第60話 当番
ミーティアさんの講演が終わった後、俺とラッキーは独房に戻されていた。
「あの司教、すごいビーム打ってたな。あれがお前の仲間か?」
「ウチのママの一人だな。世界一優しい」
「世界一優しいママビーム撃つかな……」
「無事出られたら紹介する。それよりラッキー、この牢屋の下ってゴミ捨て場だよな?」
「あぁそうだが……?」
「脱出には丁度いい場所だな。降りたらそのまま外に出られる」
「それがどうしたんだ?」
俺は食堂でくすねてきたスプーンを使って、床のレンガに柄を突き立てる。
「お前まさかスプーンでレンガ掘ろうとしてる?」
「してるぞ」
「やめとけ、硬質レンガがモルタルで固められてるんだぞ。一つ砕くのに1ヶ月はかかる」
「いやぁ、そんなかからんだろ」
コンコンと地道な作業を初めて30分ほどで、レンガがピシッと割れて砕けた。
「ほら割れたぞ」
俺は対面の牢屋で寝転がっているラッキーに、割れたレンガを見せる。
「は? どうなってんだそれ? お前なんか魔法使った?」
「さっき言っただろ。俺は物のHPが見えるんだ。一番HPが減ってるレンガを削っただけだ」
「は~……以外と強力だなそのスキル」
俺も初めは落胆したスキルだったが、今は頼りになると思っている。
あっさり1個目は壊せたが、人間一人が通り抜けるには、最低でも周囲のレンガを後9個は外さないとダメだろう。
ドリルがあったら簡単なんだけどな。
「お前、あのレイっていう騎士はどうするんだよ」
「レイママに関しては、とりあえず脱出経路を作ってから考える。彼女が普段どこにいるのかもわかってないからな」
コンコンと割れたレンガに隣接しているブロックを叩く。
2個目もわりとすぐ割れそうだ。
「なぁその穴から下の階見えるのか?」
「いや、木材が出てきた。これを割るか外さないと下は見えないな。割ってみるか?」
「今はやめとけ、音がするし下に人がいたら終わりだろ」
「確かに」
「あっ、誰か来たぞ」
俺は慌てて割れたレンガを床に戻し、その上に布団を被せる。
その数秒後に、あくびを噛み殺した看守が通り過ぎていく。
「やばかった」
「誰か来たらオレが知らせてやるよ」
「頼む」
ラッキーが周囲を警戒し、俺はレンガを砕いていく。
この共同作業は夜遅くまで続き、1日でレンガ3つを抜くことが出来た。
翌日――
本日は、監獄の地下を掘る刑務作業をやらされていた。
どうやら地下にも牢屋を作る予定らしく、その作業を囚人にやらせている。
ここにまた冤罪の誰かが入れられると考えると、気が滅入ってくる。
昨日消し炭にされかかったサタンじゃなくて、マルコも同じ作業をしており、手を振ってみると凸指で返された。
ツルハシを振り下ろして真面目に地下の拡張を行っていると、俺の脚に何かが触れた。
そこには忍び込んできたビーフの姿があった。
俺は看守がいないのを見計らって声を掛ける。
(よく地下まで潜ってこれたな)
(ブーブー言いながら看守の後ろついていったら、普通に入れたわ。エサもくれた。結構ウマい)
(マスコットみたいになってるな……)
(そんなことよりゆきむら、ママさんたちしばらくここにおれるようになったぞ。デブラに言うたら二つ返事でOK出しよったわ)
(嬉しいけど、ママが狙われているような気がする)
(あの美人はワイが護衛したるさかい安心してええぞ)
残念ながら看守からエサ貰ってる豚では安心できない。
(まぁそれはいい。ビーフ、この監獄の何処かに俺のドリルがあると思うから、探してくれないか?)
(ドリル? どこにあるんや?)
(多分囚人から没収した持ち物をまとめた部屋があると思う。テミスたちにも聞いてくれ)
(わかった)
こうしてうまく連絡をとりながら、脱獄の準備を進める。
ここまでの流れとしてはかなり順調で、レイさんをどうやって正気に戻すか? 監獄周囲の湖をどうやって超えるか? この2つの問題以外はスムーズだ。
しかしトラブルがおきたのはその日の夜だ。
刑務作業が終わり牢屋に戻った俺は、今日も元気にレンガ砕くかとスプーンを握る。
しかし作業を始めてすぐ、看守が見たことのある男二人を引き連れて牢の前にやってきた。
「囚人番号0721、今日からこいつがお前と同室となる。入れ0707」
0707の番号で呼ばれた優男。それはさっき会ったばっかりのマルコだった。
「えぇ……なんで?」
「こいつらの牢屋の鍵が壊れたからだ」
看守はマルコをドンっと俺の牢屋に突き入れる。
せめてガイアにしてほしい。
ガイアはラッキーの牢屋の中へと押し込まれる。
「ちょっと待って、鍵が直ったら元に戻してくれるんですよね!?」
「今のところ直す予定はない。地下牢が完成したら移動させる」
地下牢完成って、まだ掘り進めてる最中なんだから後数年はかかるぞ。
看守はガチャガチャと鍵を締めて、さっさと立ち去ってしまう。
残ったマルコと気まずい雰囲気が漂う。
「まぁ……よろしくなサタン」
「その名前で呼ぶんじゃねぇよ!」
最高の同居人が出来たな(皮肉)
その後マルコは俺と正反対の角隅に座ると、そのまま眠ってしまう。
俺は壊したレンガ床を尻に敷きながら、作業をしていいものか悩む。
チラッとラッキー側の牢屋を見ると、ガイアがまだ起きていた。
(無理だ。これじゃ部屋の中と前に、看守が増えたようなもんだ……)
◇
翌日昼、俺とラッキーは食堂で頭を悩ませていた。
「あの二人がいたら、全然作業が進まない。これ俺とマルコが喧嘩したら、牢屋かえてくれるかな?」
「ここの看守の性格だと、やれやれ殴り合えってむしろ煽ると思うぞ。それにもし仮に牢屋変更になっても、下がゴミ捨て場じゃない位置に移動させられたら終わりだ」
確かに。俺達の牢屋の位置が奇跡的にゴミ捨て場の上だから成り立っている作戦であり、看守詰め所の真上に移動させられたら目も当てられない。
「あいつらを仲間に引き入れて、目を瞑ってもらうしかなくないか?」
「無理だな、こういうのって仲悪い囚人が徐々に協力しあって脱獄って展開だと思うが、あいつは本気で性根が腐ってるからそんな展開はない」
「よっぽどだな……」
「俺を貶めるために喜々として看守にチクると思う。脱獄しようとしている痕跡を見られても終わりだ」
マルコに割れたレンガを見られても、こいつ脱獄しようとしてますよ! と報告されるだろう。
「どうすっかな」
俺が困っていると、食堂に入ってきた看守が声を上げる。
「囚人番号0705~0725。本日夜にヒート当番を行ってもらう。その為、午後の刑務作業は免除とする」
「ヒート?」
なんだそりゃと俺が首を傾げると、ラッキーが今までで一番苦い表情を浮かべる。
「雪村、お前当番当たってるな……」
「ラッキーは違うんだな」
「オレは違う。よく聞け、ヒートっていうのはジェネレーターを動かす当番だ。この前言っただろ、
「あぁ言ってたな」
ジェネレーターとは巨大なストーブみたいなもので、囚人が一晩中燃料をくべ続けなければならないものらしい。
「ってことは今晩ブリザードが来るのか」
「問題はそっちじゃなくて、ヒート当番だ。100度を超えるジェネレーターに一晩中張り付いてなきゃいけない。終わった頃には全身火傷で倒れてる」
「そんなこと言ってたな……」
「しょっぱい防護服みたいなのは貸してくれるけど、全然意味ないから気をつけろ。雪村、アドバイスしとく。ヒートも役割があって、燃料となる燃石炭を準備する”裏方”と、燃石炭を直接ジェネにくべる”保守係”がある。絶対裏方になれ、絶対だぞ」
ラッキーは俺の肩を掴み、真剣な眼差しで言う。
「囚人の中でジェネの保守係は火葬とまで言われてる。当然当番の中で、保守係の押し付け合いが始まると思うが、ここは恨まれてでも裏方に回れ。じゃないと全身火傷で数週間、下手すりゃ一生医務室で寝たきりになるぞ」
「お、おう」
ラッキーがここまで念押しするってことは、相当保守係というのはやばいのだろう。
嫌な予感を感じつつ、その日の夜になるのだった。
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