第54話 華麗なる潜入

 監獄長殿ご一行を見送った俺は、ラッキーと共に雪かきの刑務作業を行っていた。

 ザクザクと雪をスコップで掘りながら、フロスト監獄本館より少し離れた位置にある特別棟を見やる。

 建物は高い尖塔があり、頂上部には鐘楼がついていて監獄というよりかは教会に見える。

 裏手側には、木を十字に組んで地面に突き刺した、簡素な墓が数十基並んでいて不気味な雰囲気だ。


「なぁラッキー、クリスタルフロストって土葬か?」

「土葬だな。土の気温が低くて腐らないから、フレッシュな死体が埋まってるぜ」


 聞くんじゃなかった。

 多分墓の中には、死刑執行されたフレッシュ遺体が埋まっているのだろう。


「……なぁ俺やっぱりあの施設が気になるんだが」

「特別塔の話か? やめとけって、死刑囚が収監されてるって言っただろ。あそこに入れられて出てきた奴はいない」

「あそこにレイさんがいるかもしれない」

「レイって仮面女か? 確かママって言ってたな」

「信じてもらえないと思うけど、多分ママなんだ。彼女様子がおかしかった」

「……ったくしょうがねぇな。見るだけだぞ」


 ラッキーは看守の位置を確認し「よし」と頷く。


「今交代で来たデブ看守は、いつも外のベンチに腰掛けると数秒で寝ちまうんだ」


 彼の言う通り、デブ看守はつまらなさげに囚人たちを見渡した後、大きなあくびをする。そして帽子のつばを下げ腕を組むと、すぐに眠りに入ってしまった。


「次の看守が来るまでは多分寝てるはずだ。今のうちに行くぞ」

「おう」


 さすが事情通。頼りになるラッキーとともに、コソコソと身を屈ませながら特別塔へと向かう。

 目の前まで来て気づいたが、建物はそこそこデカいわりに看守や騎士の姿が見えない。

 死刑囚が収監されているなら警備は本館より厳しくなるはずなのに、このノーガードさは違和感を感じる。


「なぁラッキー、ここって巡回の看守来ないのか?」

「……そういやこっち側に行くルートはないな」

「怪しくないか?」

「単に用事がないというだけかもしれんが」


 その時、丁度巡回の看守が視界の端に映った。

 俺たちは慌てて裏手の墓場に身を隠す。

 しかし看守は特別塔付近まで来ると、すぐに回れ右して帰ってしまう。


「やっぱ看守もここ避けてないか?」

「確かに……オレもあんな変な動きするの初めて見た」

「とにかく調べてみよう」


 グルリと建物周りを回って、どこかに忍び込める場所はないだろうかと探す。

 しかしながら裏口の類はなく、窓もブラインドがかかっており施錠もされている。


「2階から入るしかないか……。2階も施錠されてそうだけど」

「意外と正面は施錠されてなかったりして」

「んなわけないだろ、死刑囚がいるんだぞ?」


 俺達は施設正面に周ると、オーク材で出来たドアに手をかける。

 するとキィっと音を立てて、ほんの少しだけドアが奥へと動いた。

 隣で見ていたラッキーも、目線でマジで? と驚いていた。


「あいてるー……入ってもいいかな?」

「待て待て、まず誰にも見られてないか確認だ」


 二人で後ろを振り返ると、人影がこちらに向かってきていることに気づいた。

 やばい、誰か来た! 看守かもしれないと、俺たちはドアを閉め慌てて建物裏の墓場に戻る。


「誰が来たんだ?」

「見ろ、デブラだ」


 先程見た肥満の僧侶が、テクテクと本館の渡り廊下を通ってこの特別塔に向かっている姿が見えた。

 俺たちは身を隠しながらその様子を見守る。


「獄長様はここに用があるのか?」

「さぁな、ただデブラはこの監獄島に来ると絶対特別塔に入るって話だが……」


 奴は正面扉を開けて中へと入っていく。


「あいつが来たってことは逆にチャンスだ。この中で何か悪いことしてるかもしれないぞ」

「だ、だけどよぉ……デブラは冗談通じねぇぞ」

「ちょっと俺見てくるわ」

「お、おいマジかよ!」


 俺が立ち上がろうとしたところに、不意に後ろから声がかけられた。


「ちょっとあんた」


 高い声にビクッとする。ここで女の声は、騎士以外にありえない。

 俺とラッキーは両手を上げながら、ゆっくりと振り返る。

 予想通り、スケベアーマーを着た女騎士が俺たちを見下ろしている。


「いや、あの、ちょっと僕ら道に迷ってしまいまして」

「そ、そう……オレたち立っションしてたら、方向感覚を失って」


 俺とラッキーのあまりにも苦しい言い訳。

 本館と特別塔の距離は100メートル弱。多分吹雪いていても道に迷うことはない。

 まさか俺たちこれで特別塔行き? と嫌な汗が流れていると、女騎士はフルフェイスのヘルムを外す。

 すると、金色の髪が揺れ気の強そうな少女の顔が露わになる。


「うわ、本当に捕まってた」

「テミス!?」

「誰?」


 俺は困惑するラッキーに説明する。


「俺のパーティー兼多分妹のテミス」

「妹に多分がつくことなんかあるのか?」

「あんたが急にいなくなって、ママたちパニックだったのよ。監獄に連れて行かれたって聞いて、変装して乗り込んできたの」

「あっ、もしかして今日来た司教様って」

「そう、ママ達とあたし」


 なるほど。皆も俺を助けようと動いてくれていたんだな。


「よく俺がここに囚えられてるってわかったな」

「それはワイが教えた」


 テミスの担いでいた布袋から、喋る豚が顔を出す。


「彼はビーフ。あたしたちと同じで、仲間がここに囚えられてるんだって」

「ミニブタオークのビーフや。多分ワイの方が年上やから、敬語使えよゆきむら」

「めちゃくちゃ馴れ馴れしい豚だな……」

「さっ、早く逃げましょう」


 しかし俺は首を振る。


「駄目だ。まだ出られない。ちょっとおかしな事になってるんだ」

「どういうこと?」

「ヴァルキリーの氷柱がもう溶けてるんだ。ここにレイさんがいる」

「嘘でしょ? 勇者の紋章反応してないわよ?」


 そう、本来勇者の紋章が近くにあれば共鳴現象が起きるはずなのだが、それが起こってないということは、レイさんの紋章が休眠状態にあるということだ。


「本当だ。ここにぶち込まれるとき彼女と話した。ただ様子がおかしかった」


 レイさんに俺のことを説明したものの、全く気づいてくれなかったことや、他のママたちから聞いていた正義マンとは正反対のことをしていると伝える。


「無実の人に濡れ衣を着せて片っ端から収監してる。そのボスが彼女だ」

「確かにおかしいわね……」


 俺たちのやりとりを聞いて、ラッキーが眉を寄せる。


「なぁ、お前達もしかして本当に勇者の子なのか?」

「ええ、あたしは半勇者だけど、こっちの雪村は正真正銘勇者の子よ」

「は? マジかよ」

「最初からマジって言ってるだろ」


 ラッキーは嘘だろ、と驚いた表情を見せる。


「今俺たち看守の目を盗んでここにいるんだが、なんとかこの施設を調べたい」

「そうね……何か手がかりがあるかもだけど……」

「なぁなぁ、姉ちゃん兄ちゃんとりあえず戻ろうぜ。外で喋ってると看守に見つかるかもしれんし。ワイ寒くて冷凍肉になりそうや」


 ワイ今裸やで? 寒くて死んでまうわとブーブー言うビーフ。

 それを見て何かピンと来たのか、テミスは猫なで声を出す。


「ねぇ~ビーフ、お願いがあるんだけど♡」

「なんや姉ちゃん、急に甘えたメス豚みたいな声出して」

「ぐっ」


 今テミスの額に怒筋が浮かんだな。でもなんとかそれを抑え込んだようだ。


「逃げ出した食用豚のふりして 、この建物の中調べてきてくんない?」

「嫌じゃ、明らかなんかありそうやんけ」

「そこをなんとか。警備がいるか見てきてくれるだけでいいし」

「んなこと言われても困るわ。見つかったら焼き豚確定やないか」

「ほんとお願い。もし見つかってもブーブー言ってればバレないと思うし」

「誇り高きオークのワイに、豚のふりせぇ言うんか?」

「さっきやってたじゃない。お願い」


 手を合わせてウインクしてみせるテミス。

 ビーフは根負けしたのか、しゃーないな……と深く鼻息を吐く。


「……ギャルのパンツ1枚でやったるわ。姉ちゃんかママさんのものでも可」

「死ねエロ豚」

「命賭けるんやし、それくらい安いもんやろ! 失敗したらワイこんがり肉やぞ!」

「ウチの家族のは駄目だけど、なんとか用意するわ」

「交渉成立や。ほな行ってくるわ。ワイの美しい潜入術見とけよ素人ども」


 ビーフは「ブーブー♪」と、どう見ても豚にしか見えない豚のふりをして、正面ドアを鼻で開けると特別塔へと入って行く。

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