第53話 ママの潜入作戦

「ユッキーどっかにいたかぁ?」

「数が多すぎてわかんねぇよ」

「雪ちゃん、どこなの?」


 フロスト監獄に潜入成功したエルドラ、ヴィクトリア、ミーティアのママ三人とテミスは、目を皿のようにして集まった囚人を見やる。

 しかし皆同じ横縞の囚人服で頭を深く下げているため、顔の判別がつかない。


「ちょっと、ここまで乗り込んでいないなんてオチないでしょうね?」


 テミスが担いだ布袋の中に入ったビーフに問うと、彼はモゾモゾと身をよじりながら(それはない。絶対にここにいる。もしいないなら殺されてる)と不吉なことを言う。


 結局息子の姿を見つけられないまま、先導役の監獄長デブラと共に施設内へと入っていくしかない。


「こちらに」


 客室へと通されたミーティア達は、ソファーへと座る。

 デブラは自ら紅茶を入れると、カップをテーブルの上に置いて対面のソファーに腰掛けた。


「ヨホホ、今週の司教は随分とお若いですな。ここ数年で20代は初めてですぞ」

「そ、そうですか」


 勿論今回も高齢の男性司教が来訪予定だったのだが、ヴィクトリア達がクリスタルフロストの騎士を装い接触。「監獄内で集団食中毒が発生し、トイレが地獄になっている為、今回の公演は中止です」と嘘をついて帰ってもらったのだ。


「ほひー、実に若くお美しい。ノルン教本部もひっさしぶりに当たりを送ってきましたな。囚人も喜ぶでしょう」

「あ、ありがとうございます大司教」

「わたくしのことはデブラ宰相と呼んで下さい。ノルン教大司教の肩書を持っておりますが、私自身宗教を学んだのはほんの少しだけ。この僧侶服も見た目だけですぞ」

「そ、そうなのですか?」

「ええ、私はノルン教に多額の献金をしておりますから。懇意にしている枢機卿から位を賜ったのですぞ」

「なるほど」


 ミーティア達は、デブラが大司教の位を金で買ったのだとすぐに理解する。


「こちらはなんとお呼びすればよいですかな?」

「え、え~ミーティ……ミデアでお願いします」

「ほほーミデア司教ですか」


 デブラは鼻息を荒くし、ミーティアの姿を舐め回すように見つめる。


「あ、あの私結婚して、子供もいますので」

「これは失礼。しかし指輪などされておりませんが?」

「指輪はいただいていませんので。それにもう他界しております」

「それはなんと悲しい思いを……。わたくしが個人的にねっとりとお慰めしても構いませぬが?」


 ミーティアの白い手をとり、ハエのようにサスサスするデブラ。

 男の感情に疎い彼女でも体を狙われているということを察し、身を引こうとするがガッチリ手をホールドされて動けない。


「囚人への公演後、獄長室に懺悔しに来なさい。そうすればわたくしから枢機卿に、ミデア殿を大司教へ昇位してもらえるよう便宜を図っても構いませぬぞ」


 懺悔が性交の隠語であることはすぐに理解し、顔を引きつらせるミーティア。


「か、考えておきます」

「考えだけではなく、今お答えを聞きたいですなぁ。悪い話ではありませんぞ」


 温厚そうな顔の下に、蛇のような獰猛な顔を見せるデブラ。

 彼の灰色の瞳が、急にオレンジの光を帯びる。


【わたくしの物になりなさい】


 不意に脳内に声が響き、デブラへの嫌悪感が急に薄れた。


「は、はい……」


 押しに弱いミーティアが押し切られそうになっていると、エルドラが割って入る。


「あまり近づくなデブ……デブラ様」

「むむ? この者は?」

「わ、私直属の神官騎士ドランでございます」

「ほぉ、ドワーフの騎士とは珍しいですな」

「え、えぇ。少々言葉遣いが荒いところがございます。ご容赦下さい」

「何構いませぬ。子供の言う事と思えばね。ヨホホホホ」


 子供扱いされたエルドラがピキって飛びかかりそうになるのを、ヴィクトリアが後ろから襟首を掴んで止める。


(うぐっ離せヴィクトリア姉、こいつボクの身長のことディスってる)

(落ち着け、せっかく潜入したのを全部台無しにするつもりか? ユキ見つけてないうちに騒ぐのはやめろ)

(むぐぅ……こいつはボクの殺すリストに入れておく)


「まぁこの話は、また二人の時に致しましょう」


 デブラはミーティアのたわわな胸から視線をそらさず、舌なめずりをする。


「は、はい……」

「それはそうとミデア殿は、お土産まで持ってきてくれたようで」

「は、はい。あちらに」


 テミスは担いでいた布袋を下ろす。

 デブラは中を確認すると、イキの良いミニブタのオークが入っている。


「ブーブー」

「これは美味そうな豚だ。すぐに調理に回しまひょ。公演が終わった後、豚の丸焼きが食べれるようにしておきますよ」

「ブーブー!!」


 ビーフが命の危機を感じて、布袋の中で暴れる。


「ヨホホ、実に活きが良い」

「あ、あのよろしければ調理も私に任せてもらえないでしょうか? 料理は得意ですので」

「ほぉ、料理がお得意とは素晴らしいですな。是非味わってみたい。おい、この豚を厨房に持っていって保管しておくのです」


 指示されたテミスは、ビーフの入った布袋を持って客室の外へと出る。


「さてそれでは、わたくしも一旦戻らせてもらいますかな。一応獄長の仕事がありますので。午後の公演にはまた現れますので、それまで休んでいてくだされ」


 デブラが立ち去ろうとするのを見て、ミーティアは何か引き出せる情報がないかと慌てる。


「あ、あの!」

「はい、なんですかな?」

「え、えっと……私ずっとこの監獄に不吉な気を感じておりまして」

「ここで死んだ者も多いですから。怨念が渦巻いとるのかもしれませんなぁ、ヨホホホ」


 デブラは口ではそう言いつつ、顔は笑っていて全く信用していない。


「私予知夢を見たのです。右手が義手になっている少年が、この監獄を破壊します。年齢は17歳くらい。身長は165~170、体型は痩せ型。髪は黒の短髪で、目つきは人よりちょっとだけつり上がってるかも」

「ふむ……随分具体的ですな」

「す、すごく鮮明に見た夢ですので」

「その子がこの監獄を破壊すると? どのようにですかな?」

「えっと……なんか爆発して燃えます」

「……少年のことははっきりしているのに、そのへんはぼんやりしていますな」

「すみません。できれば、その少年を連れてきてもらえませんか? 私が直々にお祓いを行います」

「ふむ、看守に話しておきましょう……」


 デブラは今の話を聞いて、若干胡散臭く感じたのかミーティアを深く観察する。

 しかしながら彼女が僧侶というのは本当な為、デブラは違和感以上に怪しい点を見つけることができなかった。

 疑惑の視線は、後ろに控えるヴィクトリアで止まる。


「ん~……随分と背が高いな……。お前のような騎士いたか?」

「さ、最近配属になりました、ですます」

「敬語が下手すぎるな」

「すみませんです。生まれが田舎なもので」

「もういい、お前はミデア殿の護衛をしろ。粗相のないようにな」

「はっ!」


 デブラは敬礼するヴィクトリアを怪しんだものの、部屋の外へと出ていく。

 奴がいなくなった瞬間、ミーティア、ヴィクトリア、エルドラの3人は大きなため息をついた。


「はぁ……最後やばかったな」

「え、えぇ……身分証明を要求されたらバレちゃったかも」

「でもミーティアナイス。これで待ってるだけでユキが来るってわけだな」

「ってかミーティア姉、公演の練習したほうがよくね? 連れてくるにしても終わってからだろ」

「そうね、公演って一体何をすれば良いのかしら……」

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