第61話 生贄ちゃん

 ヒート当番を任命されたその日の夜。

 俺は他囚人と共に、監獄一階のホールで待機していた。

 確かにブリザードが来ると予告されているだけあって、外の天気は大荒れで吹雪いている。

 気温は時間経過と共に下がり、深夜帯にはマイナス40度ぐらいになるらしい。

 当然このままだと監獄島は冷凍庫と化し、朝には囚人が築地の冷凍マグロみたいになってしまうだろう。

 そのため地下にあるジェネレーターを起動して、監獄島全体を温めるようにしている。

 俺はその栄えあるジェネレーターを動かす当番の一人に任命されたわけだが、ラッキー曰くこの当番は囚人の火葬と言われるほどエグいものらしい。

 俺以外に任命された20人の囚人は、まるで死刑を言い渡されたみたいに陰鬱としている。

 その中には俺と仲の良い(皮肉)ガイアとマルコも含まれていた。


 看守を待っている時だった、俺は突如女騎士に呼び出しをくらう。


「囚人番号0721、こっちに来い」

「はい」


 俺はその騎士のふりをした少女についていくと、人気のないトイレへと入った。

 彼女はヘルムを外し、首を大きくふる。


「急にビーフ使って呼び出してくるからびっくりしたわ」

「悪いなテミス、アレ持ってきたか?」


 彼女は持ってきた牛乳瓶を取り出す。


「はい、これママのが4本、エルドラさんのが2本」

「ありがとう」


 俺はゴソゴソと服の中に牛乳瓶を隠す。


「あんた母乳これどうすんの?」

「俺、今日ヒート当番っていうやばい役に当たってるんだ」

「なにそれ?」

「巨大ストーブにひたすら燃料をくべる仕事らしい。ストーブの至近距離で作業するから、終わった頃には全身火傷してるとか」

「やばいやつじゃん……」

「ああ、でもこれを飲むと、俺は一時的にママの紋章能力を使うことができる。ミーティアママのは継続回復リジェネだし、エルドラママのは炎に耐性を得ることができる。もし一番きつい役に当たっても、それで乗り切ろうと思う」

「大丈夫? あんたケガしたらママ泣くわよ」

「できる限りきつい役に当たらないようにする」

「無茶しないでよ」


 二人で話をしていると、看守の声が聞こえてきた。


「ヒート当番はそろっているか!」

「やば、行ってくる」


 俺はすぐにトイレを出て、ホールに戻った。



「全員そろっているな。今から作業を行ってもらう」


 看守が先頭に立ち、20人の囚人は一列になって地下へと降りていく。

 一同が地下に到着すると、看守は耐火ガラスのついたジェネレーター室の鍵を開け、中へと全員を通す。


「これがジェネレーターか……」


 見た目は化学プラントにありそうな、円柱のタワーだ。

 真っ黒くぶっとい装置の下部に、燃料を入れる火室があり、すでに石炭は数箱用意されていた。

 スコップが置いてあるところを見ると、どうやらSL機関車の機関士の如く、火室に燃料をくべる仕組みのようだ。

 装置の構造を下から上に見ていくと、火室に冷却水タンク、ポンプに煙管が見える。

 最初でっかいストーブを想像していたがどうやらそうではなく、蒸気を発生させるスチーム機関のようだ。

 熱した蒸気は天井に無数に張り巡らされたパイプを通って、監獄内にある放熱装置ラジエーターを動かして暖気する。

 ようはジェネレーターとは、凄まじくでかい人力ボイラーである。


「やることは簡単だ。一階の倉庫にある燃石炭を、一晩中地下のジェネレーターに運び込む裏方と、燃石炭をひたすらジェネレーターにくべる保守に分かれて作業を行ってもらう」


 分担内容はラッキーの言っていた通りだな。

 彼は恨まれてでも保守にはなるなと警告してくれていたが、裏方も結構きつそうである。


「お前たちには裏方と保守を夜通し担当してもらう。なに我々も鬼ではない、翌日の刑務作業は免除してやる。まぁ明け方、動ける状態ではないと思うがな」


 看守は鼻で笑うと、ジェネレーターに火をつけた。

 火室に入っていた石炭が燃え、一気に地下室の温度が40度くらいまで上昇する。


「あ、熱いんだな!」

「想像以上だ」


 肌を焦がすような熱波を浴びて、囚人は露出している顔を腕で覆う。

 全員がこの部屋の中にはいられないと、ジェネレーター室の外へと出て地下階段まで退避する。


「こんなとこに一晩いるとか死ぬんだな」

「絶対やりたくないぜ」


 残念ながら俺もガイア、マルコと同意見だ。

 しかしそんな気持ちは関係なく、看守は俺達囚人に説明を行う。


「保守担当は一晩中熱波を浴びる危険な作業だ。本来交代で行っていたが、囚人たちからこんな提案が出た。1人をジェネレーター室に閉じ込めて、そいつが動けなくなるまでやらせる」

「…………」

「つまり体力限界が来たら交代という順番制度だ。そうすればきつい保守をやるのは数人ですむと」


 俺は手をあげて質問する。


「それ数人に全ての負担を押し付けて、残りの連中は助かろうという話ですよね?」

「お前たち囚人がそうしたいと提案した制度だ」

「それ、押し付けられた人がジェネレーターを動かさなかったらどうなるんですか?」


 こんな熱室に閉じ込められたら、絶対に作業を放棄するやつも出てきたはずだ。


「そんな奴も極稀にいるが、そういった連中は朝ジェネレーターの火室から焼死体となって出てくる」

「…………」


 恐らく生贄を拒めば、他の囚人に殺されるってことだな。


「こちらとしてはどちらでもいい。交代制だろうと順番制だろうと。お前たちが決めろ」


 絶対交代制にしたほうが良い。夜明けまで10時間ほどあるが、20人いるなら一人30分やれば終わりだ。

 しかし、なぜかそう冷静に判断する囚人は少なく、逆の意見ばかりが出る。


「順番制が良い」

「俺も」

「保守やりたくない」

「火傷できるらしいし……」


 冗談だろ。半数くらいは助かるのかもしれないが、確実に最初に当たった人間は死ぬぞ。


「待て、絶対交代制がいいって! 全員で入れ替わってやれば一人30分で終わりだろ!?」

「「「…………」」」


 えっ、なんで俺が間違ってるみたいな目で見られてるんだ?

 すると、マルコが仕切り始める。


「おい、交代か順番どっちがいいか挙手で決めろ。オレは順番だ」


 ガイアの手が上がり、続々と手が上がっていく。

 最終的には20人中14人が順番制を選んだ。


「順番制で決定だ。次に保守の順だが、オレは雪村が1番でいいと思う」

「おれもそう思うんだな」


 まずい、マルコが場を掌握し始めている。

 こいつに発言権を握らせてると、どんどん不利になっていく。

 しかし、看守が割って入った。


「順番に関してはクジで決める。貴様らに決めさせるといつまで経っても決まらんからな」


 過去に揉めたのだろう、看守は20本の割り箸みたいな棒を持ってきた。


「ここに順番が書かれている。それぞれ引け」


 全員が引き終わり、俺も最後に引く。

 棒に書かれた番号を見ると


「13」


 下位の数字だ。


「オレは14だ」

「おれは16なんだな」


 マルコ、ガイアも下位の数字か。


「1は誰だ?」

「うっあっ……」


 誰かは言わずともわかった。顔面蒼白になり、くじを持つ手が震えている女性。彼女だ。

 年齢は18~20代前半くらいだろうか?

 真っ白い肌に赤茶色のロングウルフヘアで、左目に眼帯をつけている。

 露出している右目は若干ツリ目気味で、顔立ちは凛々しく整っている。立ち姿勢もピンと正しくバランスが良い。恐らくいいところの出自だろう。

 身長は165センチくらいで、胸の大きな膨らみは囚人服を突き上げており先端が浮いているように見える。

 先ほどの話し合いで、順番制に手を挙げなかった数少ない人間だ。


「ま、待って無理なのです! 自分は肌が弱くて、日中外に出てるだけでも火傷するくらいなのです――」

「聞いてねぇよ。ほらこれ着ろ」


 マルコは看守から渡された、ペラペラの薄い防護スーツを女性に着せる。


「ほんとダメなのです! 自分は熱に特別弱くて死んでしまう!」

「死んでから言うんだな」

「オレたちの為に1分でも長く頑張れよ、生贄ちゃん」

「や、やめてくれ!」


 ガイアとマルコは女性をジェネレーター室に突き飛ばすと、扉をしめて鍵をかける。


「おい女、燃料がなくなったらあけてやる」

「それか倒れて死んだら開けるんだな」

「サボったら殺すからな。しっかりやれよ」

「待て!!」


 扉をガンガンと叩く女性。

 誰もそれを助けようとはしない。

 窓に映る女性の表情は半泣きだ。彼女は本当に泣く泣くスコップをとり、火室に石炭をくべていく。


「さて、オレ達は燃料持ってこようぜ」

「上に上がるんだな」


 俺は耐火ガラス越しに、中の女性を見やる。

 彼女のHPは580と女性にしてはかなり高いが、火傷デバフがついており、3秒ごとに1ずつダメージを受けている。


「ダメだ、彼女30分もたず死ぬ……」

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