第52話 獄長

翌朝――


 俺とラッキーは、食堂で葉っぱが浮かんだ水みたいなスープと、顎の耐久テストでもしてんのかと言いたくなる黒パンをかじっていた。


「そんで、脱獄ってどうするんだよ?」


 ラッキーは囚人特有の濁った瞳を俺に向けながら黒パンをむしる。


「なんとかして抜け出すんだ」

「そらわかってるよ。どうやってやるかって話だ。中は騎士だらけ、外は極寒の湖でボートなしで泳げば数秒で低体温症だ」

「ラッキーなんか良い魔法覚えてないの? 穴抜け魔法とか、空飛ぶ魔法とか」

「そんな都合の良いのはねぇな」

「捕まる前の職業はなんだったんだ?」

「アーチャーだ。有用なスキルとしては夜目が効くのと、あとは道具があれば解錠もなんとか」

「弓使い兼レンジャーか」

「お前は?」

「ドリル使いだ」

「ドリ……なんだそれ?」

「穴掘り師みたいな」

「かわった職だな……」


 俺は脱獄の為のプランをいろいろと考え、ラッキーに提案する。

 

「脱獄プランA、なんとか警備の目をかいくぐって外に出る。湖はボートを見つけて脱出」

「そんな運任せで上手く行くなら皆脱獄してる。それにボートは警備の交代の時間か、外来の時しか停泊してない」

「プランB、床や壁に穴を掘って脱獄」

「でかい工具がないと10年くらいかかるぞ」


 確かに、俺は今アタッチメントのドリルヘッドを没収されてしまった為、穴を開けて抜け出すということは難しいだろう。


「プランC、火事など大きな騒ぎを起こし、その隙に乗じて脱出」

「ん~……それはアリかな。問題は何で騒ぎを起こすんだ?」

「この施設に心臓部みたいなもんはないか? これが止まると困るみたいな」

「監獄にそんなもん……なくはないな」

「というと?」

「監獄の地下に発熱炉ジェネレーターがあるんだ」

「ジェネレーター?」

「でっかいストーブみたいなもんだと思ってくれ。このクリスタルフロストは、定期的に猛吹雪ブリザードに襲われることがあって、その時気温がマイナス50度まで下がる」

「死ぬな」

「ああ、だから寒い夜はそのジェネレーターに火を入れて、この湖島を温めるんだ」

「なるほど、それなんとか爆発させられないかな?」

「そんなことしたら、この湖島ごと吹き飛ぶぞ」

「そんな強力なのか?」

「ああ、何回か見たことあるがとんでもなくデカいぞ」

「ジェネレーター内部に囚人が入れるのか?」

「囚人が動かすからな。燃料当番シフトに当たったやつは、寝ずに石炭をジェネレーターにくべ続けるんだ。ジェネレーターの放射熱を浴びながらやるから、朝になる頃には全身火傷してる」

「そりゃ地獄だな……」


 でも逆を言うと、そんな場所だと見張りはいない可能性が高い。

 ジェネレーターに細工をすれば、パニックを起こせるかもしれない。


「でもよ雪村、結局どのプランも湖を超えることが出来ないぞ」

「確かに。イカダを造って隠しておくという方法もあるが、そんなものでノロノロ脱出していたら魔法や弓で沈められるもんな」


 本当に空飛んで湖を飛び越えるような事ができないと、脱獄は不可能だ。


「雪村、慎重になれよ。無期刑のオレ達が脱獄して失敗したら、繰り上げ死刑なんてことも十分ありえる。そもそも追跡してきた騎士によって、斬殺される可能性も高い」

「失敗イコール死と思った方が良いな」


 俺たちが作戦を立てていると、慌てた様子の看守が駆け込んできた。


「おい貴様ら! いつまでダラダラと食事しているつもりだ!? 今日はノルン教の司教様と獄長のデブラ様が来られる日だと言ったはずだ! なぜ表に出てこんのだ!?」


 来るとは聞いていたが、お出迎えを囚人がするとは聞いていない。


「獄長も来るのか」

「外部から司教を呼んでるのはデブラだからな」


 ラッキーに教えてもらってへーっと頷くと、看守は怒鳴り声を上げる。


「無駄口を叩くな! 早く門に来て整列せんか!」


 囚人たちは駆け足で監獄の表門へと整列する。

 囚人が左右にわかれずらっと並ぶ姿は、まるでヤクザの組長が通る花道をつくっているみたいだ。


「監獄長デブラ様と司教様が来られたぞ! 全員礼!」


 俺たちが頭を垂れて待ち続けると、金ピカのひらひらした僧侶服を着たオッサンが護衛の騎士を伴って表門へと姿を現す。

 腹に油の乗った中年男性で、鼻の下にふさっとした髭をたくわえている。

 一見不思議なダンジョンを攻略してそうな商人に見えるが、恐らくあれが獄長のデブラなのだろう。

 その後ろに外部から来た司教がいるみたいだが、遠くてよく見えない。


「なぁラッキー、あいつほんとに獄長なのか? 見た目完全に肥満の僧侶だが」

「デブラ・ミズガルズ、クリスタルフロストのナンバー2で、宰相兼ノルン教の大司教の肩書も持ってる。世界各地で様々な慈善活動を行っているらしいが、奴の腹は献金で得た金で出来ているとか。他にもよその宗教家や、邪魔する活動家を片っ端から捕まえて牢にぶち込んでる」

「噂だろ?」

「クリスタルフロストがおかしくなったのは、奴の力が強くなってからって聞く。国王であるフロスト女王も、しばらく国民の前に姿を現していない。奴に謀殺されたと噂だ」

「だから噂だろ?」

「この国は女王をトップに騎士団と教会の3つが、それぞれ権力を持って政治を担っていた。だが、ここ数年は教会にばかり政治が有利に働いている」


 なんだ、つまり俺たちをここにぶち込んだのも、全部奴のせいってことなのか?

 ラッキーと喋っていると、近くにいた看守の目が光り俺の頭を無理やり押さえつける。


「黙れ囚人番号0721」

「すみません」


 獄長と司教の前だから暴力はふるってこないが、頭蓋が割れそうなくらい強く頭を握られている。

 私語をやめて黙って頭を下げていると、囚人たちが若干どよめいた。

 なんだろうかと思い頭をあげようとしても、看守が俺の頭を押さえつけていて首が上がらない。

 デブラ達が通り過ぎて、監獄の中へと入っていくと、ようやく看守は俺の頭を解放してくれた。


「今度デブラ様の前で馬鹿みたい囀っていたら、その舌を引きちぎるから覚悟しろ、囚人番号0721!」

「はい、すんません」


 看守は俺を脅してから、監獄へと戻っていく。


「なぁラッキー、さっきなんでどよめいてたんだ?」

「今回外部から来た司教が、エロい格好の姉ちゃんだったからだよ」

「へー、どんなの?」

「いやもうおっぱいがすんげぇのよ、乳牛人ホルスタイン族みたいだった。護衛も珍しく全員女騎士だったし」

「俺も見たかったな。ってか、ラッキーってそういうボインが好きなのか?」

「いや全然。オレはしわくちゃなババァにしか興奮しない」


 強すぎる性癖だな。


「司教もめちゃくちゃ美人だと思うが、オレから見るとロリよロリ」

「エルフって、人間と美意識が違うって聞いたが本当なんだな」

「でも変だな、今日来た司教ひっきりなしにキョロキョロしてた。なんか探してるみたいだったぞ」

「へーなんだろうな。……そういやここ、女の看守ってあんまり見ないよな?」

「女看守は、死刑囚とかのいる特別棟を担当している。オレたちも騒いでると、そっちにぶちこまれるから気をつけろよ」


 特別棟か……そこにレイさんがいるということだろうか?

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