第57話 クリスタルフロストの崩壊

◆◆◆


 今より数ヶ月前――


 クリスタルフロストの議会では、国民には内密にある議題が持ち上がっていた。

 それと言うのは魔王軍幹部である三面宿儺が現れ、ヴァルキリーが封印されている氷柱を引き渡せと要求したのだ。

 この条件が拒否されれば、魔王軍はクリスタルフロストに侵攻を開始すると予告。

 また隣国に応援を要請した場合も拒否とみなし、同様に侵攻が行われる。

 この要求に議会は頭を悩ませていた。



 クリスタルフロストの政治は、議員と騎士団が顔を突き合わせ議論を行う。

 議員は男が多く、騎士は女が多いため、会場の座席を右側を男、左側を女が埋める。

 重苦しい雰囲気の中、中央に鎮座する気品ある老婆、フロスト女王が騎士と議員の議論に耳を傾ける。


「陛下、魔王軍の言うことに耳を貸してはいけません。ここは隣国に応援を要請しつつ徹底抗戦を行うべきです」


 元クリスタル騎士団団長のレイが封印されてから、後任を任されているロレッタは、女王含めた評議会議員に熱弁する。

 だが、禿頭の評議会員たちにはイマイチ響いておらず、皆渋い顔をしている。

 皆魔王軍と戦うことには賛同するが、いざ自分の国が一番槍に立たされると考えを変えてしまう。

 それもそのはず、人類軍と魔王軍の戦いで火蓋を切った国は必ず滅ぼされている。

 身分も権力もある肥え太った議員達は、己の安全が確保されていないと首を縦には振らない。

 特にその傾向が強いのは、宰相デブラとその派閥の議員だった。


「待つんですな騎士ロレッタ。魔王軍は戦いを望んでいるわけではないでしょう? まず交渉を考えて――」

「交渉とは一体何を交渉するのです? もし仮に氷柱を差し出したとしても、奴らは次の要求をしてきます。そもそも魔王軍が約束を守るとは思えない」

「かと言って、向こうも人類全てを殺したいわけじゃないでしょうに」

「だからヴァルキリーを差し出すのですか? 元英雄を魔王軍に売った議会は市民の信頼を失い、戦争が起きた時協力してもらえませんよ!」

「わたくしとて、そんなことしたくありませんよ。しかし約束を守るという可能性もあるではないですか。その辺含めての見極めが必要だと言っているのですよ」

「あなたは侵略者の言うことを信用するのですか!? じっくり腰を据えて見極めている場合ではない! 魔王軍は明日にも攻めてくるやもしれないのですよ」


 熱くなるロレッタに、デブラはめんどくさい女だなと言いたげに顔をしかめる。


「安易に開戦して被害を増やすのが、本当に良いのか考えなくてはなりません。場合によっては早期降伏を行い、魔王軍の傘下に入るというのも――」

「デブラ宰相、本気でおっしゃっているのですか!?」

「勇者不在で長引く戦争、隣国のジーナスも頼りになりませぬし、人類軍はすり減るばかり。あくまでそういった案もあるという話です。現に南のサンド地方は、魔王軍と繋がっているという噂もあります」

「我ら誇り高きクリスタル騎士団に、魔王軍の手駒になれと言うのか! 人類に対する裏切り、恥を知れ!」


 ロレッタが激昂すると、デブラ派の議員が「口が過ぎるぞ! 元平民の分際で!」と関係ないやじを飛ばす。

 彼女はデブラや議員に話しても無駄だと察し、女王に直接声をかける。


「陛下、ここは法と秩序の国と言われたクリスタルフロストです。我らは我らの信念に従い正義を行うべきです。そのための騎士団、そのための女王の剣」


 ロレッタの言葉をデブラが遮る。


「勇ましいのも結構ですが、この決断で何万人という死者が出るのです。貴女はその責任を全て陛下にとらせるつもりですか?」

「ではお聞きしますが、このまま手をこまねいていても事態は好転しませんよ宰相。国の防衛も、あなたが行われている寄付金集めと同じくらい真面目にやっていただきたい」

「口を慎め、デブラ様に失礼だぞ!」

「そうだそうだ、騎士の分際で!」


 荒れる議場。


「静まりなさい!」


 二人の意見を聞いていたフロスト女王が一喝し、ガヤガヤとしていた議場が一気に静まり返る。


「この件は騎士団長ロレッタの意見を採択する。我ら法の番人が悪に迎合することがあってはならない。我らは我らの正義を行う。ロレッタ開戦の準備を進めなさい」

「はっ! 我ら騎士団が、必ずやクリスタルフロストに勝利と栄光をもたらすことを誓います!」


 マントを翻し評議会を退出するロレッタを、忌々しげに見やるデブラ。

 議員たちも皆一様に渋い顔をしていた。



 その日の夜――


 公務を終えたデブラは己の屋敷へと戻った。

 自室でワインを飲みながらも、頭の中はすでに亡命のことを考えており、なんとしても自分だけは助かってやろうと脱出の算段を立てていた。


「戦時中の国になんかにいられるものですか。全くロレッタめ、余計なことを。これだから野蛮な騎士は困ります」


 その時だった、彼の部屋に突如魔法陣が浮かび上がり、3つの顔を持つ魔人が姿を現す。


「う、うわぁ!? なんだ貴様は!?」

「わたくし魔王軍幹部の魔人、三面宿儺と申します。わたくしは喜の宿儺」

「俺様は怒の宿儺」

「僕は哀の宿儺」


 3つの顔がそれぞれ別で喋る。


「わ、わたくしを殺しに来たのですか!?」

「ノンノン。今日の議会のお話聞いていましたよ。この国で見どころがあるのは貴方だけだ」

「む、むぅ……」


 デブラは魔王軍に褒められて面食らってしまう。


「正義がどうのとカビの生えた女王に騎士団。もっと大局的に物事をとらえないと」

「な、なにが言いたいのです!? 何をしにきたのです!?」

「あなた……人を捨てるつもりはありませんか?」

「魔王軍に入れと?」

「察しが良くて大変助かります。あなたが人を捨て、我ら魔王軍に服従を誓うのであれば力を与えましょう」

「拒否すれば殺される?」

「いえ、別に? 貴方は生かしておいたほうが、利になりそうなのでそのままです。ですが……このままだと貴方はどこぞに亡命して、くだらない人生を送るだけでしょう。我々に従えば、少なくとも国の王にはなれます」

「…………」

「耄碌した女王を排除し、わずらしい騎士団も跪かせることができる。私にはわかるのですよ、あなたの腹の中にくすぶった野心、欲望が……」


 三面宿儺はズイっと顔を寄せ、見透かした瞳をデブラに向ける。

 彼自身、くすぶっている自分の地位を上げるには、悪魔の力が必要だと思っていたのも事実。


「相手を意のままに操る力……欲しくはありませんか?」


 デブラは二重顎をゆっくり引いて頷く。


「ほしい……国を……魔王軍に売りましょうぞ」

「判断が早いのは素晴らしい。それでは契約成立です」


 三面宿儺は、腰に下げていた魔導書を取り出しデブラに差し出す。


「ここには古代の催眠魔法が記されています」

「催眠? あの詐欺師が使う?」

「いーえ、これは魔法で直接思考を操ります。記憶削除魔法などがありますが、あれより遙かに優れた認識改竄魔法ですよ。発動条件は相手の目を見て、命令内容を言い聞かせるだけです」

「目を見て言い聞かせる」

「簡単でしょう。ただし相手の尊厳を踏みにじる行為は簡単にはできません。例えば、今ここで自殺しろとかね」

「…………」

「人間の生存本能が働き、抗おうという力が催眠を弱化させます」

「簡単な催眠しかきかないなら、あまり意味がないのでは?」

「短期的には効きづらいですが、数日かけて入念に仕掛ければ効くようになります。そうですね、眠れと何度も催眠をかけ続けることで永久の眠りにつくことでしょう」


 なるほど、城に勤め誰にでも謁見可能な自分が使えば、魔法の痕跡を残さず、女王すら排除することができる。

 三面宿儺が自分に目をつけたのも理解できた。


「それで、この力を使いわたくしに何を求めるのです?」

「クリスタルフロストの実権を握りなさい。そしてもう一つ、氷柱のヴァルキリーに催眠をかけて下さい。ヴァルキリーを滅ぼす騎士となれと」

「氷柱の中にいても催眠が効く?」

「ええ、大丈夫です。しかしヴァルキリーは神性が高く、こういった呪いや幻術に強い抵抗力があります。時間をかけて催眠をかけ続けなさい」

「それは良いのですが、かける命令はこちらに任せてもらってもかまいませぬか?」

「何かかけたい催眠があるのです?」

「彼女をわたくしの母にしたい」

「母に?」

「ええ、彼女は騎士として優秀でしたが、息子ができた瞬間母としてのスイッチが入って、子に愛情を注ぐようになりました。その姿がとても美しく、同時に妬ましくあった」

「フフフフ、面白い。ヴァルキリーが貴方のようなおっさんを自分の子と勘違いして育てるわけですか」

「僕はいいアイデアだと思う。おっさんを育てていたなんて悲劇だよね」

「クカカカ、魔族には思いつかないような鬼畜ぶりだな!」


 哀と怒の宿儺も賛成する。


「私も面白いと思います。ですが貴方が息子になりかわるなら、ヴァルキリーの子を探しなさい。本物の子が生きていては、催眠に大きな矛盾が出る。ヴァルキリーの子の紋章を探し出して自分に移植すれば、貴方は完全に本物になりかわれるでしょう」

「か、かしこまりました」


 デブラは膝をつき服従を示すと、三面宿儺は消えていった。


「ヨホホホホ……人でいるときよりも、よっぽど面白い力を手に入れたではありませんか」


 その後催眠の力を得たデブラは、手始めに女王に眠れと命令を出すのだった。

 それから数日のうちに、女王は昏睡状態になりクリスタルフロストの政治は大きく傾いていく。

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