


 レイさんは詰め所の一室で止まる。

 牢屋とは思えない普通の部屋だ。

 彼女はドアノブ下にある鍵穴に鍵を差し入れて扉を開く。

 中には恐ろしい拷問器具が並んで……いない。


 特になんら変哲のない個室だ。

 2つ並んだベッドに本棚、床には毛皮のラグマットが敷かれ、椅子がセットになった作業デスクの上にはチェスボードが置かれている。

 おまけに薄暗い牢屋と違って、照明が天井に備え付けられている。

 中級ミドルクラスの宿屋とさしてかわらない部屋だ。


「ここで私の監視下に置く」

「えっ?」

「懲罰房とは私の部屋だ。ベッドは新たに運んだ、文句言うな」

「いや、文句というか」


 むしろグレードアップしてますが?


「あの、貴女もここで寝るんですか?」

「そうだ。私のことは執行官と呼べ」

「執行官殿、囚人と一緒に寝るって危険じゃないですか? 寝てるときとか、俺悪いことするかもしれませんよ?」

「お前では逆立ちしても、私の寝首はかけん」

「それはそうなんですが」

「また、懲罰房ここでは特別刑務作業を行ってもらう」


 なるほど、ここからが本番か。

 まさか毎日ヒート当番をやってもらうとか、湖で寒中水泳やらせるとか……。


「この詰め所の掃除洗濯をやってもらう」


 拍子抜けの作業に、俺の背中でカーとカラスが鳴いた気がした。


「水道は外だ。恐らくこの寒さで、作業は地獄を極めるだろう」

「は、はぁ」


 洗濯だよな? いくら外寒いって言っても、地獄は言い過ぎでは?

 しかしレイさんは「少しやりすぎかもしれんな」と自分で言ってちょっと後悔している。


「おい、できそうか?」

「は、はい、大丈夫です」

「そうか……。作業後は湯を用意させておこう」


 ……この人、まさか怖いの見た目だけで、中身甘い人なのか?

 いや、実は洗濯は隠語で、なにか特別きついことでもあるのだろうか?

 しかし今のところ深読みして全敗してるからな……。

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