第55話 教会地下

 ビーフが特別塔へと侵入して2,3分が経過した。


「あの豚大丈夫かしら……」

「中は静かだし、多分まだ焼き豚にはなっていないと思うが」


 彼の身を案じていると特別棟の扉が開き、4足歩行で豚のふりをしているビーフが戻ってきた。


「どうだった?」

「誰もおらんわ。一階ぐるっと回ってきたけど、看守もあのデブ僧侶もおらんかったぞ」

「じゃあデブルはどこ行ったのよ?」

「知らん。消えたとしか思えん。嘘や思うんやったら自分で見てみ。ほんまに誰もおらんで」


 そんなバカなと思いつつ、今度は全員で特別棟へと侵入する。

 教会みたいな建物の中は礼拝堂になっており、赤絨毯の敷かれた身廊、左右にわかれたベンチが並ぶ。

 奥には立派な祭壇と、壁を這うようにして取り付けられたデカいパイプオルガンが見える。


「ん~……本当に誰もいないな」

「言うたやろ。オルガンの右側に扉あるから、そこから奥に行ってみたけど空き部屋しかなかったで」


 奥の部屋含め全員で一階をチェックしてみたものの、本当に人の気配はない。


「こっちは懺悔室か……」


 教会として見れば別に変わったところはないのだが、本来ここは死刑囚が収監される牢屋のはず。

 なぜこのような施設になってしまっているのか?


「一応二階に行く階段はあるけど、上がっても2階席行くだけやさかい意味ない」

「う~む……」


 俺は首を傾げ、怪しいものがないかを探す。

 この中で一番怪しいのは……。


1 懺悔室

2 パイプオルガン

3 祭壇


「まぁこれだわな」


 俺は天井に向かってそびえ立つようなパイプオルガンの前に立ち、鍵盤を見やる。

 このオルガンの鍵盤は縦3列になった複数鍵盤になっており、音楽をしていない人間からすると本当に全部使うのか疑問に思う。

 他にも足鍵盤や、用途不明の沢山のボタンみたいなのがあり、こんなの絶対一人じゃ演奏できないだろと思ってしまう。


「……怪しいな」

「何してんのあんた?」

「テミスってピアノひける?」

「まぁ壮大なのじゃなかったら」

「この鍵盤見て変なとこない?」

「変? ……ん~普通に見えるけど」

「そうか……」


 俺が顔を近づけて深く鍵盤を凝視していると、白鍵、黒鍵の一つ一つにHPが表示され始めた。


「……妙だな」


 鍵盤のHPは大体どれも一緒なのに、上段左端から2番めの白鍵のHPが著しく減っている。

 これはここだけ何度も押されて、耐久値が減っているという意味だ。


「なぁテミス、ここの白鍵だけめちゃくちゃ使うとかあるか?」

「そんな端っこばっかり使うなんてないわよ」

「そうか……」


 俺はHPの減っている白鍵に指を下ろすと、ゆっくりと押下する。


「ちょっと押したら音が!」


 慌てるテミスだったが、パイプオルガンはうんともすんとも言わない。

 俺は二度三度と鳴らない鍵盤を押すと、祭壇が急に右側へとスライドし、地下に続く階段が出現する。


「隠し階段だな」

「兄ちゃんやるやんけ、どうやって見つけたんや?」

「いや、この白鍵だけなんかHP減ってんなと思って」

「HP?」

「俺人の体力が数字で見えるんだ。物も凝視すれば見える」

「はは、おもろいジョークやで」


 豚に鼻で笑われてしまう。

 あっさり仕掛けを解くと、ラッキーが警戒する。


「おいおい、隠し階段とか明らかやばい匂いしかしないだろ」

「虎穴にいらずんばなんとかだ」

「マジかよ……」

「見張りしててくれてもいいけど。これは俺の私情が挟まってることだし、ラッキーがリスク負うことない」

「ほなワイは帰ろかな」


 すっと逃げようとするビーフの尻尾を掴むテミス。


「あんたにはデコイとしていてもらうわ」

「むちゃくちゃやな姉ちゃん。パンツ一枚では足りんで。使用済みのハイヒールとかくれんと」


 マニアックな豚だな。

 ラッキーは一瞬行くかどうか迷った顔をするが、覚悟を決めて頷く。


「オレも行く、情報は力だからな」


 ここで何が行われているか確かめるべきと判断したラッキーは、俺たちと共に薄暗い隠し階段を降りる。


「ほんま長い階段やのぉ、オークのこと考えてバリアフリーにしとけや」

「文句の多い豚ね」

「姉ちゃんいい加減ワイのこと名前で呼べや。あれか? 名前で呼ぶと、その男好きになってまうタイプか? ええんやぞワイのこと好きになっても」

「よく喋る豚ね。あんまりうざ絡みしてくると蹴り落とすわよ」


 そんな話をしながら長い階段を降りきると、ピンクのシャンデリアに赤の絨毯が敷かれた目に痛い場所についた。


「なんだここは?」


 どこか雰囲気に既視感を感じつつ進むと、正面の壁に扉が一つ。

 その横に縦4マス横4マスのタイル状に写真が貼られている。

 写真に映し出されているのはいずれも女性で、皆衣服をはだけており、それぞれ1~16の数字がふられている。


「お前これ娼館やんけ!」


 皆気づいていたが言えなかったことを、ビーフがズバッと言い切る。


「…………」


 俺は正面扉のノブを開けると、両サイドに扉のある廊下に出た。

 扉の数は全部で16。パネルの数と一致している。

 俺は音が聞こえてくる3番扉に近づき、聞き耳を立てる。


(イヒヒヒ! 最高だ、ふざけんじゃねぇぞクソ女騎士ども! いっつも俺たち男騎士を見下しやがって!)


 男の心底愉快げな声と、何かを殴るような音が聞こえる。

 俺はドアノブに手をかけそっと押す。

 中を覗くと半裸の男が女に馬乗りになって、拳を振り下ろしていた。

 女の方は抵抗せず、うつろな目で天井を見つめている。

 俺はカッとなってドアを開けようとするが、ラッキーがその手を掴む。


「やめとけ。ここでオレたちが乱入して何になる?」

「そうやぞゆきむら、こんなもんどこの街にも一つはある」

「…………」

「そんな怖い顔すんなや。ワイかて紳士やさかい、こういう吐き気を催す邪悪は嫌いやけど、いちいち助け出してたら話が進まんぞ」

「ちょっとどいて……」


 テミスが前に出て、腕だけを馬乗りになっている男に向ける。


「スリーピングクラウド」


 彼女が魔法を唱えると、男は急に女の腹の上で眠りだした。

 女も同様に眠りに入る。


「一時しのぎだけど寝かせたから、これで我慢しなさい。起きたら再開するかもだけど……」

「ありがとう。睡眠魔法とか使えたんだな」

「初歩の初歩の奴だから、魔術師キャスターとか警戒してるやつにはきかないけどね」


 俺は扉から離れ廊下を進む。

 ラッキーは先程の光景に首を傾げていた。


「おかしいな。さっきの殴られてた女、この監獄で見たことがある騎士だ」

「騎士が娼館の真似事してるのか?」

「ん~……オレの記憶が正しければ、間違っても男に金で抱かれるような騎士じゃなかったはずだが……」

「プライドが高かったのか?」

「あぁ、そもそも女ばっかのクリスタル騎士団と、男ばっかのダイヤモンド騎士団って滅茶苦茶仲悪いからな」

「ちょっと女性の方おかしかったもんね」


 テミスの言う通り、虚ろな表情をしていた。


「魔法か、もしくは薬漬けされてるかやな」


 ビーフの予想に背筋が寒くなる。

 つまりレイさんもそうされている可能性があるということだ。

 嫌な予感を感じつつ一番奥へと進むと、VIPと書かれた部屋があった。

 中からはかすかに物音がしており、人の気配がある。

 自分の脳裏に、先程の馬乗りになって女騎士に暴行を加えている男の姿が浮かぶ。

 それがデブラとレイさんに置き替わった姿を想像してしまい、悪寒が止まらない。

 中の状況を確認するため、俺はVIPルームの扉に耳を押し当てた。

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