第62話 火葬
一人目の生贄が入った後、残りの囚人は地下から一階倉庫にある石炭の入った箱を運び出す。
一箱30キロはある、ずっしりとした箱を持って降りる。
「結構腰にくるな……」
一往復にかかった時間は約10分。ドアの前に箱が積まれ、囚人は2往復目に入る。
「はぁ疲れたんだな。倉庫が外で寒いし、箱は重いしやってらんないんだな」
「休憩だ休憩。こんだけあればしばらく持つだろ」
2往復目を終えたガイアとマルコは、地下階段にドカッと腰を下ろすと、他の囚人もそれを見習い休憩に入る。
俺は中が心配でガラス窓からジェネレーター内を覗き込むと、防護服を着た女性が必死にスコップを使って、燃石炭を火室に放り込んでいる姿が見える。
彼女の全身から煙が出ており、頭上に表示されたHPは100を切っていた。
「おい、彼女限界だ。2番の奴、交代してやってくれ」
俺がそう言うと、マルコが止める。
「なに言ってんだお前、あの女まだ動いてるだろ。倒れるまでやらせるんだよ」
「それにまだ30分も経ってないもんな。最低1時間はやってもらわないと困るんだな」
「ふざけるなよ! 死ぬまで交代しない気か!?」
「そういう制度だ。嫌ならテメェがかわってやれよ。ほら他の連中も、かわいそうだと思うなら助けていいんだぞ。そのかわり順番繰り上げで、中に入ってもらうがな」
マルコは他の囚人たちを威圧するように言う。
囚人たちは全員視線を下げて沈黙。誰もが我関せずのスタンスだ。
「オレわりと興味があるんだよな。人間ってどんな感じで焼け死ぬのか見てみたい。熱で眼球が割れるとか聞くけど本当なのか」
マルコは人が死ぬシーンに、どこか興奮気味でガラス窓から中を見やる。
こいつの悪いところ出てるわ。クズでサディスティックで趣味が悪い。どういう育ちをしたら、こんなサイコモンスターになるのか。
話している間にも女性の状態は悪化し、息も絶え絶えという感じで、スコップを杖にしてなんとか立っている。
「どけ、俺がかわる」
「さすがだな正義の味方雪村。あの女を助けたら、かわりにお前が入ってもらうからな」
「どけ」
俺はマルコを押しのけて、ジェネレーター室の鍵を開ける。
扉を開けた瞬間、火傷しそうな熱風が吹き抜け顔をしかめる。
まるで火山火口で作業しているみたいだ。
俺は中へと入ると、石炭の箱の前で倒れている女性を抱き起こす。
「大丈夫か」
「ヒューヒュー……」
まずいな、焦点があってない。残りHPも16と危険域で、火傷デバフは重火傷デバフへと変化していた。
俺は彼女を担ぎ上げてジェネレーター室を出ると、一階倉庫へと運ぶ。
彼女が着ている黄色いポンチョみたいな防護スーツを脱がすと、中からすごい湯気が上がり、同時に肉が焦げる異臭がたちこめた。
「これは酷い……」
全身の皮膚が真っ赤になり、火傷していない場所がないくらいの重症を負っていた。
酷いところは皮膚が爛れ、火室に燃料を運んでいた両手は黒く焼け焦げている。
わずか30分弱でこれ。ラッキーが火葬と言っていたのも頷ける。
女性は朦朧とした意識の中、自分の両手を見て涙を浮かべる。
そりゃ泣く、さっきまで白く綺麗な手だったのに、今は崩れ落ちそうな炭みたいになってしまっているのだから。
「大丈夫だから」
俺は隠し持っていたミーティア産ミルクを一気飲みする。すると、俺の左手にハート型の生命の紋章が浮かび上がる。
これでミーティアさんの能力が使える。
「リジェネ」
炭化しかかっていた女性の手に回復をかけると、黒かった手が徐々に赤くなり、赤からオレンジ、オレンジから元の白い手へと戻っていく。
頭上に表示されたHPバーも、瀕死の赤ゲージからギューンと回復し、重火傷のデバフアイコンも消える。
「なっ、えっ?」
「体力は戻らないからそこで休んでな。俺はジェネレーターに行ってくるから」
早く戻らないと火が消えてしまう。
女性は目を白黒させながら、俺を見やる。
「お前!」
「何?」
「なぜ助けたのです?」
「質問の意味がよくわからん。目の前に焼け死にそうな人がいたら助けるだろ」
「そうじゃなく、ここはそんな普通の場所じゃ……」
「こういう場所だから、当たり前の倫理観を失っちゃいけないんだ」
正義のない場所だからこそ、自分の中の正義を見失っちゃいけない。
他者の死に鈍感になってはいけない。死ぬのが自分じゃなくて良かったなんて思ってはいけない。
「…………正しく生きようとしていますね」
「まぁ美女が目の前で焼け死ぬところを見たくなかったってのが大きいけど」
女性の焼け焦げた囚人服は、ノーブラの胸が今にも零れ落ちそうになっている。
「か、からかうのはやめなさい……あなた名前は?」
「雪村、あんたは?」
「……ロゼリア」
「そうか、じゃあなロゼリア。あっ、俺が回復使えるのは内緒で頼む」
俺はそれだけ残してジェネレーターへと戻った。
「逃げ出したんじゃなくて良かったぜ」
「追加の燃石炭は運び込んでやったんだな。多分お前が死ぬまでは持つんだな、ガハハハ」
マルコとガイアが部屋の中へと入ろうとする俺に、嫌味を言ってくるが無視だ。
ロゼリアを見てわかったことがある、防護服は1枚じゃ足りない、特にグローブは2枚、いや3枚重ねて使ったほうが良い。
俺は使用されていない防護服を2枚、グローブを3枚重ねて着用し、部屋の中へと入った。
その瞬間マルコがドアを閉め、ガチャリと鍵をかける。
俺のHPバーが熱波によって減っていくが、幸いミーティアさんのミルクを飲んでリジェネがかかっている。
HPが3減ったら3回復するという状態なので、この効果があるうちは大丈夫だ。
「さて始めますか」
多分マルコ達は俺がぶっ倒れるまで、鍵を開けてはくれないだろう。
日の出まで9時間半、残りのミルク瓶は5本。これで乗り切れるかどうか。
◇◇◇
9時間後、なんとかやり抜いた。
時刻は朝6時、ブリザードは過ぎ去り、監獄全員凍死の危機はなくなった。
6時以降はジェネレーターを止めて良いそうなので、燃料補給はやめており、火室内の火が徐々に消えていくのがわかる。
この9時間俺一人でやり抜いたわけではなく、ロゼリアが水をバケツに入れて俺にぶっかけて冷却してくれたり、5分だけ交代してもらい、その間に俺は雪の中にダイブして強制冷却も行うなど、メインは俺だったが二人で協力してなんとか夜を明かしたと言って良い。
ただ、最後の方はミルクもなくなり、リジェネ効果も切れてしまい、意識が朦朧としながら気合と根性だけで作業を行っていた。
6時半を回った頃、看守があくびを噛み殺しながら地下へと降りてきた。
「おーし、よくやってるな……ん? なんだ、いつも終わった頃には黒焦げになってる連中ばっかりなのに、今日は元気そうな奴ばかりだな」
「あいつ一人でやったんで」
マルコは火が消えたジェネレーター室の中で、ぐったりとしている俺を指差す。
「まさか、あいつ一人でやったのか?」
「ええ、もう一人女と共同で」
「雪村のやつ、あの部屋の中で9時間も動き続けてたもんな。意味わかんないもんな」
看守はジェネレーター室に入って俺の前にやってくると、防護スーツを剥ぎ取った。
「うっ……」
スーツ内に閉じ込められていた、肉の焦げる嫌な臭いが広がり看守は鼻をつまむ。
俺の体は全身火傷しており、自力で動ける状態ではなかった。
「おいお前、こいつを牢屋に連れて行け」
「なんでオレが」
「お前一緒の牢屋だろうが」
「めんどくせぇな」
「そいつのおかげで今日作業が免除なんだから我慢しろ」
マルコが嫌そうに俺に肩を貸す。
牢に戻そうとする看守に、ロゼリアが声を上げる。
「彼を医務室に運びなさい、皮膚呼吸ができなくて非常に危険な状態です」
「必要ない、多分助からん。治療費の無駄だ」
看守はそうあっさり言うと、何も見なかったように階段を上がっていく。
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