第51話 日々に感謝
レイさんとの面会が終わり、監獄生活が始まった。
初日だからといって刑は免除されないらしく、俺はエルフのラッキーと共に、クソ寒い中ひたすらフロスト監獄敷地内の除雪作業をやらされていた。
大した防寒具も渡されないまま、スコップだけで雪かきをしていく。
見た目以上に重労働な上、寒さが体力を奪っていく。
「寒すぎる。手の感覚がなくなってきた」
「まだまだ、体の芯から冷えるまで終わらねぇぞ」
具合悪そうなラッキーの方が俺より動けてる。
彼は細腕ながら慣れた動きで雪を掘っていき、看守の見ていないところで適度に手を抜く。
「なぁラッキー、これ意味あるのか? 毎日雪降ってるし、明日になったら元に戻ってるだろ」
「お前の言うことは正しい。外の掃除は嫌がらせ半分でやらされてる」
「やっぱりか……そうなんじゃないかと思った」
「あんま気合入れてやると腰やるから適当にやれ」
なるほど、さすが二年間ここにいるのは伊達ではなく、うまく囚人生活を凌いでいる。
他の囚人たちもやる気なく、やっつけ感で雪かきをしている。
1時間ほどすると交代の時間なのか、警棒を持った彫りの深い男性看守が姿を現す。
軍服のような服の上からでも筋肉質とわかり、多分脱いだら彫像のような体をしていると予想がつく。
頭上に表示されたHPは980。見せかけだけじゃない、かなりの強者だ。
「やべ、ケルナグールだ。あいつはサイコパス感謝野郎だから、真面目にやったほうがいいぞ」
「わかった」
サイコパス感謝野郎ってなんだ? と思いつつ、多分やばい奴なんだろうなと察して雪かきを行う。
「やってるかお前ら!? 明日はノルン教の司教様がいらっしゃるのだ。入念に掃除と感謝を行うんだぞ!」
感謝ってなんだよと作業をしながら思っていると、ケルナグールは適当な囚人の前に止まる。
「お前腰が入ってないな、感謝が足りないんじゃないか?」
「い、いえ、感謝しております!」
「いーや感謝が足りない。ワタシの感謝棒でわからせてあげよう」
囚人は警棒でケツを思いっきりぶん殴られる。
「んぎ!」
「感謝しろ!」
「あ、りがとう、ございます」
「声が小さい! もう一回だ!!」
囚人はもう一発ぶん殴られ、腰から砕けそうになる。
「感謝しろ!」
「ありがとうございます!」
俺はイカれた体育会系みたいな光景に、顔をしかめる。
「なんじゃありゃ……」
「看守長の一人で、正直頭のネジが飛んでる。小さい頃からなんかの宗教やってたらしく、全てに対して感謝の心を持つようになったとか」
「なんでそんな素晴らしい精神を持ったはずなのに、あんなモンスターが出来上がったんだ?」
「知らん。噂によると幼少期に教会に入れられて、そこで牧師にこっぴどく折檻されたとか。ムチを打つ牧師にも感謝しろって、10年ぐらい言われて性格おかしくなったみたいだ」
「教会の闇が深すぎる」
「ちなみにあいつは、自分を教会に入れた母親と牧師を殴り殺してる。死体の前で感謝してたらしい」
「サイコパス感謝野郎じゃん」
あだ名の由来がわかって顔をしかめる。
「そうだ一つ忠告がある。ここでヒーローになろうとするなよ」
「ヒーロー?」
聞き返すとケルナグールが俺たちに気づき、満面の笑みを浮かべる。
奴は警棒で自分の肩を叩きながら近づいてくると、旧友のように話しかけてきた。
「よぉラッキー、やってるか?」
ケルナグールは笑顔でラッキーの肩をぶん殴る。
「ぐぇっ!」
「ぐえ? なんだそのアヒルみたいな声は? 感謝が足りてないんじゃないか? そうだその上着を脱いで作業を行え、そうすれば感謝が入るぞ」
ケルナグールは、俺たちに与えられたたった一枚の防寒具を脱げと言う。
ラッキーはため息をつくとジャケットを脱ぎ捨てる。
恐らくここで逆らったとしても、痛い目を見る上にジャケットも奪われることがわかっているからだろう。
「相変わらず華奢だな。筋肉が足りてない。知ってるか? 筋肉ってのは体の防御反応でつくんだ。だからこうやって――」
看守は思いっきりラッキーの鳩尾をぶん殴る。
彼の体はくの時に折れ曲がった。
「おごっ……」
「こうすると腹筋がつくぞ」
「…………」
「ありがとうございますはどうしたー? ちゃんと殴っていただき、ありがとうございますと言えって躾けただろう? 感謝が出来ない人間は最低だぞ?」
「……あり、がとう……ございます」
「声が小さい!」
ケルナグールの拳が、再びラッキーの腹にめり込む。
助けないと死ぬんじゃないかと思ったが、彼の「ヒーローになろうとするな」という言葉が蘇る。
それはこの場で助けるなという意味で間違いない。
「よーし少し温まってきたな。本格的に感謝行こうか」
ケルナグールはまだやるつもりのようで、拳の骨をバキバキと鳴らす。
華奢なラッキーが、あんな筋肉ゴリラに殴られたら骨折れて死んでしまう。
「歯を食いしばって感謝しろ!」
大きく振りかぶられた拳が物凄いスピードで落ちる。
ゴッと嫌な音が鳴る。
「ぬっ!?」
ケルナグールは顔をしかめ慌てて拳を引っ込めた。
いきなり割って入った、俺のピースメーカーをぶん殴ったからだ。
「なんだ貴様? 横から急に入ってくるとは? 新たな感謝チャレンジャーか?」
俺も自分でやめておいた方がいいというのはわかっていたし、野郎を助けるのは俺の主義にも反する。
でもラッキーは初対面の俺にいろいろ教えてくれた良い奴だし、このままタコ殴りにされるのを黙って見ていられなかった。
しかも後ろでラッキーが、小声で「バカ野郎」とうめく。
俺もそう思う。
「看守さん、どうかその辺りで許していただけたらと」
「ワタシに意見するとは感謝が足りてないな。見ない顔だな、 新人か? 名前は?」
「雪村です」
「そうか雪村、新人ならばここのしきたりもわかっていないだろう。よし、ワタシが慈愛の心で、お前に感謝の仕方を教えてやろう。まず上着を脱いで腕立て1000回だ。もし出来なければ感謝を行う」
俺は感謝ってほぼ暴力の隠語だなと思いつつ、言われた通り冷たい雪の中、上着を脱いで腕立てを行う。
当然1000回もできるわけがなく、300越えたあたりで限界に到達。
それから俺はラッキーのかわりにボコボコに感謝された。
◇
日が落ちた後、夕食も貰えず牢屋に戻された俺とラッキーは、痛みをこらえながら粗末な毛布にくるまる。
飯貰えないのはいいが、この寒さは応える。ラッキーはよく2年もこんな環境に耐えられたな。
「……おい、オレはお前に感謝しないぜ」
「感謝って言葉は今はやめてくれ」
「オレはヒーローになるなって言ったはずだ」
「知ってる。だからこれは俺の自業自得だ。あー野郎なんか庇うんじゃなかった」
「…………変な奴」
「なぁラッキー、こんなクソみたいなとこ抜け出そうな。脱獄だ脱獄」
「できっこねぇよ……」
「できるって、根拠なんかないけど。壁とか床とかジワジワシロアリみたいに掘って脱出しようぜ」
「…………クソボコられたくせに、ポジティブな奴だな」
「チマチマ作業するのは得意なんだ。逃げるにはお前の知識がいるんだよ」
「…………もう寝ろ」
話が一段落し、牢屋内はシンと静まり返る。
「…………」
「ユキムラ、寝たか?」
「…………」
「……あんがとよ」
「いいってことよ」
「起きてんのかよクソッ!」
ラッキーは恥ずかしそうに、そっぽを向いて毛布にくるまった。
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